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正倉院ホームページ, コモンズには, に関連するカテゴリがあります, 宗像大社, 国宝一覧, 山本忠尚, 正倉院宝物を10倍楽しむ, 2022年, 9784642084185, 御物正倉院聖語蔵の古寫経を拝観して, 寧楽12号, 正倉院史論, 1929年, に収録, 正倉院小史, 明和書院, 安藤更生, 4642074783, 4642074780, 正倉院夜話, 1967年, 講談社, 215887, 木村法光, 正倉院の謎を解く, 620, 31503, 樫山和民編, 正倉院学ノート, 1999年, 朝日選書, 朝日新聞出版, 正倉院宝物と東大寺献物帳, 9784642046442, 正倉院宝物の歴史と保存, 07749, 正倉院と日本文化, 05449, 歴史文化ライブラリー, 魁星出版, 2007年, 激動の歴史に揺れた宝物, 1987年, 4122014619, 中公文庫, 312, 01024, 由水常雄, 松島順正, 正倉院よもやま話, 學生社, 1989年, 松島順正口述, 松本楢重編, 正倉院雑談, 奈良観光事業株式会社, 4311201387, 正倉院の歴史, 07739, 橋本義彦, 正倉院の至宝, 宝物殿に眠る歴史の謎, 青春新書, 2003年, 青春出版社, 長澤和俊, 遣唐使と正倉院, 1992年, 4000006224, 1988年, 4004300427, 岩波新書, 正倉院宝物に学ぶ2, 思文閣出版, 2012年10月25日, 9784784216581, 歴史と宝物, 2008年, 101967, 中公新書, 別冊太陽, 日本のこころ, 北啓太監修, 582, 92143, 平凡社, 昭和天皇実録第十一, 2017年3月30日, 113頁, 74411, 美術展ナビ, 2024年3月3日閲覧, 近年では, 日本国宝展, 2014年10月15日, 12月7日, 御即位記念特別展, 2019年10月14日, 11月24日, 小川伸彦, 正倉院展へのメディア展開, 二〇〇五年秋の, を読む, 美術フォーラム21, vol, 醍醐書房, 平成18年, 4月号, 925185, 2019年11月2日付, 読売新聞第3社会面, 第61回正倉院展パンフレットによる, 西の正倉院パンフレット, 1997, 高木博志, 近代天皇制と古都, 231, 022550, 1997年4月19日付, 朝日新聞, 2014年5月16日, 平成の正倉院, お目見え, 100年ぶり大修理終える, 共同通信社, 古沢範英, 2014年10月21日, 2014年10月21日時点の, 朝日新聞デジタル, 1世紀ぶりの修理完了, 25日から公開再開, 正倉院正倉整備工事現場公開, 正倉院正倉整備工事, 大正の大修理, 2018年11月3日, 2022年10月6日閲覧, 読売新聞オンライン, あの信長も気を遣った, 正倉院1200年の奇跡, 昭和天皇実録第十三, 2017年9月30日, 336頁, 74413, 1997および和田軍一, 2014年4月26日時点の, 2014年4月26日閲覧, 年輪年代法による正倉院正倉の建築部材の調査, 富士フイルムと丸善による, 正倉院聖語蔵経巻アーカイブ, 1929, shosoin, kunaicho, www2, ntj, jac, 歌唱編, 文化デジタルライブラリー, 螺鈿紫檀五絃琵琶とは, 香道が盛んになった室町時代以降の関心の的は, なんといっても蘭奢待です, 足利義政, 徳川家康など, 時の権力者がこれを截ったこともよく知られています, 近代に入ってからは, 明治10年, 1877, に明治天皇が截らせています, 奈良国立博物館だより, 第23号, 正倉院中倉に伝世する香木, 国立国会図書館, 正倉院の香木, について知りたい, ペルシア文化渡来考, 1980年, ろくせん, 6枚の面からなる作品, の美人画として名高い屏風です, 唐風の衣装を身に着け, 樹下に佇む女性を1枚に1人配した構図となっています, 描かれている女性の髪や着衣, 樹木などに山鳥の羽毛が貼られていたため, と呼ばれることになりましたが, 現在では羽毛のほとんどが剥落, はくらく, 残っているのは下図の黒い輪郭線のみです, 絵に用いられた羽毛が日本産の山鳥の物であることから, は舶来品ではなく, 日本で制作されたと考えられています, 東建コーポレーション, 刀剣ワールド, 主に米田, 国宝を巡る旅, 東大寺ミュージアム, 奈良公園, 元興寺文化財研究所, 2010, 28のおしらせ, 平城宮跡資料館, 平城宮跡資料館秋期特別展, 地下の正倉院展, 平城宮跡出土木簡, 2017年1月23日, 2019年9月17日時点の, 千年の至宝, 平安の正倉院, の名品, 国宝殿, 2021年5月31日, 2021年5月30日時点の, 2022年7月15日閲覧, 高野山, 霊宝館, 1000年後見据え, 文化財を保存, 開館100年, 和歌山, 産経ニュース, 2017年5月6日, 神宿る海の正倉院, 厳格な禁忌, 守られた宝物, 三訂版, 知恵蔵, 防府市歴史用語集, 世界大百科事典内言及, 精選版, 日本国語大辞典, デジタル大辞泉, 日本大百科全書, ニッポニカ, 百科事典マイペディア, 日本歴史地名大系, 世界大百科事典, 第2版, ブリタニカ国際大百科事典, 小項目事典, 旺文社日本史事典, 2024年6月3日閲覧, 宝物には国産品の他に中国8世紀ごろの唐の品々やインドやイラン, ギリシャやローマ, エジプトなど当時の主要文化地域の特徴を有す品々も含まれます, 当時の唐は西方との交易も盛んで, 西方文化はシルクロードを通じて唐に移入されました, その西方的要素を含んだ国際性豊かな品々が, 海を渡り正倉院宝物ともなっています, 正倉院がシルクロードの東の終着点といわれる所以です, led, next, 第28回, 日本のあかり文化とssl, その2, シルクロードのあかり, 西川明彦, 正倉院宝物の意匠にみる国際的展開, 米田雄介ほか編, 正倉院への道天平の至宝, 雄山閣出版, 1999, 132, 奈良女子大学社会連携センター, 公開講座, 正倉院の工芸, 遣唐使は何を持ちかえったか, 展覧会の, 一般に開催する展覧会を成功させるため, 広報や技術提供, 観覧者満足度の向上などの側面において主催者の支援を行うこと, 主体は, 直接の資金援助は行わず, 反対に観覧収入などから見返りも受けない, 建築史家の鈴木嘉吉は校木収縮説を明確に否定しており, 正倉院事務所長を務めた和田軍一も否定的見解を述べている, イギリスのsoame, 1904, 1976, soame, watson, william, 1963, chinese, art, the, minor, arts, 中国工芸, 美術出版社, 江戸時代の日本で制作された, と推定した, 現在は支持されてはいない, 正倉院に納入された時代が不明であることもあり, 1960年代から制作地制作年代には諸説がある, 脚注の使い方, 正倉院薬物調査, 1950年, ブラタモリ, nhk教育1, nhkスペシャル, 読売テレビ開局60年, nhk特集, 帝室博物館の流れを汲む, に於いても5年に1回, 正倉院展の時期に行われる展覧会で同院の収蔵物が展示される, 東京国立博物館, 毎年多くの見学者を集めているが, 観覧者数が特に伸びたのは2001年, 以降である, から主催機関である奈良国立博物館の, 化を契機に, 外部から協力, を受ける開催方式となる, 最初の4年間は, がその役割を担い, 観覧者も前年より5万人ほど増加した, その後は低減し, 独法化前と大差のない13, 14万台に戻り, 2019年, 令和元年, 11月1日に累計観覧者数が1千万人を達成した, 2005年, 平成17年, の第57回から協力主体が, に移ると, 読売関係各社を動員し, それまでにない多彩で大規模なメディア展開を実行する, 近年の観覧者急増には, 正倉院展自体に集中的に言及するメディア体制の出現が背景にあると言える, 読売新聞社, 朝日新聞社, 独立行政法人, 第二次世界大戦後, 昭和21年, に奈良帝室博物館で, 正倉院御物特別拝観, として開催され, 翌年以降, 奈良帝室博物館から改称した, で秋の2か月の曝涼にあわせて開催されるようになった, 最初は, 正倉院御物展, 正倉院展覧会, といった表記ゆれがあり, 現在の, の名称が定着するのは1952年, 昭和27年, 頃からのようである, 正倉院展は奈良で開催されなかった年もあるが, 平成30年, に第70回を迎えている, 1946年, 正倉院展とは, 毎年秋に, で開催される正倉院宝物の一般展示である, 正倉院宝物は整理済みの宝物だけで9000点に上るが, このうち正倉院展で公開される宝物の品目はわずか約70点のみである, 門外不出であった正倉院の原図をもとに, 天然材を使って細部に渡って忠実に再現した木造建築, 計画5年, 建築5年を経て, 平成8年, に建設され, 奈良の正倉院では見ることのできない内部構造を見学することができる, 正倉院南倉に収められている唐花六花鏡と同じ銅鏡も展示している, 美郷町, 東臼杵郡, 宮崎県, 宮内庁の各部局, 正倉院事務所, が管理する国有財産, の一連の, 宮内庁による十分な, が行われている, との宮内庁見解, にもとづき, による指定の対象外となっている, そのため, 正倉院の建物や宝物も, 等には一切指定されていなかった, の世界遺産として登録されるにあたり, 当該文化財が所在国の法律によって保護の対象となっていることが条件であることから, 正倉院の建物も, として, 平成9年, に指定された, 国宝に指定されたのは不動産である宝庫の建物だけで, 動産である宝物類は指定されていない, 5月19日, 重要文化財, 京都事務所, 三の丸尚蔵館, 書陵部, 侍従職, 長官官房, 平成22年, に正倉院を管理する宮内庁は, 1世紀ぶりに正倉院の施設整備工事を行うことを目指し, 度予算の, で工事費として3億6, 000万円を盛り込んだ, 改修は2011年, 9月1日より始まり, 拝観停止となっていた, 一部希望者は期間限定で工事見学が出来た, 2014年, 平成26年, 10月25日から公開が再開された, 概算要求, 2011年, 8月31日, 3月から12月にかけて解体修理が行われた, 1913年, 記録によれば, に修理がおこなわれた, 1877年, 1836年, 1833年, 1693年, 1603年, 1246年, 1243年, 1193年, 1100年, 1079年, 1830年, 13年, 屋根が大破, 台風被害の片付けをした僧3人が北倉の古器を盗む, 1567年, の兵火, で東大寺大仏殿などが焼失, 東大寺大仏殿の戦い, 松永久秀, 落雷で倉が焼けるが東大寺関係者が宝物を運び出し事なきを得る, 僧2人が鍵を壊して宝物を盗み, 鏡を砕いて金属部分を売ろうとするが高値で売れず捕まる, 1180年, で東大寺焼失, 南側の倉跡地が防火帯になる, 南都焼討, 平重衡, 1095年, 勅封倉, 南倉の複数の倉が焼ける, 長暦3年, 僧らが勅封倉を焼き宝物を盗む, 台風と見られる強風で勅封倉, 南倉に被害, 917年, 延喜17年, 火事で講堂や僧房が焼ける, 幾度も類焼の危機や盗難が起きている, 盗難は, の3度あり, そのすべてが働いていた僧侶によるもので, 宝物の点検や建物の修理の後に盗み, すべて捕まっている, 校倉造の宝庫は長年, 宝物を守ってきたが, 昭和28年, 3月に, 造の新宝庫が建造, 昭和36年, には同じく鉄筋コンクリート造の第二新宝庫が新築, 落成式は1962年4月10日, されたことから, 昭和37年, 4月1日, 前者を, 東宝庫, 後者を, 西宝庫, と名称が定められた, 昭和38年, 宝物類は移し替えが行われた, 宝物の大部分は西宝庫に収納, 東宝庫には修理中の品や, 西宝庫に収納スペースのない, 大量の染織品が収納されている, 勅封はこの宝庫に施されている, 1963年, 1962年, 1961年, 鉄筋コンクリート, 1953年, 校倉の利点として, 湿度の高い時には木材が膨張して外部の湿気が入るのを防ぎ, 逆に外気が乾燥している時は木材が収縮して材と材の間に隙間ができて風を通すので, 倉庫内の環境を一定に保ち, 物の保存に役立ったという説があった, 実際には, 重い屋根の荷重がかかる校木が伸縮する余地はなく, この説は現在は否定されている, 実際壁面は中から見るとあちこちから外光が透けて見える, 隙間だらけ, の状態であり, 湿度の管理について言えば, 宝物が良い状態で保管されたのは多重の箱に収められていたことで湿度の, が避けられたことによる部分が大きい, 現存する奈良時代の倉庫としてはもっとも規模が大きく, 奈良時代の, の実態を伝える唯一の遺構として, 建築史的にもきわめて価値の高いものである, 床下には10列, 4列の柱を建て, その上に台輪, だいわ, と呼ぶ水平材を置く, この上に北倉と南倉は校木, あぜぎ, という断面三角形の材を20段重ねて壁体をつくり, 校倉造とする, 中倉のみは校倉造ではなく, 柱と柱の間に厚板を落とし込んだ, 構造が異なる, 中倉のみ構造が異なるのか, 当初からこのような形式であったのかどうかについては, 諸説ある, の文書には, 正倉院宝庫のことを, そうそう, と称しているものがある, このことから, 元来の正倉院は北側と南側の校倉部分のみが倉庫で, 中倉にあたる中間部は, 壁もなく床板も張らない吹き放しであったため, と呼ばれたとするのが通説だったが, 年輪年代法を用いた鑑定により, 当初より現在の形であった事が判明している, 屋根は寄棟造, 規模は正面約33, 1メートル, 奥行約9, 床下の柱の高さ約2, 5メートルである, メートル, 正倉院聖語蔵経巻全巻のアーカイブ化プロジェクトも進められている, 正倉院の構内にはもう1棟, 小型の校倉造倉庫が建ち, と呼ばれている, 中に収められていたのは経巻類で, 正倉院文書とは別の古代の仏教関係の書籍, 経巻類, が保管されていた, もとは東大寺, の一群である, 隋経8部22巻, 唐経30部221巻, 天平経13部18巻, 光明皇后発願の, 天平十二年御願経, 127部750巻, 天平勝寶経4部5巻, 天平神護経1部3巻, 称徳天皇発願の, 神護景雲二年御願経, 171部742巻, さらに, に至る古写経, 古版経を含めて総計4960巻であった, 鎌倉時代の外典の写本も含まれている, この経巻類は, 明治27年, に献納され, 校倉造倉庫も正倉院構内に移築された, 現在は他の宝物と同様に宮内庁正倉院事務所が管理している, 1894年, 鎌倉時代, 尊勝院, しょうそういんもんじょ, 正倉院に保管されてきた文書群で, 光明皇后の, に至る一連の写経所で作成された文書を中心とする, 奈良時代に関する豊富な情報を含む史料である, 東大寺写経所, 皇后宮職, 透明でごく薄い褐色味のついたカットグラスの碗, アルカリ石灰ガラス製, で製作されたものといわれる, ササン朝ペルシア, はくるりのわん, 聖武天皇の遺品で, インドに起源をもつとされる5弦の琵琶としては世界唯一, 唐からの移入品と推定されている, 撥受け, で熱帯樹と飛鳥やラクダに乗って琵琶を弾く, 側面には, の切片を貼る, らでんしたんのごげんびわ, 天下第一の名香と謳われる香木, 正倉院の中倉, 薬物棚にあり, 現在までに, らによって切り取られている, 明治天皇, 白橡綾錦几褥と同じく机の上に載せる敷物である, 本褥は正倉院に伝わる褥の中でも数少ない染物である, 文様は蓮華風の花座の上で相対する水鳥を, 満開の花樹の下に配置したものである, 花葉唐草と雲形を組み合わせた円弧状の帯により上方二方と下方一方に区画されている, 文様と文様の間は防染し白くくっきりと残り, 濃紺と見事に染め分けられている, 例外的に文様の1つである葉の先端を, 任意に防染せず黄色と緑色を混ぜ黄緑色に暈かしているが, 驚くべきことに赤や紺色など他の染料が入り込んでいない, この技術はすでに失われており今でも解明されていない, 紺夾纈絁几褥, こんきょうけちあしぎぬのきじょく, 長さ99cm, 幅53cmの布であり, 東大寺の毘盧遮那仏に献納する品物を載せていた, 正倉院には同じような大きさの布が十数点伝わり, それらと同じ天板の几, つくえ, が伝わることから, それぞれの机の上敷として用いられていたとされる, いずれも豪華で贅を尽くした華麗なものである, その中で本品は麻布を2つ折りした芯を綾で包み, 裏面に薄緑色の, を縫い付けただけのシンプルな布である, しかしながら本品は極めて特異なもので異彩を放っており, を御する半裸の人物像は日本のみならず西方にもほとんど類をみない, 綾の組織も極めて珍しく, 西方でも発見されていないことから, 舶載品か国産品か, 未だ結論が出ていない, ライオン, 白橡綾錦几褥, しろつるばみあやにしきのきじょく, 脚付きの箱であり, 本体に金と銀で宝相華模様が描かれている, 6cm, 箱の中は淡い桃色に彩色され, 白の花弁が描かれ, 丁寧な造りとなっている, このような箱は献物箱と呼ばれ, 仏に供える供物を入れるのに用いられた, 正倉院にはこのような献物箱, 机が数十点伝えられており, その代表がこの蘇芳地金銀絵箱である, 底の部分に, 東小塔, と書かれており, 東小塔とは西小塔とともに, 発願の百万塔を納めるために建立された, 当初この宝物は東小塔の備品だったが, 東小塔廃絶の後正倉院に移管されたと考えられている, 他にも平安時代に東大寺羂索院の倉庫が朽損し, 中の宝物を正倉院に移したと言う記録がある, このように何らかの原因で廃絶した東大寺諸堂の備品も, 正倉院に納められ伝承されている, 称徳天皇, 767年, 神護景雲, 蘇芳地金銀絵箱, すおうじきんぎんえのはこ, 蘇芳地金銀絵箱蓋, 蛇紋岩から掘り出された, 形の容器である, 腹部を八稜形に刳り込んで, そこに同じ八稜形の皿がすっぽりと納まるようになっている, 一見しただけならスッポンの置物そのもので, 注目すべきはそのリアルな写実性である, 柔らかな甲羅, 鋭い爪と口, 一方で琥珀を埋め込んだ, 正倉院宝物の中でもユニークな物である, もう1つの特徴は甲羅に, の文が金と銀で刻まれている事で, 星座が刻まれた宝物は正倉院の中でも極めて少ない, 北斗七星, つぶらな瞳は愛らしく, スッポン, 青斑石鼈合子, せいはんせきべっこうす, 純銀で作成された球形の香炉である, 球形の真ん中で上下に割れ, 上が蓋, 下が実とされる, 特徴はその大きさで直径18cmである, 国外を含めこれ程大きな球形香炉は例がない, 全体に精巧な透かし彫りを施されており, その技術は極めて高い, しかし1300年前のオリジナルは蓋の方であり, 実は明治時代の復元品である, ぎんくんろ, 花などの模様を織り込んだフェルトの敷物である, この模様は, で発掘された染織品に類似している, また繊維調査の結果, 材質は中央アジア産の古代, の毛を用いたものであることが判明し, 他にも花氈の中から中央アジア産の, の実が混じりこんだままになっていた, この事から恐らく本花氈は, などで暮らす遊牧民族の手によって織り込まれ, 遥々日本に運ばれたのであろうと考えられる, コーカサス, ウマゴヤシ, トルファン, かせん, 聖武天皇と光明皇后のベッドである, 檜材で作成されており, 脚部などの所々には白色顔料の痕跡が見られることから, 元々は純白に塗られていたとされる, また別の宝物名ではあるが, ベッドシーツや布団などが御床とセットで伝えられており, 当時の実用家具, 寝具を知る上の貴重な品となっている, 御床は聖武天皇と光明皇后がそれぞれ用いた2張存在するが, ベッドシーツである廣長亘両床緑は2人分のベッドを覆うサイズである, この事から聖武天皇と光明皇后はベッドを並べて眠っていたのがうかがえる, ごしょう, 挟軾とは座ってくつろぐ際に肘置きとして使用する補助具の事である, 正倉院には挟軾が本品を含め3つ伝わっているが, 他の2つは脚回りしか残っていない, 本品は3つの挟軾の中で最も豪華であり, 唯一1300年前の姿を留めている, 金銀絵, 象牙細工など贅を尽くした装飾が施されているものの, 軽量化を追求し, 日用品としての完成度の高さも備えている, 国家珍宝帳にも記載されていることから, なお挟軾の上面を覆う薄手のクッションのような白羅褥が付属する, 聖武天皇の日常のくつろぎのひと時を受け止めた品であったと想像される, 紫檀木画挟軾, したんもくがきょうしょく, 文字通り, がデザインされた屏風である, に行われた宝物点検の記録から, 元々は1つの屏風であったことが判明している, によって図があらわされている, 樹木の下に動物を配したこの様式は, から影響を受けている, 羊木臈纈屏風のモチーフは, 起源として, との照合を考察している, 象のモチーフは, あるいは中国の動物に由来する, 屏風からは緑溢れる中でさまざまな動物が息づく楽園の情景が見てとれる, インド, ブンダヒシュン, ゾロアスター教, 聖樹禽獣紋, サーサーン朝ペルシア, ろうけつ染め, 6月25日, 7月30日, 856年, 象木臈纈屏風, ぞうきろうけちのびょうぶ, ひつじきろうけちのびょうぶ, 漢文を設えた大型の屏風, 鳥毛立女屏風と同じく光明皇后により献納されたもので, 聖武天皇のもとで使用された品である, 鳥毛篆書屏風は篆書と同じ字の楷書を交えて書いたもの, 鳥毛帖成文書屏風は肉太の楷書で書いた屏風で, 文章は君主の座右の銘というべきもので, 天皇の身近に置かれた屏風に相応しい, 文字は鳥の羽毛と金箔で飾られており, 鳥毛立女屏風と同じく羽毛は日本特産のヤマドリである, この2つの屏風は江戸時代に幾度か大幅な修理を受けているが, 古代天皇の執務室を飾った姿を現在までよく伝えている, またそれぞれ収納用の袋も現存しており, こちらも献納当初まで遡る由緒ある品である, 鳥毛篆書屏風, とりげてんしょのびょうぶ, 鳥毛帖成文書屏風, とりげじょうせいぶんしょのびょうぶ, 風の女性が描かれた六扇の, 現在では国家珍宝帳に記載される聖武天皇遺愛の宝物として有名である, 樹木の下に唐風の女性を一人ずつ描いた六枚一対で, かつては女性の着衣などに鳥の羽毛が飾られていた, 今ではほとんど脱落してしまっており, 三枚目の女性の肩部分にわずかに残るのみである, この羽毛は日本特産の, の羽毛であり, 色濃い唐の趣にかかわらず国産である事が判明している, 江戸時代にかなり修理補筆が行われており, 第6扇は顔をのぞいてほとんど住吉内記の補筆である, ヤマドリ, とりげりつじょのびょうぶ, 鳥毛立女屏風第4, 銀製の宝飾鏡で背面が七宝でできている, 正倉院唯一の七宝製品であるが, 古代において七宝自体の資料は極めて少ない, 本鏡の一部は成分が未溶解のままの不透明な部分も多く, 未熟なガラス制作技術に起因し, 七宝の起こりを伝える貴重な資料となっている, またこの鏡には箱が現存しており, 漆皮八角鏡箱と呼ばれる, 生皮を鏡の箱用に形成し, 布の上から黒漆を塗って金銀泥で仕上げている, この製法は奈良時代に盛行したが, 室町以降には忘れられてしまい, 明治時代の正倉院宝物修理の過程で再発見された, も参照, おうごんるりでんはいのじゅうにりょうきょう, 径40, 7cm, 平螺鈿背八角鏡と同じく宝飾鏡であるが, この鏡は背面に銀の板を張り細工を施している, さらに主要な箇所には, を施してあり, 非常に精巧な鏡である, 中央のつまみに, その周囲に, などを配置している, 注目すべきことは外側に五言律詩が刻まれており, 自分の一人ぼっちの姿に旅人として異国にある身を嘆き憂え, 楽を奏で歌を歌っても唱和する者も無いまま幾年が経ったことか, 今新たにこの心胆を照らし出す素晴らしい鏡が出来上がった, それにしてもこの鏡に映すに相応しいあの美しい人を遥かに思い出す, この鏡の中を舞う鳳凰は近くの林の棲み家へ帰りゆき, 同じく龍は海を渡って来たばかり, この鏡をしっかりとしまいこみ故郷に帰る日まで待とう, そしてその日にはこれをひもとき愛しい人を照らし出そう, 次のように訳される, オウム, オシドリ, 蓬萊山, きんぎんさんすいはっけはいのはっかくきょう, 鏡の背面を異なる材質で飾った宝飾鏡である, 正倉院には56面の鏡が伝わっているが, 細工の鏡は, 平螺鈿背円鏡7面と平螺鈿背八角鏡2面, 計9面が伝わる, 内5面は鎌倉時代に盗難に遭い, 粉々に砕かれた1面を除き4面は破片を接続して補修したものである, 径27cm前後, の螺鈿細工を, で飾った非常に豪華な鏡である, この宝物は正倉院宝物の華やかさと世界性を象徴するものの1つで, 鼈甲は, 琥珀は, あるいは, トルコ石は, ラピスラズリは, 産だと考えられている, アフガニスタン, イラン, ミャンマー, 東南アジア, ラピスラズリ, トルコ石, へいらでんはいのえんきょう, へいらでんはいのはっかくきょう, 漆塗りの物入れ, 高102cm, 正倉院の中で最も由緒があり, 飛鳥時代の, まで遡る天武天皇の遺愛の品である, と受け継がれ, 孝謙天皇が東大寺に献納した, 国家珍宝帳によれば天皇の身近に置かれ, の書法20巻, 笏など天皇の身の回りの宝物が大切に納められていたようである, などは失われて現存していないが, 光明皇后筆の, などは現存している, 天武天皇から始まり6代もの天皇に伝えられた本厨子は, 正倉院宝物の中でも特異な存在である, 王羲之, 孝謙天皇, 元正天皇, 文武天皇, 持統天皇, 古様作, とあることから, 天武天皇の時代に作成された本厨子は, 1300年前の当時から見ても古い様式であったようである, せきしつぶんかんぼくのおんずし, 本節では正倉院の代表的な宝物について取り上げる, 正倉院の三倉のなかでも特に北倉は聖武天皇, 光明皇后ゆかりの品を収めることから, 早くから厳重な管理がなされていた, 宝庫の扉の開封には, からの使い, が立ち会うことが必要とされていた, という言葉は本来, 天皇の, 入りの紙を鍵に巻きつけて施錠すること, を指す, 正倉院宝庫がこの厳密な意味での, になったのは, 以降であるが, の各種文書記録にも正倉院を, 勅封蔵, と表現しており, 事実上の勅封であったと見なして差し支えないといわれる, 平安時代中期には北, 南の三倉とも勅封蔵と見なされていたが, 東大寺の什器類を納めていた南倉のみは, 後に勅封から綱封, らの寺僧組織が管理する, に改められた, 明治8年, 正倉院全体が, の管理下におかれてからは南倉も再び勅封となっている, 明治政府, 室町時代, に記された献納品には後の時代に持ちだされたことを示す除物の付箋が付けられたものが7点, 犀角蕆, 陽宝劔, 陰宝劔, 黒作懸佩刀, このうち光明皇后が死去する半年前の, 天平宝字3年12月, に出蔵された陽宝劔と陰宝劔は, 献物帳にある大刀100口の筆頭に記されていたが, その後の行方は判明していなかった, 1907年, 明治40年, から翌年にかけて東大寺金堂, 大仏殿, 盧舎那仏須弥壇の周辺から大刀6口, 水晶玉, 挂甲残欠などが発見され, 東大寺金堂鎮壇具, として国宝に指定されている, 文化財研究所がこのうち金銀荘大刀2口のx線撮影をおこなったところ, 刀身から, の象嵌銘が発見され, 国家珍宝帳に記されていた陽宝劔と陰宝劔であることが確認された, 専門家の間では光明皇后が国家の平安を願って埋納したものであると考えられている, 陽宝劔と陰宝劔は東大寺ミュージアムに保管されている, 760年, 記載の品がそのまま現存しているわけではなく, 武器類, 楽器などは必要に応じて出蔵され, そのまま戻らなかった品も多い, 刀剣類などは, 恵美押勝の乱, の際に大量に持ち出され, 記載の品とは別の刀剣が代わりに返納されている, の際に聖武天皇, 光明皇后が着用した冠など, 何らかの事情で破損した宝物も存在するが, その破片が所蔵されている場合もある, 礼服御冠残欠などの残欠, 一部の唐櫃は鎌倉時代, 江戸時代のものであり, 宝物の中にも後世に追納されたものが多いという説がある, 大仏開眼, 藤原仲麻呂の乱, 北倉は主に聖武天皇, 光明皇后ゆかりの品が収められ, 中倉には東大寺の, 関係品, 関係品などが収められていた, 東大寺羂索院, けんざくいん, が破損した際, そこに収められていた物品が正倉院南倉に移されている, 南倉宝物には, 類のほか, 東大寺大仏開眼会, かいげんえ, に使用された物品なども納められており, による大仏再興の開眼会に宝物の仏具類が用いられた, そのほか, 長い年月の間には, 修理などのために宝物が倉から取り出されることが度々あり, 返納の際に違う倉に戻されたものなどがあって, 宝物の所在場所はかなり移動している, 上述のような倉ごとの品物の区分は明治以降, 近代的な文化財調査が行われるようになってから再整理されたものである, 後白河法皇, 1185年, 950年, 造東大寺司, 正倉院宝庫は, ほくそう, ちゅうそう, なんそう, に区分される, 光明皇太后は夫である聖武太上天皇の, に際して, 天皇遺愛の品約650点, 及び60種の薬物を東大寺の, に奉献したのが始まりである, 光明皇太后はその後も3度にわたって自身や聖武天皇ゆかりの品を大仏に奉献し, これらの献納品は正倉院に納められた, 献納品, も正倉院に保管されている, 献物帳は五巻からなり, それぞれ, 種々薬帳, 屛風花氈等帳, 大小王真跡帳, 藤原公真跡屛風帳, と通称されている, 東大寺献物帳, 廬舎那仏, 七七忌, 6月21日, 天平勝宝, 7月22日, 756年, 現代においては, は貴重な文化財の宝庫である事を指す, 表現としても使われることがあり, 例えば, 海の正倉院, の正倉院, 国宝の, 跡出土, 地下の正倉院, と呼称されることがある, 平城宮, 高野山霊宝館, 沖ノ島, 奈良時代の官庁や大, には多数の倉が並んでいたことが記録から知られる, を収める倉, の意で, に各地から上納された, などを保管するため, をはじめとする役所に設けられたものだった, にはそれぞれの, から納められた品や, 寺の什器宝物などを収蔵する正倉があり, 正倉のある一画を, で囲ったものを, と称した, にはそれぞれに正倉院が存在したが, 歳月の経過で廃絶して東大寺正倉院内の正倉一棟だけが残ったため, は東大寺に所在する正倉院宝庫を指す, と化した, 固有名詞, 南都七大寺, 大蔵省, 律令時代, までは, の監督の下, 東大寺によって管理されていた, 収蔵されていた宝物の重要性に鑑み, の管理下に移った, 明治14年, 4月7日, の設置に伴い, 内務省博物局が農商務省へ移管され, 明治17年, 5月に, 所管となった, 明治41年, の主管となり, 施行により正倉院を含めて, になったことに伴い, 宮内府, の主管となった, 現在は, である正倉院事務所が正倉院宝庫および正倉院宝物を管理している, 施設等機関, 図書寮, 国有財産, 日本国憲法, 5月3日, 帝室博物館, 1908年, 宮内省, 1884年, 農商務省, 1881年, 内務省, 江戸時代, 宝物の意匠や文様にはペルシャなど西アジア起源のものが多く, 宝物に用いられている素材にもアフガニスタン特産のラピスラズリなどがあるが, 西アジアで制作された宝物はガラス器, を除くとほとんどなく, 多くが日本で異国風を取り入れて制作されたものである, 近年の調査研究によると所蔵する宝物の95, が日本産であると考えられている, 紺瑠璃坏, 正倉院が所蔵する宝物の9割以上は異国風のデザインを取り入れた日本産であるが, などからの輸入品もあることから, 正倉院が, の東の終着点, と言われる所以となっている, などの古代の美術工芸の粋を集めた, の一大宝庫であり, の日本を知るうえで貴重な, に関わる歴史的な品や古代の, なども所蔵されている, 開眼法要, 東大寺大仏, ガラス器, シルクロード, ペルシャ, の北北西に位置する, あぜくらづくり, の大規模な, ゆかりの品をはじめとする, を中心とした多くの, を収蔵していた建物で, に指定され, 平成10年, の一部として, に登録されている, 正倉院と, 関連の宝物とされる, が保管している, 美術工芸品, 天平文化, 高床倉庫, 東大寺大仏殿, 奈良市, テンプレートを表示, 630, 8211, 奈良県奈良市雑司町129, 所在地, 構造形式, 正倉院宝物の収蔵, 旧用途, して記事の信頼性向上にご協力ください, 出典検索, twl, ジャパンサーチ, dlib, ndl, スカラー, ニュース, このテンプレートの使い方, 出典を追加, この記事は, が全く示されていないか, 不十分です, 参考文献や出典, 検証可能, フリー百科事典, ウィキペディア, ウィキデータ項目, 他のプロジェクト, 印刷用バージョン, pdf, 形式でダウンロード, ブックの新規作成, 書き出し, レガシーパーサーに切り替え, 短縮urlを取得する, このページを引用, ページ情報, この版への固定リンク, ファイルをアップロード, 関連ページの更新状況, リンク元, 日本語, ノート, ページ, リンクを編集, українська, türkçe, slovenščina, simple, русский, polski, nederlands, 한국어, italiano, հայերեն, hausa, français, فارسی, deutsch, azərbaycanca, العربية, 脚注サブセクションを切り替えます, 建造物としての正倉院サブセクションを切り替えます, ページ先頭, 個人用ツール, ウィキペディアに関するお問い合わせ, バグの報告, お知らせ, 井戸端, 利用案内, 特別ページ, アップロード, 練習用ページ, おまかせ表示, 最近の更新, 新しいページ, 最近の出来事, コミュニティ, ポータル, メインページ, コンテンツにスキップ,


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が多く 宝物に用いられている素材にもアフガニスタン特産のラピスラズリなどがあるが 西アジアで制作された宝物はガラス器 白瑠璃碗 紺瑠璃坏 を除くとほとんどなく 多くが日本で異国風を取り入れて制作されたものである 2 近年の調査研究によると所蔵する宝物の95 が日本産であると考えられている 1 江戸時代 までは 朝廷 の監督の下 東大寺によって管理されていた 4 1875年 明治 8年 収蔵されていた宝物の重要性に鑑み 内務省 の管理下に移った 1881年 明治14年 4月7日 農商務省 の設置に伴い 内務省博物局が農商務省へ移管され 1884年 明治17年 5月に 宮内省 所管となった 1908年 明治41年 4月 正倉院は 帝室博物館 の主管となり 1947年 昭和 22年 5月3日 の 日本国憲法 施行により正倉院を含めて 皇室用財産 が 国有財産 になったことに伴い 宮内府 図書寮 の主管となった 現在は 宮内庁 の 施設等機関 である正倉院事務所が正倉院宝庫および正倉院宝物を管理している 正倉院の語義 編集 奈良時代の官庁や大 寺院 には多数の倉が並んでいたことが記録から知られる 正倉 とは 元来 正税 を収める倉 の意で 律令時代 に各地から上納された 米穀 や 調布 などを保管するため 大蔵省 をはじめとする役所に設けられたものだった また 大寺 にはそれぞれの 寺領 から納められた品や 寺の什器宝物などを収蔵する正倉があり 正倉のある一画を 塀 で囲ったものを 正倉院 と称した 南都七大寺 にはそれぞれに正倉院が存在したが 歳月の経過で廃絶して東大寺正倉院内の正倉一棟だけが残ったため 正倉院 は東大寺に所在する正倉院宝庫を指す 固有名詞 と化した なお 現代においては 正倉院 は貴重な文化財の宝庫である事を指す 比喩 表現としても使われることがあり 例えば 沖ノ島 は 海の正倉院 5 高野山霊宝館 は 山の正倉院 6 春日大社 は 平安 の正倉院 7 8 国宝の 平城宮 跡出土 木簡 は 地下の正倉院 と呼称されることがある 9 正倉院宝物 編集 献物帳 国家珍宝帳 冒頭 756年 7月22日 天平勝宝 8歳 6月21日 光明皇太后は夫である聖武太上天皇の 七七忌 に際して 天皇遺愛の品約650点 及び60種の薬物を東大寺の 廬舎那仏 大仏 に奉献したのが始まりである 光明皇太后はその後も3度にわたって自身や聖武天皇ゆかりの品を大仏に奉献し これらの献納品は正倉院に納められた 献納品 目録 である 東大寺献物帳 も正倉院に保管されている 献物帳は五巻からなり それぞれ 国家珍宝帳 種々薬帳 屛風花氈等帳 大小王真跡帳 藤原公真跡屛風帳 と通称されている 正倉院宝庫は 北倉 ほくそう 中倉 ちゅうそう 南倉 なんそう に区分される 北倉は主に聖武天皇 光明皇后ゆかりの品が収められ 中倉には東大寺の 儀式 関係品 文書 記録 造東大寺司 関係品などが収められていた また 950年 天暦 4年 東大寺羂索院 けんざくいん 双倉 ならびくら が破損した際 そこに収められていた物品が正倉院南倉に移されている 南倉宝物には 仏具 類のほか 東大寺大仏開眼会 かいげんえ に使用された物品なども納められており 1185年 文治 元年 の 後白河法皇 による大仏再興の開眼会に宝物の仏具類が用いられた そのほか 長い年月の間には 修理などのために宝物が倉から取り出されることが度々あり 返納の際に違う倉に戻されたものなどがあって 宝物の所在場所はかなり移動している 上述のような倉ごとの品物の区分は明治以降 近代的な文化財調査が行われるようになってから再整理されたものである 献物帳 記載の品がそのまま現存しているわけではなく 武器類 薬物 書巻 楽器などは必要に応じて出蔵され そのまま戻らなかった品も多い 刀剣類などは 藤原仲麻呂の乱 恵美押勝の乱 の際に大量に持ち出され 献物帳 記載の品とは別の刀剣が代わりに返納されている また 大仏開眼 の際に聖武天皇 光明皇后が着用した冠など 何らかの事情で破損した宝物も存在するが その破片が所蔵されている場合もある 礼服御冠残欠などの残欠 10 また 一部の唐櫃は鎌倉時代 江戸時代のものであり 宝物の中にも後世に追納されたものが多いという説がある 10 国家珍宝帳 に記された献納品には後の時代に持ちだされたことを示す除物の付箋が付けられたものが7点 封箱 犀角蕆 陽宝劔 陰宝劔 横刀 黒作懸佩刀 挂甲 ある このうち光明皇后が死去する半年前の 760年 1月 天平宝字3年12月 に出蔵された陽宝劔と陰宝劔は 献物帳にある大刀100口の筆頭に記されていたが その後の行方は判明していなかった 1907年 明治40年 から翌年にかけて東大寺金堂 大仏殿 盧舎那仏須弥壇の周辺から大刀6口 水晶玉 挂甲残欠などが発見され 東大寺金堂鎮壇具 として国宝に指定されている 2010年 平成 22年 に 元興寺 文化財研究所がこのうち金銀荘大刀2口のx線撮影をおこなったところ 刀身から 陽劔 陰劔 の象嵌銘が発見され 国家珍宝帳に記されていた陽宝劔と陰宝劔であることが確認された 11 専門家の間では光明皇后が国家の平安を願って埋納したものであると考えられている 陽宝劔と陰宝劔は東大寺ミュージアムに保管されている 12 正倉院の三倉のなかでも特に北倉は聖武天皇 光明皇后ゆかりの品を収めることから 早くから厳重な管理がなされていた 宝庫の扉の開封には 勅使 天皇 からの使い が立ち会うことが必要とされていた なお 勅封 という言葉は本来 天皇の 署名 入りの紙を鍵に巻きつけて施錠すること を指す 正倉院宝庫がこの厳密な意味での 勅封 になったのは 室町時代 以降であるが 平安時代 の各種文書記録にも正倉院を 勅封蔵 と表現しており 事実上の勅封であったと見なして差し支えないといわれる 平安時代中期には北 中 南の三倉とも勅封蔵と見なされていたが 東大寺の什器類を納めていた南倉のみは 後に勅封から綱封 東大寺 別当 らの寺僧組織が管理する に改められた 1875年 明治8年 正倉院全体が 明治政府 の管理下におかれてからは南倉も再び勅封となっている 正倉院の代表的な宝物 編集 本節では正倉院の代表的な宝物について取り上げる 13 赤漆文欟木御厨子 赤漆文欟木御厨子 せきしつぶんかんぼくのおんずし 漆塗りの物入れ 高102cm 正倉院の中で最も由緒があり 飛鳥時代の 天武天皇 まで遡る天武天皇の遺愛の品である 古様作 とあることから 天武天皇の時代に作成された本厨子は 1300年前の当時から見ても古い様式であったようである 独自研究 天武天皇 持統天皇 文武天皇 元正天皇 聖武天皇 孝謙天皇 と受け継がれ 孝謙天皇が東大寺に献納した 国家珍宝帳によれば天皇の身近に置かれ 聖武天皇筆の 雑集 元正天皇筆の 孝経 光明皇后 筆の 楽毅論 王羲之 の書法20巻 刀子 笏など天皇の身の回りの宝物が大切に納められていたようである 元正天皇筆の 孝経 などは失われて現存していないが 聖武天皇筆の 雑集 光明皇后筆の 楽毅論 などは現存している 天武天皇から始まり6代もの天皇に伝えられた本厨子は 正倉院宝物の中でも特異な存在である 独自研究 詳細は 赤漆文欟木御厨子 を参照 平螺鈿背八角鏡 平螺鈿背円鏡 へいらでんはいのえんきょう 平螺鈿背八角鏡 へいらでんはいのはっかくきょう 鏡の背面を異なる材質で飾った宝飾鏡である 正倉院には56面の鏡が伝わっているが 螺鈿 細工の鏡は 平螺鈿背円鏡7面と平螺鈿背八角鏡2面 計9面が伝わる ただし 内5面は鎌倉時代に盗難に遭い 粉々に砕かれた1面を除き4面は破片を接続して補修したものである 径27cm前後 夜光貝 の螺鈿細工を 鼈甲 琥珀 トルコ石 ラピスラズリ で飾った非常に豪華な鏡である この宝物は正倉院宝物の華やかさと世界性を象徴するものの1つで 夜光貝 鼈甲は 東南アジア 産 琥珀は ミャンマー あるいは 中国 産 トルコ石は イラン 産 ラピスラズリは アフガニスタン 産だと考えられている 誰によって 金銀山水八卦背八角鏡 金銀山水八卦背八角鏡 きんぎんさんすいはっけはいのはっかくきょう 径40 7cm 平螺鈿背円鏡 平螺鈿背八角鏡と同じく宝飾鏡であるが この鏡は背面に銀の板を張り細工を施している さらに主要な箇所には 鍍金 を施してあり 非常に精巧な鏡である 中央のつまみに 蓬萊山 を表し その周囲に 水鳥 亀 鶴 鳳凰 龍 孔雀 オシドリ オウム 鹿 などを配置している 注目すべきことは外側に五言律詩が刻まれており 次のように訳される 誰によって 自分の一人ぼっちの姿に旅人として異国にある身を嘆き憂え 楽を奏で歌を歌っても唱和する者も無いまま幾年が経ったことか 今新たにこの心胆を照らし出す素晴らしい鏡が出来上がった それにしてもこの鏡に映すに相応しいあの美しい人を遥かに思い出す この鏡の中を舞う鳳凰は近くの林の棲み家へ帰りゆき 同じく龍は海を渡って来たばかり この鏡をしっかりとしまいこみ故郷に帰る日まで待とう そしてその日にはこれをひもとき愛しい人を照らし出そう 黄金瑠璃鈿背十二稜鏡 おうごんるりでんはいのじゅうにりょうきょう 黄金瑠璃鈿背十二稜鏡 も参照 銀製の宝飾鏡で背面が七宝でできている 正倉院唯一の七宝製品であるが 古代において七宝自体の資料は極めて少ない 注 1 本鏡の一部は成分が未溶解のままの不透明な部分も多く 未熟なガラス制作技術に起因し 七宝の起こりを伝える貴重な資料となっている またこの鏡には箱が現存しており 漆皮八角鏡箱と呼ばれる 生皮を鏡の箱用に形成し 布の上から黒漆を塗って金銀泥で仕上げている この製法は奈良時代に盛行したが 室町以降には忘れられてしまい 明治時代の正倉院宝物修理の過程で再発見された 鳥毛立女屏風第4 部分 鳥毛立女屏風 とりげりつじょのびょうぶ 唐 風の女性が描かれた六扇の 屏風 現在では国家珍宝帳に記載される聖武天皇遺愛の宝物として有名である 樹木の下に唐風の女性を一人ずつ描いた六枚一対で かつては女性の着衣などに鳥の羽毛が飾られていた 今ではほとんど脱落してしまっており 三枚目の女性の肩部分にわずかに残るのみである この羽毛は日本特産の ヤマドリ の羽毛であり 色濃い唐の趣にかかわらず国産である事が判明している 14 江戸時代にかなり修理補筆が行われており 第6扇は顔をのぞいてほとんど住吉内記の補筆である 鳥毛篆書屏風 とりげてんしょのびょうぶ 鳥毛帖成文書屏風 とりげじょうせいぶんしょのびょうぶ 漢文を設えた大型の屏風 鳥毛立女屏風と同じく光明皇后により献納されたもので 聖武天皇のもとで使用された品である 鳥毛篆書屏風は篆書と同じ字の楷書を交えて書いたもの 鳥毛帖成文書屏風は肉太の楷書で書いた屏風で 文章は君主の座右の銘というべきもので 天皇の身近に置かれた屏風に相応しい 文字は鳥の羽毛と金箔で飾られており 鳥毛立女屏風と同じく羽毛は日本特産のヤマドリである この2つの屏風は江戸時代に幾度か大幅な修理を受けているが 古代天皇の執務室を飾った姿を現在までよく伝えている またそれぞれ収納用の袋も現存しており こちらも献納当初まで遡る由緒ある品である 羊木臈纈屏風 象木臈纈屏風 ぞうきろうけちのびょうぶ 羊木臈纈屏風 ひつじきろうけちのびょうぶ 文字通り 象 と 羊 がデザインされた屏風である 856年 7月30日 斉衡 3年 6月25日 に行われた宝物点検の記録から 元々は1つの屏風であったことが判明している ろうけつ染め によって図があらわされている 樹木の下に動物を配したこの様式は サーサーン朝ペルシア の 聖樹禽獣紋 から影響を受けている 伊藤義教 は 羊木臈纈屏風のモチーフは ゾロアスター教 起源として ブンダヒシュン との照合を考察している 15 象のモチーフは インド あるいは中国の動物に由来する 屏風からは緑溢れる中でさまざまな動物が息づく楽園の情景が見てとれる 紫檀木画挟軾 したんもくがきょうしょく 挟軾とは座ってくつろぐ際に肘置きとして使用する補助具の事である 正倉院には挟軾が本品を含め3つ伝わっているが 他の2つは脚回りしか残っていない 本品は3つの挟軾の中で最も豪華であり 唯一1300年前の姿を留めている 金銀絵 象牙細工など贅を尽くした装飾が施されているものの 軽量化を追求し 日用品としての完成度の高さも備えている 国家珍宝帳にも記載されていることから 聖武天皇の日常のくつろぎのひと時を受け止めた品であったと想像される 独自研究 なお挟軾の上面を覆う薄手のクッションのような白羅褥が付属する 御床 ごしょう 聖武天皇と光明皇后のベッドである 檜材で作成されており 脚部などの所々には白色顔料の痕跡が見られることから 元々は純白に塗られていたとされる また別の宝物名ではあるが ベッドシーツや布団などが御床とセットで伝えられており 当時の実用家具 寝具を知る上の貴重な品となっている 御床は聖武天皇と光明皇后がそれぞれ用いた2張存在するが ベッドシーツである廣長亘両床緑は2人分のベッドを覆うサイズである この事から聖武天皇と光明皇后はベッドを並べて眠っていたのがうかがえる 花氈 かせん 花などの模様を織り込んだフェルトの敷物である この模様は 敦煌 や トルファン で発掘された染織品に類似している また繊維調査の結果 材質は中央アジア産の古代 ヤギ の毛を用いたものであることが判明し 他にも花氈の中から中央アジア産の ウマゴヤシ の実が混じりこんだままになっていた この事から恐らく本花氈は コーカサス などで暮らす遊牧民族の手によって織り込まれ 遥々日本に運ばれたのであろうと考えられる 銀薫炉 銀薫炉 ぎんくんろ 純銀で作成された球形の香炉である 球形の真ん中で上下に割れ 上が蓋 下が実とされる 特徴はその大きさで直径18cmである 国外を含めこれ程大きな球形香炉は例がない 全体に精巧な透かし彫りを施されており その技術は極めて高い しかし1300年前のオリジナルは蓋の方であり 実は明治時代の復元品である 青斑石鼈合子 せいはんせきべっこうす 蛇紋岩から掘り出された スッポン 形の容器である 腹部を八稜形に刳り込んで そこに同じ八稜形の皿がすっぽりと納まるようになっている 一見しただけならスッポンの置物そのもので 注目すべきはそのリアルな写実性である 柔らかな甲羅 鋭い爪と口 一方で琥珀を埋め込んだ つぶらな瞳は愛らしく 独自研究 正倉院宝物の中でもユニークな物である もう1つの特徴は甲羅に 北斗七星 の文が金と銀で刻まれている事で 星座が刻まれた宝物は正倉院の中でも極めて少ない 蘇芳地金銀絵箱蓋 蘇芳地金銀絵箱 すおうじきんぎんえのはこ 脚付きの箱であり 蓋 本体に金と銀で宝相華模様が描かれている 30 3 21 2 8 6cm 箱の中は淡い桃色に彩色され 白の花弁が描かれ 丁寧な造りとなっている このような箱は献物箱と呼ばれ 仏に供える供物を入れるのに用いられた 正倉院にはこのような献物箱 机が数十点伝えられており その代表がこの蘇芳地金銀絵箱である 底の部分に 東小塔 と書かれており 東小塔とは西小塔とともに 神護景雲 元年 767年 称徳天皇 発願の百万塔を納めるために建立された 当初この宝物は東小塔の備品だったが 東小塔廃絶の後正倉院に移管されたと考えられている 他にも平安時代に東大寺羂索院の倉庫が朽損し 中の宝物を正倉院に移したと言う記録がある このように何らかの原因で廃絶した東大寺諸堂の備品も 正倉院に納められ伝承されている 白橡綾錦几褥 しろつるばみあやにしきのきじょく 長さ99cm 幅53cmの布であり 東大寺の毘盧遮那仏に献納する品物を載せていた 正倉院には同じような大きさの布が十数点伝わり それらと同じ天板の几 つくえ が伝わることから それぞれの机の上敷として用いられていたとされる いずれも豪華で贅を尽くした華麗なものである その中で本品は麻布を2つ折りした芯を綾で包み 裏面に薄緑色の 絁 を縫い付けただけのシンプルな布である しかしながら本品は極めて特異なもので異彩を放っており 獅子 ライオン を御する半裸の人物像は日本のみならず西方にもほとんど類をみない 綾の組織も極めて珍しく 西方でも発見されていないことから 舶載品か国産品か 未だ結論が出ていない 紺夾纈絁几褥 こんきょうけちあしぎぬのきじょく 白橡綾錦几褥と同じく机の上に載せる敷物である 本褥は正倉院に伝わる褥の中でも数少ない染物である 文様は蓮華風の花座の上で相対する水鳥を 満開の花樹の下に配置したものである 花葉唐草と雲形を組み合わせた円弧状の帯により上方二方と下方一方に区画されている 文様と文様の間は防染し白くくっきりと残り 赤 黄 緑 濃紺と見事に染め分けられている 例外的に文様の1つである葉の先端を 任意に防染せず黄色と緑色を混ぜ黄緑色に暈かしているが 驚くべきことに赤や紺色など他の染料が入り込んでいない この技術はすでに失われており今でも解明されていない 蘭奢待 蘭奢待 らんじゃたい 天下第一の名香と謳われる香木 正倉院の中倉 16 薬物棚にあり 現在までに 足利義満 足利義教 織田信長 明治天皇 らによって切り取られている 17 詳細は 蘭奢待 を参照 螺鈿紫檀五絃琵琶 らでんしたんのごげんびわ 詳細は 螺鈿紫檀五絃琵琶 を参照 聖武天皇の遺品で インドに起源をもつとされる5弦の琵琶としては世界唯一 唐からの移入品と推定されている 捍撥 撥受け には 螺鈿 で熱帯樹と飛鳥やラクダに乗って琵琶を弾く 胡人 を表し 側面には 紫檀 に 夜光貝 の切片を貼る 18 19 白瑠璃碗 はくるりのわん 詳細は 白瑠璃碗 正倉院宝物 を参照 白瑠璃碗 正倉院 透明でごく薄い褐色味のついたカットグラスの碗 アルカリ石灰ガラス製 ササン朝ペルシア で製作されたものといわれる 20 正倉院文書 編集 正倉院文書 しょうそういんもんじょ は 正倉院に保管されてきた文書群で 光明皇后の 皇后宮職 から 東大寺写経所 に至る一連の写経所で作成された文書を中心とする 奈良時代に関する豊富な情報を含む史料である 詳細は 正倉院文書 を参照 聖語蔵 編集 正倉院の構内にはもう1棟 小型の校倉造倉庫が建ち 聖語蔵 しょうごぞう と呼ばれている 中に収められていたのは経巻類で 正倉院文書とは別の古代の仏教関係の書籍 経巻類 が保管されていた もとは東大寺 尊勝院 の 経蔵 聖語蔵 の一群である 隋経8部22巻 唐経30部221巻 天平経13部18巻 光明皇后発願の 天平十二年御願経 127部750巻 天平勝寶経4部5巻 天平神護経1部3巻 称徳天皇発願の 神護景雲二年御願経 171部742巻 さらに 平安時代 鎌倉時代 に至る古写経 古版経を含めて総計4960巻であった 21 また 鎌倉時代の外典の写本も含まれている 22 この経巻類は 1894年 明治27年 に 皇室 に献納され 校倉造倉庫も正倉院構内に移築された 現在は他の宝物と同様に宮内庁正倉院事務所が管理している 正倉院聖語蔵経巻全巻のアーカイブ化プロジェクトも進められている 23 建造物としての正倉院 編集 校倉造 校倉造 屋根は寄棟造 瓦葺 規模は正面約33 1メートル 奥行約9 3 メートル 床下の柱の高さ約2 5メートルである 床下には10列 4列の柱を建て その上に台輪 だいわ と呼ぶ水平材を置く この上に北倉と南倉は校木 あぜぎ という断面三角形の材を20段重ねて壁体をつくり 校倉造とする ただし 中倉のみは校倉造ではなく 柱と柱の間に厚板を落とし込んだ 板倉 で 構造が異なる なぜ 中倉のみ構造が異なるのか 当初からこのような形式であったのかどうかについては 諸説ある 奈良時代 の文書には 正倉院宝庫のことを 双倉 そうそう ならびくら と称しているものがある このことから 元来の正倉院は北側と南側の校倉部分のみが倉庫で 中倉にあたる中間部は 壁もなく床板も張らない吹き放しであったため 双倉 と呼ばれたとするのが通説だったが 年輪年代法を用いた鑑定により 当初より現在の形であった事が判明している 24 校倉の利点として 湿度の高い時には木材が膨張して外部の湿気が入るのを防ぎ 逆に外気が乾燥している時は木材が収縮して材と材の間に隙間ができて風を通すので 倉庫内の環境を一定に保ち 物の保存に役立ったという説があった しかし 実際には 重い屋根の荷重がかかる校木が伸縮する余地はなく この説は現在は否定されている 注 2 実際壁面は中から見るとあちこちから外光が透けて見える 隙間だらけ の状態であり 湿度の管理について言えば 宝物が良い状態で保管されたのは多重の箱に収められていたことで湿度の 急変 が避けられたことによる部分が大きい 現存する奈良時代の倉庫としてはもっとも規模が大きく また 奈良時代の 正倉 の実態を伝える唯一の遺構として 建築史的にもきわめて価値の高いものである 校倉造の宝庫は長年 宝物を守ってきたが 1953年 昭和28年 3月に 鉄筋コンクリート 造の新宝庫が建造 1961年 昭和36年 には同じく鉄筋コンクリート造の第二新宝庫が新築 落成式は1962年4月10日 されたことから 1962年 昭和37年 4月1日 前者を 東宝庫 後者を 西宝庫 と名称が定められた 26 翌 1963年 昭和38年 宝物類は移し替えが行われた 宝物の大部分は西宝庫に収納 東宝庫には修理中の品や 西宝庫に収納スペースのない 大量の染織品が収納されている 現在 勅封はこの宝庫に施されている 損壊 盗難 編集 幾度も類焼の危機や盗難が起きている 盗難は 1039年 長暦 3年 1230年 寛喜 2年 1610年 慶長 15年 の3度あり そのすべてが働いていた僧侶によるもので 宝物の点検や建物の修理の後に盗み すべて捕まっている 27 917年 延喜17年 火事で講堂や僧房が焼ける 1031年 長元 2年 台風と見られる強風で勅封倉 南倉に被害 1039年 長暦3年 僧らが勅封倉を焼き宝物を盗む 1095年 嘉保 2年 勅封倉 南倉の複数の倉が焼ける 1180年 治承 5年 平重衡 の 南都焼討 で東大寺焼失 南側の倉跡地が防火帯になる 1230年 寛喜 2年 僧2人が鍵を壊して宝物を盗み 鏡を砕いて金属部分を売ろうとするが高値で売れず捕まる 1254年 建長 6年 落雷で倉が焼けるが東大寺関係者が宝物を運び出し事なきを得る 1567年 永禄 10年 松永久秀 の兵火 東大寺大仏殿の戦い で東大寺大仏殿などが焼失 1610年 慶長 15年 台風被害の片付けをした僧3人が北倉の古器を盗む 1830年 文政 13年 屋根が大破 修理 編集 記録によれば 1031年 長元 4年 1079年 承暦 3年 1100年 康和 2年 1193年 建久 4年 1230年 寛喜 2年 1243年 寛元 元年 から 1246年 4年 1254年 建長 6年 1603年 慶長 8年 1693年 元禄 6年 1833年 天保 4年 から 1836年 7年 1877年 明治 10年 に修理がおこなわれた 28 1913年 大正 2年 3月から12月にかけて解体修理が行われた 29 2010年 平成22年 8月31日 に正倉院を管理する宮内庁は 1世紀ぶりに正倉院の施設整備工事を行うことを目指し 2011年 平成23年 度予算の 概算要求 で工事費として3億6 000万円を盛り込んだ 30 改修は2011年 平成23年 9月1日より始まり 拝観停止となっていた 一部希望者は期間限定で工事見学が出来た 31 2014年 平成26年 10月25日から公開が再開された 32 33 国宝指定の経緯 編集 皇室用財産 宮内庁の各部局 長官官房 侍従職 書陵部 三の丸尚蔵館 京都事務所 正倉院事務所 が管理する国有財産 の一連の 文化財 は 宮内庁による十分な 管理 が行われている との宮内庁見解 34 35 にもとづき 文化財保護法 による指定の対象外となっている そのため 正倉院の建物や宝物も 国宝 重要文化財 等には一切指定されていなかった しかし 古都奈良の文化財 が ユネスコ の世界遺産として登録されるにあたり 当該文化財が所在国の法律によって保護の対象となっていることが条件であることから 36 正倉院の建物も 正倉院正倉 として 1997年 平成9年 5月19日 文化財保護法 による 国宝 に指定された 国宝に指定されたのは不動産である宝庫の建物だけで 動産である宝物類は指定されていない 西の正倉院 編集 門外不出であった正倉院の原図をもとに 天然材を使って細部に渡って忠実に再現した木造建築 西の正倉院 が 計画5年 建築5年を経て 1996年 平成8年 に 宮崎県 東臼杵郡 美郷町 に建設され 奈良の正倉院では見ることのできない内部構造を見学することができる 正倉院南倉に収められている唐花六花鏡と同じ銅鏡も展示している 37 正倉院展 編集 正倉院展 を参照 正倉院展とは 毎年秋に 奈良国立博物館 で開催される正倉院宝物の一般展示である 正倉院宝物は整理済みの宝物だけで9000点に上るが このうち正倉院展で公開される宝物の品目はわずか約70点のみである 38 第二次世界大戦後 1946年 昭和21年 に奈良帝室博物館で 正倉院御物特別拝観 として開催され 翌年以降 奈良帝室博物館から改称した 奈良国立博物館 で秋の2か月の曝涼にあわせて開催されるようになった 最初は 正倉院御物展 正倉院展覧会 といった表記ゆれがあり 現在の 正倉院展 の名称が定着するのは1952年 昭和27年 頃からのようである 正倉院展は奈良で開催されなかった年もあるが 2018年 平成30年 に第70回を迎えている 毎年多くの見学者を集めているが 観覧者数が特に伸びたのは2001年 平成13年 以降である 2001年 平成13年 から主催機関である奈良国立博物館の 独立行政法人 化を契機に 外部から協力 注 3 を受ける開催方式となる 最初の4年間は 朝日新聞社 がその役割を担い 観覧者も前年より5万人ほど増加した しかし その後は低減し 独法化前と大差のない13 14万台に戻り 2019年 令和元年 11月1日に累計観覧者数が1千万人を達成した 39 2005年 平成17年 の第57回から協力主体が 読売新聞社 に移ると 読売関係各社を動員し それまでにない多彩で大規模なメディア展開を実行する 近年の観覧者急増には 正倉院展自体に集中的に言及するメディア体制の出現が背景にあると言える 40 なお 帝室博物館の流れを汲む 東京国立博物館 に於いても5年に1回 正倉院展の時期に行われる展覧会で同院の収蔵物が展示される 41 テレビ番組 編集 nhk特集 天平の秘宝 正倉院宝物を探る 1981年11月9日 nhk 42 正倉院 天平の宝物を守り抜いてきた宝庫 2009年 nhk 43 読売テレビ開局60年 正倉院の奇跡 守り継がれた天皇の倉 2019年10月19日 読売テレビ 44 nhkスペシャル 天皇が創った至宝 正倉院宝物が伝える 日本誕生 2019年10月30日 nhk 45 日曜美術館 至宝からひもとく天平の祈り 第72回 正倉院展 2020年11月1日 nhk教育1 46 史上初のプロジェクトに密着2年 正倉院の1300年前のガラス宝物 完全再現に挑む 2023年11月3日 読売テレビ 47 日曜美術館 華麗なる宝物 天平の祈り 第75回 正倉院展 2023年11月5日 nhk 48 ブラタモリ 奈良 正倉院 なぜ1300年もお宝を守れた 2024年3月2日 nhk 49 記録映画 編集 正倉院薬物調査 1950年 50 脚注 編集 脚注の使い方 注釈 編集 イギリスのsoame jenyns 1904 1976 は jenyns soame watson william 1963 chinese art the minor arts 邦訳 中国工芸 美術出版社 で 江戸時代の日本で制作された と推定した ただ 現在は支持されてはいない 正倉院に納入された時代が不明であることもあり 1960年代から制作地制作年代には諸説がある 建築史家の鈴木嘉吉は校木収縮説を明確に否定しており 正倉院事務所長を務めた和田軍一も否定的見解を述べている 25 展覧会の 協力 とは 一般に開催する展覧会を成功させるため 広報や技術提供 観覧者満足度の向上などの側面において主催者の支援を行うこと 通常 協力 主体は 直接の資金援助は行わず 反対に観覧収入などから見返りも受けない 出典 編集 1 2 公開講座 正倉院の工芸 遣唐使は何を持ちかえったか 奈良女子大学社会連携センター 1 2 西川明彦 正倉院宝物の意匠にみる国際的展開 米田雄介ほか編 正倉院への道天平の至宝 雄山閣出版 1999 所収 p 132 第28回 日本のあかり文化とssl その2 シルクロードのあかり から led next stage 2024年6月3日閲覧 宝物には国産品の他に中国8世紀ごろの唐の品々やインドやイラン ギリシャやローマ エジプトなど当時の主要文化地域の特徴を有す品々も含まれます 当時の唐は西方との交易も盛んで 西方文化はシルクロードを通じて唐に移入されました その西方的要素を含んだ国際性豊かな品々が 海を渡り正倉院宝物ともなっています 正倉院がシルクロードの東の終着点といわれる所以です 三訂版 知恵蔵 防府市歴史用語集 世界大百科事典内言及 精選版 日本国語大辞典 デジタル大辞泉 日本大百科全書 ニッポニカ 百科事典マイペディア 日本歴史地名大系 山川 日本史小辞典 改訂新版 世界大百科事典 第2版 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 旺文社日本史事典 正倉院 しょうそういん とは 意味や使い方 コトバンク 2023年11月24日閲覧 神宿る海の正倉院 厳格な禁忌 守られた宝物 産経ニュース 2017年5月6日 高野山 霊宝館 1000年後見据え 文化財を保存 山の正倉院 開館100年 和歌山 毎日新聞 毎日新聞社 2021年5月31日 2021年5月30日時点の オリジナル よりアーカイブ 2022年7月15日閲覧 春日大社 国宝殿 春日大社 千年の至宝 平安の正倉院 の名品 毎日新聞 2017年1月23日 2019年9月17日時点の オリジナル よりアーカイブ 平城宮跡資料館秋期特別展 地下の正倉院展 国宝 平城宮跡出土木簡 平城宮跡資料館 1 2 由水 1996 2010 10 28のおしらせ 元興寺文化財研究所 東大寺ミュージアム 東大寺 奈良公園 奈良県 国宝を巡る旅 2023年11月24日閲覧 主に米田 杉本 正倉院美術館 による 正倉院 刀剣ワールド 東建コーポレーション 2024年6月5日閲覧 鳥毛立女屏風 は 6扇 ろくせん 6枚の面からなる作品 の美人画として名高い屏風です 唐風の衣装を身に着け 樹下に佇む女性を1枚に1人配した構図となっています 描かれている女性の髪や着衣 樹木などに山鳥の羽毛が貼られていたため 鳥毛立女屏風 と呼ばれることになりましたが 現在では羽毛のほとんどが剥落 はくらく し 残っているのは下図の黒い輪郭線のみです 絵に用いられた羽毛が日本産の山鳥の物であることから 鳥毛立女屏風 は舶来品ではなく 日本で制作されたと考えられています 伊藤義教 ペルシア文化渡来考 岩波書店 1980年 正倉院の香木 蘭奢待 について知りたい 国立国会図書館 2024年3月26日閲覧 蘭奢待 らんじゃたい 正倉院中倉に伝世する香木 奈良国立博物館だより 第23号 奈良国立博物館 2024年3月26日閲覧 香道が盛んになった室町時代以降の関心の的は なんといっても蘭奢待です 足利義満 足利義教 足利義政 織田信長 徳川家康など 時の権力者がこれを截ったこともよく知られています 近代に入ってからは 明治10年 1877 に明治天皇が截らせています 改訂新版 山川 日本史小辞典 正倉院 螺鈿紫檀五絃琵琶とは 意味や使い方 コトバンク 2024年3月23日閲覧 歌唱編 文化デジタルライブラリー www2 ntj jac go jp 2024年3月23日閲覧 正倉院 正倉院 shosoin kunaicho go jp 2024年6月5日閲覧 小野玄妙 1929 松島 松本 1947 正倉院聖語蔵経巻アーカイブ 富士フイルムと丸善による 光谷 拓実 年輪年代法による正倉院正倉の建築部材の調査 宮内庁 2014年4月26日時点の オリジナル よりアーカイブ 2014年4月26日閲覧 鈴木嘉吉 新国宝 正倉院正倉 月刊文化財 407号 第一法規 1997および和田軍一 正倉院案内 吉川弘文館 1996 宮内庁 昭和天皇実録第十三 東京書籍 2017年9月30日 336頁 isbn 978 4 487 74413 8 あの信長も気を遣った 正倉院1200年の奇跡 読売新聞オンライン 2018年11月3日 2022年10月6日閲覧 安藤 1947 大正の大修理 宮内庁 正倉院正倉整備工事 宮内庁 正倉院正倉整備工事現場公開 宮内庁 古沢範英 2014年10月21日 正倉院 1世紀ぶりの修理完了 25日から公開再開 朝日新聞デジタル 2014年10月21日時点の オリジナル よりアーカイブ 2014年11月3日閲覧 共同通信社 2014年5月16日 平成の正倉院 お目見え 100年ぶり大修理終える 日本経済新聞社 2014年11月3日閲覧 1997年4月19日付 読売新聞 朝日新聞 報道 高木博志 近代天皇制と古都 pp 231 2006年 岩波書店 isbn 4 00 022550 2 鈴木嘉吉 新国宝 正倉院正倉 月刊文化財 407号 第一法規 1997 など 西の正倉院パンフレット 第61回正倉院展パンフレットによる 2019年11月2日付 読売新聞第3社会面 小川伸彦 正倉院展へのメディア展開 二〇〇五年秋の 事件 を読む 美術フォーラム21 vol 14 醍醐書房 2006年 平成18年 4月号 isbn 978 4 925185 24 0 近年では 日本国宝展 2014年10月15日 12月7日 や 御即位記念特別展 正倉院の世界 展 2019年10月14日 11月24日 天平の秘宝 正倉院宝物を探る nhkアーカイブス 1981年11月9日 正倉院 天平の宝物を守り抜いてきた宝庫 nhkアーカイブス 2024年3月3日閲覧 正倉院の奇跡 守り継がれた天皇の倉 読売テレビ 2019年10月19日 天皇が創った至宝 正倉院宝物が伝える 日本誕生 nhkオンデマンド 2019年10月30日 至宝からひもとく天平の祈り 第72回 正倉院展 nhkアーカイブス 2020年11月1日 史上初のプロジェクトに密着2年 正倉院の1300年前のガラス宝物 完全再現に挑む 読売テレビ 2023年11月3日 華麗なる宝物 天平の祈り 第75回 正倉院展 nhkオンデマンド 2023年11月5日 奈良 正倉院 なぜ1300年もお宝を守れた 美術展ナビ 2024年3月2日 宮内庁 昭和天皇実録第十一 東京書籍 2017年3月30日 113頁 isbn 978 4 487 74411 4 参考文献 編集 正倉院の世界 別冊太陽 日本のこころ 北啓太監修 平凡社 2006年 isbn 4 582 92143 4 杉本一樹 正倉院 歴史と宝物 中公新書 2008年 isbn 4 12...
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