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モデル線, 目次, 概要, モデル線の役割, 沿革, 脚注, 参考文献, 関連項目, 外部リンク, 公式名, 区間, テスト期間, 試験車, 試験, 乗務員, 保守要員の養成, 試乗者の受け入れ, 終戦まで, 新幹線建設決定まで, 新幹線計画におけるモデル線, 先行建設, 試験走行, 未収情報, 発展的解消, 記念碑, モデル線の年表, 注釈, 出典, 写真など, 関連読み物, 各種試験, 速度試験, 関連施設, 土木構造物, 事故と教訓,

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大東急, 戦時買収私鉄, 陸運統制令, 陸上交通事業調整法, 東京地下鉄道, 鉄道省, 国有化, 台湾総督府鉄道, 朝鮮総督府鉄道, 南満洲鉄道, 逓信省, 鉄道会議, 鉄道敷設法, 中山道幹線, 改軌論争, 鉄道開業, 工部省, 黎明期, 時系列, category, は廃止された列車予約サービス, 対応の決済済み認証利用, は交通系icの, ストアードフェア, 交通系icカード全国相互利用サービス, 声優新幹線, 2025年の映画, 新幹線変形ロボ, シンカリオン, 九州縦断ウェーブ, 妻たちの新幹線, 新幹線ガール, 新幹線をつくった男たち, サンリオキャラクター, 97恋物語, 新幹線物語, 93夏, 新幹線公安官, 動脈列島, ドラマ, 映画等, 会いにいこう, don, stop, now, supernova, express, 北陸ロマン, serendipity, 風の暦, 空飛ぶ電車, 林檎の花, come, いい日旅立ち, ambitious, japan, クリスマス, 関連楽曲, ジーン, ウィルソン, バーク, 堺正幸, 脇坂京子, 高木文雄, 磯崎叡, 石田礼助, 河邊一, 松平精, 三木忠直, 平山復二郎, 島安次郎, 関連人物, こまち21号列車分離インシデント, 東北新幹線脱線事故, のぞみ34号重大インシデント, 北陸新幹線敦賀以西のルート選定, 2014年問題, 上越新幹線脱線事故, 信越本線高速化, 羽越本線高速化, 三島駅乗客転落事故, 名古屋飛ばし, 上越新幹線反対運動, 名古屋新幹線訴訟, 新幹線運賃差額返還訴訟, 東海道新幹線大阪運転所脱線事故, 新幹線不在仮定, 東海道新線, 日本の改軌論争, 構想等, モバイルsuica特急券, jr北海道予約サービス, jr九州列車予約サービス, wester, e5489, 北陸新幹線eチケット, lineからex, スマートex, エクスプレス予約, タッチでgo, えきねっと, 新幹線eチケット, cyber, station, マルス, 列車予約サービス, カフェテリア, 食堂車, supreme, class, グランクラス, グリーン車, 普通車, 新全国総合開発計画, 新幹線基本計画, 新幹線特例法, 全国新幹線鉄道整備法, 法律等, 長崎鉄道管理センター, 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h5系, e5系, e4系, e3系, e2系, e1系, 400系, 200系, 営業用車両, は廃止された名称, ひかりレールスター, グランドひかり, ウエストひかり, その他, かもめ, つばめ, さくら, みずほ, こだま, ひかり, のぞみ, つるぎ, maxあさま, あさま, はくたか, かがやき, maxあさひ, あさひ, maxたにがわ, たにがわ, maxとき, とれいゆ, スーパーこまち, こまち, maxあおば, あおば, maxなすの, なすの, maxやまびこ, やまびこ, はやて, 列車名, のうち, 未開通区間のあるもの, は建設中, は試験終了, 山梨リニア実験線, 宮崎リニア実験線, 上越新幹線総合試験線, 東北新幹線総合試験線, 山陽新幹線総合試験線, 試験路線, 三重新幹線, 東海道物流新幹線, 構想路線, 第二東海道新幹線, 成田新幹線, 未成線, 九州横断新幹線, 東九州新幹線, 四国横断新幹線, 四国新幹線, 中国横断新幹線, 山陰新幹線, 中京新幹線, 奥羽新幹線, 羽越新幹線, 北海道南回り新幹線, 基本計画路線, 西九州新幹線, 九州新幹線, 博多南線, 山陽新幹線, ガーラ湯沢, 上越線, 田沢湖線, 秋田新幹線, 一部区間旧通称, 長野新幹線, 北海道新幹線, 営業中路線, 国鉄による記念碑のパネルと碑文の写真がある, 鴨宮商店街のサイト, ミュージアム, 試乗券の写真がある, 夢の超特急の時代, 先行して建設された新幹線の高架を借用して運行した時期があった, えちぜん鉄道勝山永平寺線, 先行して建設された新幹線の線路を借用して運行した時期があった, 阪急京都本線, ドクターイエロー, 新幹線車両, その他の当記事関連項目, 宮崎実験線と山梨実験線, 北海道リニア構想の北海道実験線, 誘致運動, 千歳市, 札幌市, リニア実験線, 磁気浮上式鉄道, ミニ新幹線方式, 新在直通運転, 山形駅, 福島駅, 東北新幹線試験線管理所の記述あり, 新得駅, 新内駅, 狩勝実験線, 根室本線, 当記事, 日本国内のモデル線, 試験線, コモンズには, に関連するカテゴリがあります, 高橋団吉, 新幹線をつくった男, 島秀雄物語, 小学館, 制作班編, 復活への舞台裏, 日本放送出版協会, nhk, jtb, 須田寬, 0系新幹線電車, 総集編, は新幹線建設途上の1961年に創刊されたため, 新幹線に関する記事や連載が何回も掲載され, モデル線や走行試験もしばしば登場した, たとえば, 1962年5月号no, 新幹線モデル線, 1962年11月号no, 新幹線の走るまで9, 久保敏, 新幹線の走るまで10, 高林盛久, 1964年6月号no, 新幹線の走るまで26, モデル線熱海海方へ延長, モデル線管理区解散, 鳥飼間試運転開始, 手塚一之, 交友社, 坂正博, 広田尚敬, 広田泉, ヤマケイレイルブックス, 2004年, 635, 06817, 鴨宮モデル線区を顧みる, 出版部, プレス, アイゼンバーン, 2003年, 学習研究社, 碇義朗, 新幹線開発に賭けた男たち, 1993年, 文藝春秋, 元日本鉄道建設公団総裁, 篠原武司のネットワーク型新幹線の構想, 石田パンリサーチ出版局, 1992年, 柳井潔, 新人物往来社, 1985年, 海老原浩一, 日本交通公社, 新幹線十年史編さん会議, 日本国有鉄道新幹線総局, 1975年12月10日発行, 中公新書, 1964年4月, 新幹線開発物語, 中公文庫, 中央公論新社, 1964年初版, 2001年改版, 中央公論社, 1964年7月初版, 1965年1月再版, 松原健太郎, 新幹線の軌道, 昭和39年10月1日初版発行, 昭和39年12月20日改訂再版発行, 1000円, 俵英一, 日本鉄道運転協会, 昭和39年10月1日発行, 400円, にて閲覧, 昭和40年3月17日翻刻承認, 昭和40年5月10日発行, 発行所, 1500円, 43ページ掲載の朝日新聞記事, 昭和39年7月1日付, 大幹工篇, 1349ページ, 249ページ, 219ページ, 213ページ, 国鉄本社, 160ページ, 飛び出す丸鼻, 0系の碑, jr鴨宮駅, 朝日新聞2009年04月20日, 1984年刊, 32ページ, および, 22ページ, 碑文本文, 新幹線きょう10周年記念日, 朝日新聞1974年10月1日東京朝刊, 2009年7月8日閲覧, 東京新聞, 鴨宮は, 超特急通らぬ駅そば, かつてテスト車両基地, 2007年5月24日, 308ページ, 乗りものニュース, 想定外の関ヶ原, 長年続く雪との闘い, 東海道新幹線物語り, 1964年4月20日, パブリシティ誌, 読売新聞, d51から新幹線, 131ページ, 176ページ, 試運転, ダイナミックに, 上々の成績, 鴨宮ー大磯, 新幹線で, 1962年6月26日東京夕刊, 縮刷版dbで閲覧, 大島忠剛, 東海道新幹線路盤工, あれから50年, 信山社, 2012年, 239頁, 88261, 984, 東海道広軌新幹線期成会, 財団法人交通協会, 1962年7月10日, 東海道新幹線pr特集, 1964年8月1日, アーカイブセレクション, 地震学会, リアルタイム地震動モニタリング, 地震計と警報システム, 地震と鉄道防災, 成山堂書店, 2018年, 156頁, 425, 55431, 132, 133ページ, 121ページ, 160, 161ページ, 194ページ, 101ページ, 171, 183ページ, 155, 158ページ, 103ページ, 21ページ, 17ページ, 171ページ, 国立国会図書館, 1959年3月26日, 2020年1月31日閲覧, 国会会議録検索システム, 第31回国会, 参議院予算委員会第三分科会, 第4号, 昭和34年3月26日, 13ページ, 日本国有鉄道幹線調査会設置について, 昭和32年8月30日, 閣議決定, 収載資料, ndlsearch, ndl, rnavi, cabinet, s30_33, bib01284, 97ページ, 秩父宮妃ら, 夢の超特急にご試乗, 朝日新聞1963年6月7日報道, 夢の超特急に試乗, 施設の子ら, 米衛星船飛行士グレン中佐来日, 朝日新聞1963年5月21日報道, エカフェ主催の新幹線研究週間, 251, 258ページ, ステキ, 信じられない, エカフェ代表団, に試乗, 朝日新聞1963年4月15日報道, ライシャワー大使らが試乗, 朝日新聞1963年1月23日報道, 名古屋幹線工事局, 10ページ, 15ページ, 18ページ, 225, 231ページ, 新記録, 二百五十六キロ, 最後のテスト, 1963年3月30日東京夕刊, 225ページ, 218ページ, 1962年ニュースハイライト, 208, 212ページ, 20ページ, 232ページ, 写真資料, 116, 119ページ, 鴨宮モデル線と試作車両, 40ページ, 180, 189ページ, vii新幹線の全線試運転と開業, モデル線管理区の解散と線路の延長, 168ページ, 200ページ, 8ページにb編成と工事途上の酒匂川橋梁の写真がある, 7月16日久保敏の撮影による, アーカイブセレクション28, 1960, 54ページ, 日本国有鉄道東海道新幹線支社編, 384ページ, 総理府告示第445号, 日本国有鉄道04, 1962, 1987, イカロス出版, 184ページ, 199ページ, 201ページ, 261ページ, 200によれば, 相模川橋梁が661m, 酒匂川橋梁が387m, 弁天山トンネルが1335mであった, 42ページ掲載の朝日新聞記事, 昭和37年6月24日付, 大礒間12キロ, となっている, 海老原浩一は, と表記し, 須田寛は, と表記している, 脚注の使い方, 10月1日, 正式名, が営業開始, 7月25日, 全線試運転が開始, 7月1日, 川崎市で最後のレールが結合され, 大阪間515kmが全通, 6月22日, b編成が電気試験車に改造のため浜松工場に入る, 6月20日, a編成が救援車に改造のため浜松工場に入る, 6月17日, 米原間で200km, hの速度試験成功, 4月28日, 米原間試運転開始, モデル線管理区が廃止されて東京運転支所に吸収される, 4月1日, 東海道新幹線支社発足に伴い, モデル線管理区が支社所属の現業機関となる, モデル線が西の熱海方面からの上り線とつながって, 速度向上試験最終日に256km, 3月19日, 243km, 10月31日, その3, 10月10日, モデル線全区間が完成, 9月8日, 13日, その2, で160km, 7月15日, 16日, その1, で110km, 6月26日, 第一次速度向上試験で70km, から東方向へ約10kmの軌道, が完成し, 走行試験が始められる, 鴨宮から東約10kmまでの区間が完成, モデル線管理区の開区式, モデル線で軌道, 電気の起工式, 4月11日, が誕生, 総局長は, 新幹線総局, 酒匂川橋梁と相模川橋梁が着工, 12月, 名古屋, 大阪の幹線工事局が発足, 東口で全線の起工式, 4月18日, 幹線調査室を廃して新幹線局を設置し, 幹線調査事務所を廃して東京幹線工事局を設置, 4月13日, 大阪間線路増設工事運輸大臣認可が下りる, 3月31日, 30億円の東海道幹線増設費が国会で認められる, 7月7日, 幹線調査会が, を5カ年で建設すべきと答申, 運輸大臣諮問機関, 日本国有鉄道幹線調査会が設置される, 国鉄内に幹線調査室を設置, 国鉄から運輸省に申請書を提出, 時の運輸大臣, はこれを積極的に支持, 中村三之丞, 5月25日, 昭和31年, 5月10日, 国鉄本社で東海道線増強調査会が設置される, 委員長は島秀雄, 1956年, 十河信二が国鉄総裁に就任, 弾丸列車計画で, を含む東京大阪間のルート用地が順次買収された, 2009年には, 地元市民有志により, 南口側に, が建立され, 4月19日に除幕式が行われた, 新幹線の発祥地, 鴨宮の記念碑, 昭和49年, 国鉄は新幹線開業10周年を記念して, 日本国有鉄道新幹線総局長, 原田種達の名で, 鴨宮基地の跡地の新幹線線路際にモデル線鴨宮基地の記念碑, を建立している, それは平面御影石に日本列島のレリーフと鴨宮の位置を刻んだシンプルなモニュメントで, 横壁には, というプレートがはめ込まれている, から下り側約700m, 273472, 139, 172361, 北緯35, 273472度, 東経139, 172361度, 東経139度10分20, 北緯35度16分24, 1974年, 新幹線試作車両が初めて組み立てられ軌道を走り始めた地である, 新幹線の車両や設備の実地テスト, 要員養成もこの鴨宮が出発点となった, モデル線は西からの上り線と第一熱海トンネル内でつながって, 三島間77kmが開通した, これをもってモデル線はその役割を終えて, 当初からの計画通り, 新大阪間の営業路線区間に組み込まれ, モデル線管理区は同年4月下旬に廃され, その後綾瀬側の渡り線は撤去された, 走行試験は新幹線局運転車両部が引き継いだ, 小田原側の鴨宮基地は, 渡り線こそ撤去されたものの, 新幹線の鴨宮保線基地として現在も使用されている, 鴨宮保線基地, モデル線は比較的温暖な, に設けられたことから, に対する試験だけは行うことができなかった, そのため開業初年の冬にいきなり, で運行に支障をきたすこととなり, としての, パイプライン, を急遽増設しなければならなくなった, スプリンクラー, ポンプ場, 融雪装置, 雪対策, 関ケ原, 豪雪地帯, 2月26日, が発生した, モデル線では, を想定した試験として, 軌道上に約60kgの, を置き風圧で飛ばされないようテープで固定した上で車両を走行させ, 潰れたジャガイモの飛散状況を確認しており, その結果を活かして, の改良を重ねてきたが, 事故をうけて金属板の排障器にゴム製の補助排障器を取り付けることが決まった, 軌道への立入禁止措置としての, の上部にさらに, を加設することも決まった, 有刺鉄線, フェンス, 排障器, ジャガイモ, モデル線への侵入者による自殺, 新幹線研究の主体となったのは, である, 新幹線に導入された技術はすべて, 充分に実証された技術の範囲, ウェル, プルーブド, テクニーク, ではあったが, それらを結集しても, hを超える列車速度で安定的に走行するまでには, いくつもの課題を乗り越えなければいけなかった, モデル線で見つかった問題点はすぐさまフィードバックされ, 改良された装置でまたテストが行われる, その繰り返しであった, モデル線のテストとデータをもとに各設備や営業用量産形電車の仕様も決まっていった, モデル線のテストを統括するモデル線管理区, 管理区長は田中隆造, 4月20日に開区式が行われ, 鴨宮基地から東方向へ約10kmの生沢までの区間, 6月26日には十河総裁を迎えて試験運転開始式が行われた, 工事の合間を縫って種々のテストが進められ, hを越え, 最終的には250km, 3月30日午前9時46分32秒には速度向上試験で256km, hを記録, この速度を達成するには, 高速走行時に起きる車両の, だこうどう, を克服する台車や超高速に耐える, 幾多の技術改良が必要であった, パンタグラフ, 蛇行動, 盛土および切土区間の, 切土面は, で統一することが早々に決まったが, 盛土面では, のような, による転圧のみでの露天放置や, など10種類の, も試みられ, 方法も, を地植え, 直植え, を用いてみるなどの試行錯誤が繰り返された, 植生マット, クローバー, モルタル, 整地ローラー, 締固め用機械, 三和土, コンクリート, モデル線区間の軌道では高架橋, 切り取り, の各構造体が混在し, それぞれの特性について観察された, 高架橋橋脚では標準仕様となる60センチ四方の角柱以外に, 厚さ30センチの板状橋脚, 上掲の銘板高架橋写真参照, も採用され, 試験により, 級の地震でも耐えうることを確認し, 本線への導入が決定した, 高架橋区間での走行試験では, を敷かず, として振動, 騒音や軌道そのものへの負荷, 雨水排水などを確認した, 開業前に全てバラストを充填した, スラブ軌道, バラスト, 関東大震災, 時速200キロを超える高速運転の新幹線では, の確保が重要で, 20メートル以上は警戒が必要になることが判明し, モデル線区間では, からの, が軌道建設中から懸念されていたこともあり, 沿線に, を設置して運転指令所へ伝送するシステムを構築, その有効性が確認されたため本線開業時に全線で採用された, 丹沢颪, 丹沢山地, 風洞実験, 横風安定性, 藤沢市用田の線路脇と小田原の弁天山トンネル上の山にatcや, 用の通信基地を設置した, 両基地局は開業後に中継所となった, また弁天山トンネルではトンネル内でも, の通話を可能にするため両坑口脇に中継機アンテナを設置した, 実際に車内に公衆電話が設置されたのは1966年, 公衆電話, 列車電話, 変電所内には, 発生時に, を遮断して, させるための, 正式名は警報感震器, を設置, 開業を控えた1964年6月16日に, が発生したことをうけ, 急遽対震列車防護装置の設置が決定, 事前構想としては12の保線所に簡易警報地震計を置き, 地震発生後に係員が確認して電話で総合指令所へ報告し運転取扱いを検討する計画だった, 本線各所が最終調整に追われていたことから, 準備が整い開業を待つだけの状態であったモデル線で試験導入され, 人為的に作動させて運転停止動作を確認し, 有効性が証明されたことから全線配備となった, 当時の機械, smac型, は落下球式と倒立振り子式の, を用いた単純なもので, 地震が発生してから作動するものであったため, 後の地震動早期検知警報システム, 開発の必要性が既に議論されることになった, ユレダス, 位置エネルギー, 新潟地震, 地震計, 緊急停止, 電力供給, モデル線の沿線には, 鴨宮の3つの, が設置され, 大磯は東日本の50, を西日本の60サイクルの電力系統に置換するための, 変換変電所の役割を持ち, 開業後は, 区分所となり, 周波数変換変電所は, 西相模, の4カ所に設置, 平塚と鴨宮には, を設置する, を併設, 信号機械室, 周波数, サイクル, 変電所, 国鉄は, の西で酒匂川の手前, 現在線, 現在で言う在来線, にモデル線が接する地点で, 両線に挟まれた細長い三角形の土地に車庫かつ総合試験基地として, を建設し, 4月からは新幹線総局の現業機関, を置いて, 車体の組み立て, 試作車と諸設備の試験, 乗員と保線要員の養成を行った, また鴨宮基地には試乗者のための仮ホームが設けられた, 基地の建物は予算節約のためごく質素であったが, モデル線自体は営業運転が開始されたときにはその一部に組み込まれることに決まっていたので, 完全なものが作られた, 国鉄の東京幹線工事局は, 4月ようやく, 東京大阪全区間の工事に先駆けてこの区間の建設に着工した, モデル線区に含まれる酒匂川橋梁と相模川橋梁は, 1月に着工していた, ただし, すでに買収済みではあったものの, 用地は耕作等の目的で民間人が借用していたため, 用地課の職員は離作補償を含む用地返還交渉から始めなければならず, 新規買収と変わらぬほどの時間がかかった, によれば, 適用の事業認定申請を行っている, 全線立体交差とするためには地方道については地元との設計協議が必要だったが, これもまた時間と出費を要するものであった, 土地収用法, 大和市, モデル線には, の区間37kmが選ばれた, 相模川の西, 間は敗戦前の, 計画の段階ですでにほぼ買収済み, であり, 国立にある研究所からも比較的近く, また長い橋梁や大小のトンネル, もあって, 走行試験に好都合であった, 4月に, 東幹工, が設置された, 担当区間にモデル線を受け持つ東京幹線工事局はその建設に向けて準備を急いだ, 東京幹線工事局, 中村川, トンネル内列車電話用アンテナ, 現供用, 用田鉄道無線基地, 現在は中継所, モデル線高架橋として造られたことが分かる, 1961, の銘板, 国鉄は新幹線を建設する上で最初から最後まで資金調達に苦しんだが, 資金調達の一環として, から8000万ドルの借款を受けることに成功し, 昭和36年, 5月に正式調印の運びとなった, これで新幹線は世界銀行にも認められた日本の国家的プロジェクトとなり, たとえ政権担当者が変わっても中止の憂き目を見る心配はなくなった, しかし, 計画通りに新幹線建設をやり遂げる責任は一層重くなった, 1961年, 世界銀行, こうして新幹線計画は, 国鉄総裁と, 技師長のもとで実現に向かって動き出した, 4月には, 東側坑口, 来宮口, で全線の起工式が行われた, 上を時速200m, h以上のスピードで営業運転する新路線の工事を5年後の, 3月に完了させ, 開催までに開業を実現するために, 全線開通を待たずに試作車両や新設備の実地試験を行える場, 高速鉄道を走らせる基礎研究は, 原理的には解決済み, であったが, それを実用化するまでにはまだまだテストして解決しなければならない課題が山積していた, 東京オリンピック, 来宮駅, 度予算で30億円の東海道幹線増設費が認められ, 運輸省の工事認可, 大阪間線路増設工事運輸大臣認可, も下りた, この講演会には賛否両論が巻き起こったものの, これを契機として国鉄内部でも世論でもこの広軌別線案が力を得るようになる, 7月には国鉄本社に新幹線調査室がおかれ, 東海道線の増強について具体的な調査がはじまった, 室長は後に新幹線総局局長となる, 運輸大臣の諮問機関, 日本国有鉄道幹線調査会が設けられ, 幹線調査会は, を5カ年で建設すべきと答申した, 5月30日に銀座山葉ホールで, と題して一般の人にも公開して行われた, これは, 所長の発案で, それまでばらばらに行われていた基礎研究が, 鉄道輸送の高速度化研究, としてまとめられ, それまでの基礎研究をまとめれば広軌, 新線ならば時速250kmの速度で東京, 大阪間を3時間で結ぶことが技術的に可能であるとして報告された, 超特急列車, 新幹線建設の中心人物となる十河信二が, 5月に総裁に就任した, 昭和30年代になって貨客輸送量の増大に伴い, の増強が必要なことは明らかであったが, その方式については十河の推す, 別線論だけでなく, 増設論, 狭軌別線論, モノレール論など国鉄上層部の中でも意見が分かれていた, の終戦までに, 計画により, 大阪間のルートの何割かはすでに用地買収が済んでいた, のちにモデル線区となる早川, 相模川間も既買収地区間の一つである, 第二次世界大戦, 詳細は, も参照, 新幹線の歴史, 秩父宮妃, グレン中佐, エカフェ, ecafe, アジア極東経済委員会, 代表団, ライシャワー大使, 試乗者例, 鴨宮基地には仮ホームが設けられ, ここから延べ約10万人, ないし15万人, もの人が, に試乗した, 内外の要人をはじめ報道関係者, 試乗切符を持った一般人までという幅広い試乗者の受け入れは, 反対意見も多かった新幹線計画への理解を得る上で大きな役割を果たした, 鴨宮基地には, 新幹線の乗員および保守要員を育成する役割があった, 小田原分所がおかれ, 全国から選ばれてきた精鋭に在来線とは異なる乗務実習と知識講習をおこなった, 分所長は管理区長の田中隆造が兼務した, 中央鉄道学園, という点が異なるだけで, これらを別にすれば200km, hの常時運転とほとんど変わらぬ状況下での記録である, 最高スピードをマークした試作車両の前部側面左右には, record, 高速度記録, 256km, 1963, と刻んだ逆三角形の金属プレートが取り付けられた, 量産車にはない, を使った, 弱め界磁装置, 架線電圧をあげて加速距離短縮などをはかった, 軌道整備限度を, 通り狂い2mm, 高低狂い4mm, と厳しく設定した, h走行時はそれぞれ3mm, 7mm, の直流電気機関車が打ち立てた331km, hの場合は, 高速達成のために駆動装置や客車の改造を施すなど, かなり特殊な状況下で出た記録であるが, モデル線における256km, hというのは, フランス国鉄, 試運転開始式が行われた1962年, 6月26日の最高速度は70km, hである, テストを続け, 安全を確かめながら5, 20km, h刻みで段階を追って速度を上げていき, 9月には, 約10km区間で可能な最高速度と見積もられていた160km, モデル線が約30km開通後の1962年, 10月31日午前7時57分30秒には, 3月30日午前9時46分32秒には256km, hをマークした, 3月19, 30日, 第3次速度向上試験, h以上の速度を目標に速度向上, あわせて高速総合性能試験, 12月20, 23日, 第1次高速総合性能試験, 10月21, 31日, その三, 開通区間が約30kmとなり, hの速度を目標に速度向上, 9月8, その一, その二, 開通区間が約10kmのため, h程度の速度を目標に速度向上, 6月下旬, 第1次速度向上試験, 安全走行のための軌道に関する基礎試験で, 車両振動, 輪重変化, 車輪運動, に絞って測定がおこなわれる, 開通区間が約10km, 速度は70km, h程度, 速度試験には大別して, 速度向上試験と速度総合試験があった, 速度向上試験で速度を主眼とした試験をして, 引き続いての速度総合試験では今後に必要な各種のデータを取っていくのである, モデル線区の開通距離に応じて3段階に分けての試験が計画された, 12月7日, すれ違い, ブレーキ, 車輪摩耗, 12月19日, atcシステム, 車両性能, 耳ツン現象と車両気密性を検証した弁天山トンネル, 開業後も使われている鴨宮変電所, 田中隆造管理区長のもとで, から来た研究者たちが試作車両や設備のテスト, 速度試験を実施した, 量産型の, 窓まわりの塗色などは試作車b編成の外観に近い, 列車番号表示用の小窓は無くなり, 静電アンテナはスピード感のある形状となった, 正面窓は平面の組み合わせとなった, c編成は, 2月に搬入, 3月からa, b編成とともに試験運転に入った, 4001は, にモデル線に登場, 軌道試験車, 4000形4001号, 921, の量産先行車となる編成, c編成6両, 1011, 1012, 1013, 1014, 1015, 1016, 後の21, 後に中間車を追加しn1編成となり, 延伸後はh1編成に改称, 試作車, b連結6両編成, での試験も行われた, b編成4両, 1003, 1004, 1005, t1編成, 922形電気試験車, a編成2両, 1002, 941形電気試験車, 救援車, 6月よりモデル線でさまざまなテスト走行を繰り返し, の速度向上試験ではb編成がモデル線で256km, hを達成した, 計画当初の付番規則に基づき, の名が与えられた試作車は2編成が作られた, 試験という目的から, 車輛ごとに異なった特色を持ったものとされた, 製造元についても編成内でも分けられ, 車輛メーカー5社の分担となった, 設計は国鉄, 臨時車両設計事務所に技研とメーカー5社が協力する形で進められた, a編成2両とb編成4両, 2種類の編成で, 連結して6両で試験走行する場合もあった, 装備や機器類, 台車は, 数種のものを車両別に取り付け, テスト走行の結果をもとに量産車に用いる形式を決定した, 形状や塗色といったスタイリングについても, a編成とb編成で異なるものとされ, 量産型, は窓部分を青いラインに塗り分けたb編成に近いものとなった, 塗り分けの先端部への接近の度合いなどが微妙に異なる, 試作車の詳細については, さらに工事が進み, 1964年2月15日には熱海以西の区間がモデル線とつながって, 4月21日, 大阪両運転所が開設され, モデル線管理区は役割を終えて解散し, 東京運転所の鴨宮派出所となった, このあと, 新幹線の試験走行は新幹線局運転車両部に移管され, 米原間の210km, h速度向上試験や全線通しての試運転が行われていく, テストと並行して工事が進められ, hから250km, 速度向上試験を終えると, さらに安定走行のための総合試験が繰り返された, から東方向へ約10kmの生沢, 東京基点61km800m, までの区間, この段階では酒匂川橋梁もまだ完成していなかった, 当初は, 4月からこの約10km区間で試運転を開始する計画であった, 工期が遅れて6月になった, モデル線の車両基地としては, モデル線沿線で現在線の駅が近くにある場所が望まれた, 試作車の車体を輸送する関係で, 基地には現在線を引き込む必要があった, その候補として, 小田原側の2箇所, 付近と, 酒匂川の東, 並びに綾瀬側の1箇所, 付近の合計3箇所が検討されたが, 工期と工事費を勘案して小田原側の鴨宮が選ばれた, 倉見駅, 小田原駅, こうした経緯から, トラベルmook, 東海道新幹線1964, 夢の超特急誕生前夜, 交通新聞社, モデル線前後区間の軌道が整備されるたびに少しずつ走行距離も伸ばしていった, とあるように, 一貫して固定されていた小田原側の端点とは異なり, 綾瀬側の端点は固定されていなかったとされている, 綾瀬側起点を, 東方とするものもあり, 当時の関係者の自費出版による回顧録では, 高座渋谷駅まで電車通勤し, そこから軌道へ下りた, との証言もある, 高座渋谷駅, 小田急江ノ島線, には42k600mに綾瀬仮ホームの記載があり, これは大和市福田の, との間になり, 切土区間から平地区間への移行帯に位置している, 引地川橋梁, 三軒庭架道橋, しかしながら, 鴨宮モデル線を顧みる, などに掲載された綾瀬側起点の写真は綾瀬町と藤沢市の境界にある, 43k636m, 直下であり, 綾瀬側に折り返し転線用の渡り線も写っている, 現存せず, 43k480m, 藤沢市長後, の上り線側には作業用の八軒町昇降階段があり, 切土区間の第3八軒町架道橋下への出入口として使われた, 藤沢市長後はもともとは綾瀬町に属しており, 境界変更で藤沢市に編入された経緯があり, にもモデル線区間について, 藤沢市内, との記述があり, 現在の藤沢市長後界隈を綾瀬と呼んでいた, 第3八軒町架道橋, 43k355mは藤沢市長後に位置するが, この粁呈, キロ程, は全線締結してからのもので, モデル線時代には横浜市通過区間での用地買収が済んでおらず, 想定軌道図面上で算出した距離を採用していたため, 実際の距離より東京駅方に約1, 25km短いものとなり, 結局用地買収が進展せず迂回した屈曲区間が生じたため距離が伸びて現在の粁呈となった, 43k355mをモデル線粁呈に置き換えると, 付近になり, 試乗会の乗り場は正しくこの場所であり, 現在でも作業用としての階段が残されている, 第2深谷橋梁, 計画当初は綾瀬, 小田原間約37kmを想定していた, テスト走行が開始された, 6月時点で走行可能だったのは, 大磯町, 間約10kmほどの区間のみであった, 鴨宮基地の跡地にある, のプレートには, 32km, と記されており, これは綾瀬付近, 東京駅起点より43k355m7, から鴨宮付近, 75k163m65, 約32km, に相当する, 新幹線予定路線のうち, の区間約30km, モデル線での綾瀬側の出入口だった八軒町昇降階段, 新幹線のテスト走行を行っていた, にかけて, の名は日本中で知られていた, その走行実験や試乗会はニュースにもしばしば取り上げられた, しかし1964年の開業から長い年月が過ぎると, のみではだんだん通じにくくなり, から転じて, 今では, あるいは, と表記されることもある, モデル線の起点は綾瀬, 終点は鴨宮だが, 基地はモデル線西端近くで終点側の鴨宮に, が置かれた, モデル線鴨宮基地, 新幹線開業当時に国鉄が刊行した公式記録, この試験用区間の名は, もしくは, と表記されている, 鴨宮約32km, 市町村名は2025年時点のものであり, 当時とは異なっている, 現地には, 車両基地として鴨宮基地が設けられ, 現業機関としておかれたモデル線管理区がこれを管理した, 区長は田中隆造, モデル線における研究実務は, が担当した, このために, 全線開通まで待たなくても試作車両や新設備の実地試験を行える場として, モデル線は全線に先駆けて建設され, にかけての約2年間, 新型車両と設備の試験, 乗員と保線要員の養成, の広報と試乗者受け入れを行った, モデル線がなければ, わずか5年で開業に漕ぎ着けることは難しかったと考えられている, 東海道新幹線の建設では, それまでにない, 高速電車の研究開発から開業までを, までのわずか5年という短期間でやり遂げることが求められていた, 東海道線の増設は喫緊の課題だった, 計画におけるモデル線, モデル線区とは, 東海道新幹線の建設時に, が先行完成させた試験用区間である, 綾瀬町, 付近を結ぶ約30キロメートルの区間で, 全線開通後は東海道新幹線の路線の一部に組み込まれた, がおかれ, がこれを管理した, 開業から60年以上を経た現在では, などとも呼ばれる, 綾瀬市, 高座郡, 本項では, について記述する, におけるモデル線とその付属施設, モデルせんく, 鉄道などにおいて, 先進技術などの実験や広報などの場などといった, モデル, として設定された路線およびその区間を指す語である, フリー百科事典, ウィキペディア, ウィキデータ項目, 他のプロジェクト, 印刷用バージョン, pdf, 形式でダウンロード, ブックの新規作成, 書き出し, レガシーパーサーに切り替え, 短縮urlを取得する, このページを引用, ページ情報, この版への固定リンク, ファイルをアップロード, 関連ページの更新状況, リンク元, 日本語, ノート, ページ, リンクを編集, 参考文献サブセクションを切り替えます, 脚注サブセクションを切り替えます, 沿革サブセクションを切り替えます, モデル線の役割サブセクションを切り替えます, 概要サブセクションを切り替えます, ページ先頭, 個人用ツール, ウィキペディアに関するお問い合わせ, バグの報告, お知らせ, 井戸端, 利用案内, 特別ページ, アップロード, 練習用ページ, おまかせ表示, 最近の更新, 新しいページ, 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新幹線開業当時に国鉄が刊行した公式記録 東海道新幹線工事誌 では この試験用区間の名は モデル線 もしくは モデル線区 と表記されている モデル線の起点は綾瀬 終点は鴨宮だが 基地はモデル線西端近くで終点側の鴨宮に モデル線鴨宮基地 モデルせん かものみやきち が置かれた 3 新幹線のテスト走行を行っていた 1962年 昭和37年 から 1964年 昭和39年 にかけて モデル線 の名は日本中で知られていた その走行実験や試乗会はニュースにもしばしば取り上げられた しかし1964年の開業から長い年月が過ぎると モデル線 のみではだんだん通じにくくなり 鴨宮のモデル線 から転じて 今では 鴨宮モデル線 あるいは 鴨宮モデル線区 と表記されることもある 注 1 区間 編集 モデル線での綾瀬側の出入口だった八軒町昇降階段 新幹線予定路線のうち 神奈川県綾瀬付近 相模川 の東 小田原付近 酒匂川 の西 の区間約30km 計画当初は綾瀬 小田原間約37kmを想定していた 4 が テスト走行が開始された 1962年 昭和37年 6月時点で走行可能だったのは 鴨宮 生沢 大磯町 間約10kmほどの区間のみであった 鴨宮基地の跡地にある 記念碑 新幹線発祥之地 のプレートには 32km と記されており これは綾瀬付近 東京駅起点より43k355m7 から鴨宮付近 75k163m65 約32km 5 に相当する 43k355mは藤沢市長後に位置するが この粁呈 キロ程 は全線締結してからのもので モデル線時代には横浜市通過区間での用地買収が済んでおらず 想定軌道図面上で算出した距離を採用していたため 実際の距離より東京駅方に約1 25km短いものとなり 結局用地買収が進展せず迂回した屈曲区間が生じたため距離が伸びて現在の粁呈となった 43k355mをモデル線粁呈に置き換えると 第2深谷橋梁 付近になり 試乗会の乗り場は正しくこの場所であり 現在でも作業用としての階段が残されている 6 しかしながら レイル 64 東海道新幹線 鴨宮モデル線を顧みる エリエイ などに掲載された綾瀬側起点の写真は綾瀬町と藤沢市の境界にある 第3八軒町架道橋 43k636m 直下であり 綾瀬側に折り返し転線用の渡り線も写っている 現存せず また 43k480m 藤沢市長後 の上り線側には作業用の八軒町昇降階段があり 切土区間の第3八軒町架道橋下への出入口として使われた なお 藤沢市長後はもともとは綾瀬町に属しており 境界変更で藤沢市に編入された経緯があり 7 東海道新幹線工事誌 にもモデル線区間について 綾瀬 藤沢市内 小田原 との記述があり 現在の藤沢市長後界隈を綾瀬と呼んでいた また 東海道新幹線工事誌 電気編 には42k600mに綾瀬仮ホームの記載があり これは大和市福田の 三軒庭架道橋 と 引地川橋梁 との間になり 切土区間から平地区間への移行帯に位置している 8 さらに 綾瀬側起点を 小田急江ノ島線 高座渋谷駅 東方とするものもあり 9 当時の関係者の自費出版による回顧録では 高座渋谷駅まで電車通勤し そこから軌道へ下りた との証言もある こうした経緯から トラベルmook 東海道新幹線1964 夢の超特急誕生前夜 交通新聞社 に モデル線前後区間の軌道が整備されるたびに少しずつ走行距離も伸ばしていった とあるように 一貫して固定されていた小田原側の端点とは異なり 綾瀬側の端点は固定されていなかったとされている モデル線の車両基地としては モデル線沿線で現在線の駅が近くにある場所が望まれた 試作車の車体を輸送する関係で 基地には現在線を引き込む必要があった その候補として 小田原側の2箇所 小田原駅 酒匂川の西 付近と 鴨宮駅 酒匂川の東 付近 並びに綾瀬側の1箇所 倉見駅 相模川の東 付近の合計3箇所が検討されたが 工期と工事費を勘案して小田原側の鴨宮が選ばれた 3 テスト期間 編集 1962年 昭和37年 6月 鴨宮基地 東京基点71km820m から東方向へ約10kmの生沢 東京基点61km800m までの区間 下り線 注 2 が完成したところで モデル線全区間の完成を待たずに走行試験が開始された この段階では酒匂川橋梁もまだ完成していなかった 10 当初は 1962年 昭和37年 4月からこの約10km区間で試運転を開始する計画であった 11 が 工期が遅れて6月になった その後 テストと並行して工事が進められ 1962年 昭和37年 10月に全区間約30kmが完成したあとは 200km hから250km hを目指して速度向上試験が進められていった 速度向上試験を終えると さらに安定走行のための総合試験が繰り返された さらに工事が進み 1964年2月15日には熱海以西の区間がモデル線とつながって 綾瀬 三島間77kmが開通 12 した 4月21日 東京 大阪両運転所が開設され モデル線管理区は役割を終えて解散し 東京運転所の鴨宮派出所となった 13 このあと 新幹線の試験走行は新幹線局運転車両部に移管され 大阪 米原間の210km h速度向上試験や全線通しての試運転が行われていく 試験車 編集 試作車の詳細については 新幹線1000形電車 を参照 計画当初の付番規則に基づき 1000形 の名が与えられた試作車は2編成が作られた 試験という目的から 車輛ごとに異なった特色を持ったものとされた 製造元についても編成内でも分けられ 車輛メーカー5社の分担となった 設計は国鉄 臨時車両設計事務所に技研とメーカー5社が協力する形で進められた 14 15 a編成2両とb編成4両 2種類の編成で 連結して6両で試験走行する場合もあった 装備や機器類 台車は 数種のものを車両別に取り付け テスト走行の結果をもとに量産車に用いる形式を決定した 形状や塗色といったスタイリングについても a編成とb編成で異なるものとされ 量産型 0系 は窓部分を青いラインに塗り分けたb編成に近いものとなった 塗り分けの先端部への接近の度合いなどが微妙に異なる 1962年 昭和37年 6月よりモデル線でさまざまなテスト走行を繰り返し 1963年 昭和38年 3月30日 の速度向上試験ではb編成がモデル線で256km hを達成した 16 試作車 新幹線1000形電車 a編成2両 1001 1002 後の 941形電気試験車 救援車 b編成4両 1003 1004 1005 1006 後の 922形電気試験車 t1編成 a b連結6両編成 1001 1006 での試験も行われた 後に 0系 の量産先行車となる編成 c編成6両 1011 1012 1013 1014 1015 1016 後の21 1 26 1 35 2 16 1 25 2 22 1 後に中間車を追加しn1編成となり 岡山 延伸後はh1編成に改称 軌道試験車 4000形4001号 後の 921 1 c編成は 1964年 昭和39年 2月に搬入 3月からa b編成とともに試験運転に入った 17 18 4001は 1962年 にモデル線に登場 量産型の 新幹線0系電車 窓まわりの塗色などは試作車b編成の外観に近い 列車番号表示用の小窓は無くなり 静電アンテナはスピード感のある形状となった 正面窓は平面の組み合わせとなった モデル線の役割 編集 試験 編集 鴨宮基地は 田中隆造管理区長のもとで 鉄道技術研究所 から来た研究者たちが試作車両や設備のテスト 速度試験を実施した 各種試験 編集 開業後も使われている鴨宮変電所 耳ツン現象と車両気密性を検証した弁天山トンネル 車両性能 atcシステム 12月19日 車輪摩耗 台車 ブレーキ 風圧 すれ違い 列車無線 12月7日 架線 集電 性能 軌道 信号 速度試験 編集 速度試験には大別して 速度向上試験と速度総合試験があった 速度向上試験で速度を主眼とした試験をして 引き続いての速度総合試験では今後に必要な各種のデータを取っていくのである 19 モデル線区の開通距離に応じて3段階に分けての試験が計画された 1962年 昭和37年 6月下旬 第1次速度向上試験 安全走行のための軌道に関する基礎試験で 車両振動 輪重変化 横圧 車輪運動 に絞って測定がおこなわれる 開通区間が約10km 速度は70km h程度 1962年 昭和37年 7月 9月8 13 14日 第2次速度向上試験 その一 その二 開通区間が約10kmのため 160km h程度の速度を目標に速度向上 1962年 昭和37年 10月21 31日 第2次速度向上試験 その三 開通区間が約30kmとなり 200km hの速度を目標に速度向上 20 1962年 昭和37年 12月20 23日 第1次高速総合性能試験 1963年 昭和38年 3月19 30日 第3次速度向上試験 200km h以上の速度を目標に速度向上 あわせて高速総合性能試験 試運転開始式が行われた1962年 昭和37年 6月26日の最高速度は70km hである その後 テストを続け 安全を確かめながら5 20km h刻みで段階を追って速度を上げていき 9月には 約10km区間で可能な最高速度と見積もられていた160km hに到達 モデル線が約30km開通後の1962年 昭和37年 10月31日午前7時57分30秒には 東京基点62km第一生沢トンネル付近で200km hに到達 21 1963年 昭和38年 3月30日午前9時46分32秒には256km hをマークした 22 23 フランス国鉄 の直流電気機関車が打ち立てた331km hの場合は 高速達成のために駆動装置や客車の改造を施すなど かなり特殊な状況下で出た記録であるが モデル線における256km hというのは 軌道整備限度を 通り狂い2mm 10m以内 高低狂い4mm 10m以内 と厳しく設定した 200km h走行時はそれぞれ3mm 7mm 架線電圧をあげて加速距離短縮などをはかった 量産車にはない 弱め界磁装置 を使った という点が異なるだけで これらを別にすれば200km hの常時運転とほとんど変わらぬ状況下での記録である 24 最高スピードをマークした試作車両の前部側面左右には record 高速度記録 256km h 1963 3 30 と刻んだ逆三角形の金属プレートが取り付けられた 25 乗務員 保守要員の養成 編集 鴨宮基地には 新幹線の乗員および保守要員を育成する役割があった 中央鉄道学園 小田原分所がおかれ 全国から選ばれてきた精鋭に在来線とは異なる乗務実習と知識講習をおこなった 分所長は管理区長の田中隆造が兼務した 26 試乗者の受け入れ 編集 鴨宮基地には仮ホームが設けられ ここから延べ約10万人 4 27 ないし15万人 28 もの人が 夢の超特急 に試乗した 内外の要人をはじめ報道関係者 試乗切符を持った一般人までという幅広い試乗者の受け入れは 反対意見も多かった新幹線計画への理解を得る上で大きな役割を果たした 試乗者例 ライシャワー大使 29 エカフェ ecafe 国連 アジア極東経済委員会 代表団 30 31 グレン中佐 32 秩父宮妃 33 沿革 編集 新幹線 新幹線の歴史 も参照 終戦まで 編集 詳細は 弾丸列車 を参照 第二次世界大戦 の終戦までに 弾丸列車 計画により 東京 大阪間のルートの何割かはすでに用地買収が済んでいた のちにモデル線区となる早川 相模川間も既買収地区間の一つである 新幹線建設決定まで 編集 新幹線建設の中心人物となる十河信二が 1955年 昭和30年 5月に総裁に就任した 昭和30年代になって貨客輸送量の増大に伴い 東海道線 の増強が必要なことは明らかであったが その方式については十河の推す 広軌 別線論だけでなく 狭軌 増設論 狭軌別線論 モノレール論など国鉄上層部の中でも意見が分かれていた 1957年 昭和32年 5月30日に銀座山葉ホールで 鉄道技術研究所 創立50周年記念講演会 注 3 が 超特急列車 東京 大阪間3時間への可能性 と題して一般の人にも公開して行われた これは 篠原武司 所長の発案で それまでばらばらに行われていた基礎研究が 鉄道輸送の高速度化研究 としてまとめられ それまでの基礎研究をまとめれば広軌 標準軌 新線ならば時速250kmの速度で東京 大阪間を3時間で結ぶことが技術的に可能であるとして報告された 34 この講演会には賛否両論が巻き起こったものの これを契機として国鉄内部でも世論でもこの広軌別線案が力を得るようになる 1957年 昭和32年 7月には国鉄本社に新幹線調査室がおかれ 東海道線の増強について具体的な調査がはじまった 室長は後に新幹線総局局長となる 大石重成 1957年 昭和32年 8月 運輸大臣の諮問機関 日本国有鉄道幹線調査会が設けられ 35 1958年 昭和33年 7月 幹線調査会は 広軌別線 を5カ年で建設すべきと答申した 36 37 1959年 昭和34年 度予算で30億円の東海道幹線増設費が認められ 38 運輸省の工事認可 東京 大阪間線路増設工事運輸大臣認可 も下りた 39 40 41 新幹線計画におけるモデル線 編集 こうして新幹線計画は 十河信二 国鉄総裁と 島秀雄 技師長のもとで実現に向かって動き出した 1959年 昭和34年 4月には 新丹那トンネル 東側坑口 来宮口 来宮駅 側 で全線の起工式が行われた 標準軌 上を時速200m h以上のスピードで営業運転する新路線の工事を5年後の 1964年 昭和39年 3月に完了させ 東京オリンピック 開催までに開業を実現するために 全線開通を待たずに試作車両や新設備の実地試験を行える場 モデル線 が計画された 高速鉄道を走らせる基礎研究は 原理的には解決済み 42 であったが それを実用化するまでにはまだまだテストして解決しなければならない課題が山積していた 国鉄は新幹線を建設する上で最初から最後まで資金調達に苦しんだが 資金調達の一環として 世界銀行 から8000万ドルの借款を受けることに成功し 1961年 昭和36年 5月に正式調印の運びとなった 43 これで新幹線は世界銀行にも認められた日本の国家的プロジェクトとなり たとえ政権担当者が変わっても中止の憂き目を見る心配はなくなった 44 しかし 計画通りに新幹線建設をやり遂げる責任は一層重くなった 先行建設 編集 モデル線高架橋として造られたことが分かる 1961 12 の銘板 用田鉄道無線基地 現在は中継所 トンネル内列車電話用アンテナ 現供用 風速計 中村川 橋梁 モデル線には 神奈川県綾瀬付近 相模川 の東 小田原付近 酒匂川 の西 の区間37kmが選ばれた 小田原 平塚 相模川の西 間は敗戦前の 弾丸列車 計画の段階ですでにほぼ買収済み 45 であり 国立にある研究所からも比較的近く また長い橋梁や大小のトンネル 注 4 もあって 走行試験に好都合であった 4 46 1959年 昭和34年 4月に 東京幹線工事局 東幹工 が設置された 担当区間にモデル線を受け持つ東京幹線工事局はその建設に向けて準備を急いだ 37 ただし すでに買収済みではあったものの 用地は耕作等の目的で民間人が借用していたため 用地課の職員は離作補償を含む用地返還交渉から始めなければならず 新規買収と変わらぬほどの時間がかかった 47 角本良平 によれば 神奈川県 大和市 小田原市 間は 土地収用法 適用の事業認定申請を行っている 48 また 全線立体交差とするためには地方道については地元との設計協議が必要だったが これもまた時間と出費を要するものであった 国鉄の東京幹線工事局は 1960年 昭和35年 4月ようやく 東京大阪全区間の工事に先駆けてこの区間の建設に着工した モデル線区に含まれる酒匂川橋梁と相模川橋梁は 1960年 昭和35年 1月に着工していた 49 国鉄は 鴨宮駅 の西で酒匂川の手前 現在線 現在で言う在来線 にモデル線が接する地点で 両線に挟まれた細長い三角形の土地に車庫かつ総合試験基地として 鴨宮基地 を建設し 1962年 昭和37年 4月からは新幹線総局の現業機関 モデル線管理区 を置いて 車体の組み立て 艤装 試作車と諸設備の試験 検査 整備 乗員と保線要員の養成を行った また鴨宮基地には試乗者のための仮ホームが設けられた 4 基地の建物は予算節約のためごく質素であったが モデル線自体は営業運転が開始されたときにはその一部に組み込まれることに決まっていたので 完全なものが作られた 関連施設 編集 モデル線の沿線には 平塚 大神 大磯 生沢 鴨宮の3つの 変電所 が設置され 大磯は東日本の50 サイクル を西日本の60サイクルの電力系統に置換するための 周波数 変換変電所の役割を持ち 開業後は 饋電 区分所となり 周波数変換変電所は 大井 綱島 西相模 沼津 の4カ所に設置 平塚と鴨宮には 新幹線運行管理システム を設置する 信号機械室 を併設 変電所内には 地震 発生時に 電力供給 を遮断して 緊急停止 させるための 地震計 正式名は警報感震器 を設置 開業を控えた1964年6月16日に 新潟地震 が発生したことをうけ 急遽対震列車防護装置の設置が決定 事前構想としては12の保線所に簡易警報地震計を置き 地震発生後に係員が確認して電話で総合指令所へ報告し運転取扱いを検討する計画だった 本線各所が最終調整に追われていたことから 準備が整い開業を待つだけの状態であったモデル線で試験導入され 人為的に作動させて運転停止動作を確認し 有効性が証明されたことから全線配備となった 50 なお 当時の機械 smac型 は落下球式と倒立振り子式の 位置エネルギー 運動 力学 を用いた単純なもので 地震が発生してから作動するものであったため 後の地震動早期検知警報システム ユレダス 開発の必要性が既に議論されることになった 51 また 藤沢市用田の線路脇と小田原の弁天山トンネル上の山にatcや 列車無線 用の通信基地を設置した 両基地局は開業後に中継所となった また弁天山トンネルではトンネル内でも 列車電話 公衆電話 の通話を可能にするため両坑口脇に中継機アンテナを設置した 実際に車内に公衆電話が設置されたのは1966年 52 時速200キロを超える高速運転の新幹線では 横風安定性 の確保が重要で 模型 による 風洞実験 から 風速 20メートル以上は警戒が必要になることが判明し モデル線区間では 丹沢山地 からの 丹沢颪 大山 颪 が軌道建設中から懸念されていたこともあり 沿線に 風速計 を設置して運転指令所へ伝送するシステムを構築 その有効性が確認されたため本線開業時に全線で採用された 50 土木構造物 編集 モデル線区間の軌道では高架橋 盛土 切り取り 開削 の各構造体が混在し それぞれの特性について観察された 高架橋橋脚では標準仕様となる60センチ四方の角柱以外に 厚さ30センチの板状橋脚 上掲の銘板高架橋写真参照 も採用され 振動 衝撃 試験により 関東大震災 級の地震でも耐えうることを確認し 本線への導入が決定した 53 また 高架橋区間での走行試験では バラスト を敷かず スラブ軌道 として振動 騒音や軌道そのものへの負荷 雨水排水などを確認した 開業前に全てバラストを充填した 54 盛土および切土区間の 法面 の内 切土面は コンクリート 擁壁 で統一することが早々に決まったが 盛土面では 三和土 のような 合成 土壌 を 締固め用機械 整地ローラー 等 による転圧のみでの露天放置や モルタル 塗装 さらに 芝 や クローバー など10種類の 植生 養生 も試みられ その 栽培 方法も 播種 と 育苗 を地植え 直植え や 植生マット を用いてみるなどの試行錯誤が繰り返された 55 試験走行 編集 モデル線のテストを統括するモデル線管理区 管理区長は田中隆造 は 1962年 昭和37年 4月20日に開区式が行われ 1962年 昭和37年 6月 鴨宮基地から東方向へ約10kmの生沢までの区間 下り線 が完成したところで モデル線全区間の完成を待たずに走行試験が開始された 6月26日には十河総裁を迎えて試験運転開始式が行われた 56 その後 工事の合間を縫って種々のテストが進められ 1962年 昭和37年 10月に全区間約30kmが完成したあとは 200km hを越え 20 最終的には250km hを目指して速度向上試験が進められていった 1963年 昭和38年 3月30日午前9時46分32秒には速度向上試験で256km hを記録 この速度を達成するには 高速走行時に起きる車両の 蛇行動 だこうどう を克服する台車や超高速に耐える パンタグラフ など 幾多の技術改良が必要であった 新幹線研究の主体となったのは 鉄道技術研究所 である 新幹線に導入された技術はすべて 充分に実証された技術の範囲 57 ウェル プルーブド テクニーク 58 ではあったが それらを結集しても 200km hを超える列車速度で安定的に走行するまでには いくつもの課題を乗り越えなければいけなかった モデル線で見つかった問題点はすぐさまフィードバックされ 改良された装置でまたテストが行われる その繰り返しであった モデル線のテストとデータをもとに各設備や営業用量産形電車の仕様も決まっていった 事故と教訓 編集 1964年 昭和39年 2月26日 モデル線への侵入者による自殺 が発生した モデル線では 轢死 を想定した試験として 軌道上に約60kgの ジャガイモ を置き風圧で飛ばされないようテープで固定した上で車両を走行させ 潰れたジャガイモの飛散状況を確認しており その結果を活かして 排障器 の改良を重ねてきたが 事故をうけて金属板の排障器にゴム製の補助排障器を取り付けることが決まった また 軌道への立入禁止措置としての フェンス の上部にさらに 有刺鉄線 を加設することも決まった 59 未収情報 編集 モデル線は比較的温暖な 湘南 に設けられたことから 唯一 雪 に対する試験だけは行うことができなかった そのため開業初年の冬にいきなり 豪雪地帯 の 関ケ原 で運行に支障をきたすこととなり 雪対策 としての 融雪装置 ポンプ場 パイプライン スプリンクラー 等 を急遽増設しなければならなくなった 60 発展的解消 編集 鴨宮保線基地 1964年 昭和39年 2月15日 モデル線は西からの上り線と第一熱海トンネル内でつながって 綾瀬 三島間77kmが開通した これをもってモデル線はその役割を終えて 当初からの計画通り 東海道新幹線 東京 新大阪間の営業路線区間に組み込まれ モデル線管理区は同年4月下旬に廃され その後綾瀬側の渡り線は撤去された 走行試験は新幹線局運転車両部が引き継いだ 61 小田原側の鴨宮基地は 渡り線こそ撤去されたものの 新幹線の鴨宮保線基地として現在も使用されている 12 4 62 記念碑 編集 鴨宮基地は 新幹線試作車両が初めて組み立てられ軌道を走り始めた地である また 新幹線の車両や設備の実地テスト 要員養成もこの鴨宮が出発点となった 1974年 昭和49年 8月 国鉄は新幹線開業10周年を記念して 日本国有鉄道新幹線総局長 原田種達の名で 鴨宮基地の跡地の新幹線線路際にモデル線鴨宮基地の記念碑 新幹線発祥之地 を建立している 63 それは平面御影石に日本列島のレリーフと鴨宮の位置を刻んだシンプルなモニュメントで 横壁には 新幹線発祥之地 というプレートがはめ込まれている 64 65 鴨宮駅 から下り側約700m 北緯35度16分24 5秒 東経139度10分20 5秒 北緯35 273472度 東経139 172361度 35 273472 139 172361 付近 2009年には 地元市民有志により 鴨宮駅 南口側に 新幹線の発祥地 鴨宮の記念碑 が建立され 4月19日に除幕式が行われた 66 モデル線の年表 編集 終戦まで 弾丸列車計画で 相模川 早川 を含む東京大阪間のルート用地が順次買収された 67 1955年 昭和30年 5月 十河信二が国鉄総裁に就任 1956年 昭和31年 5月10日 国鉄本社で東海道線増強調査会が設置される 委員長は島秀雄 37 1957年 昭和32年 5月25日 鉄道技術研究所 創立50周年記念講演会 東京 大阪間3時間への可能性 1957年 昭和32年 7月 国鉄から運輸省に申請書を提出 時の運輸大臣 中村三之丞 はこれを積極的に支持 68 1957年 昭和32年 7月 国鉄内に幹線調査室を設置 69 1957年 昭和32年 8月 運輸大臣諮問機関 日本国有鉄道幹線調査会が設置される 37 1958年 昭和33年 7月7日 幹線調査会が 広軌別線 を5カ年で建設すべきと答申 1959年 昭和34年 3月31日 30億円の東海道幹線増設費が国会で認められる 37 1959年 昭和34年 4月13日 東京 大阪間線路増設工事運輸大臣認可が下りる 37 1959年 昭和34年 4月18日 幹線調査室を廃して新幹線局を設置し 幹線調査事務所を廃して東京幹線工事局を設置 37 1959年 昭和34年 4月20日 新丹那トンネル 東口で全線の起工式 37 1959年 昭和34年 12月 静岡 名古屋 大阪の幹線工事局が発足 37 1960年 昭和35年 1月 酒匂川橋梁と相模川橋梁が着工 1960年 昭和35年 4月11日 新幹線総局 が誕生 総局長は 大石重成 1962年 昭和37年 3月 モデル線で軌道 電気の起工式 37 1962年 昭和37年 4月20日 モデル線管理区の開区式 1962年 昭和37年 5月 鴨宮から東約10kmまでの区間が完成 1962年 昭和37年 6月 鴨宮基地 東京基点71km820m から東方向へ約10kmの軌道 下り線 が完成し 走行試験が始められる 1962年 昭和37年 6月26日 第一次速度向上試験で70km h 1962年 昭和37年 7月15日 16日 第二次速度向上試験 その1 で110km h 70 1962年 昭和37年 9月8日 13日 14日 第二次速度向上試験 その2 で160km h 70 1962年 昭和37年 10月10日 モデル線全区間が完成 71 1962年 昭和37年 10月31日 第二次速度向上試験 その3 東京基点62km第一生沢トンネル付近で200km h 71 1963年 昭和38年 3月19日 243km h 24 1963年 昭和38年 3月30日 速度向上試験最終日に256km h 24 1964年 昭和39年 2月15日 モデル線が西の熱海方面からの上り線とつながって 綾瀬 三島間77kmが開通 1964年 昭和39年 4月1日 東海道新幹線支社発足に伴い モデル線管理区が支社所属の現業機関となる 72 1964年 昭和39年 4月20日 モデル線管理区が廃止されて東京運転支所に吸収される 73 72 1964年 昭和39年 4月28日 鳥飼 米原間試運転開始 74 1964年 昭和39年 6月17日 鳥飼 米原間で200km hの速度試験成功 72 1964年 昭和39年 6月20日 a編成が救援車に改造のため浜松工場に入る 72 1964年 昭和39年 6月22日 b編成が電気試験車に改造のため浜松工場に入る 72 1964年 昭和39年 7月1日 川崎市で最後のレールが結合され 東京 大阪間515kmが全通 37 75 1964年 昭和39年 7月25日 全線試運転が開始 37 1964年 昭和39年 10月1日 正式名 東海道線 新幹線 が営業開始 脚注 編集 脚注の使い方 注釈 編集 海老原浩一は 新幹線 夢の超特急 の20年 1984年 では 鴨宮のモデル線 と表記し 須田寛は 写真 時刻表で見る新幹線の昨日 今日 明日 東海道新幹線 2000年 で 鴨宮モデル線 と表記している 須田 東海道新幹線 42ページ掲載の朝日新聞記事 昭和37年6月24日付 では 鴨宮 大礒間12キロ となっている 現 鉄道総合技術研究所 新幹線メモ 200によれば 相模川橋梁が661m 酒匂川橋梁が387m 弁天山トンネルが1335mであった 出典 編集 証言記録 国鉄新幹線 64ページ 超高速に挑む 261ページ 1 2 新幹線メモ 201ページ 1 2 3 4 5 新幹線メモ 199ページ 東海道新幹線工事誌 土木編 国鉄本社編 184ページ 証言 日本国有鉄道04 東海道新幹線 1962 1987 イカロス出版 総理府告示第445号 東海道新幹線工事誌 電気編 日本国有鉄道東海道新幹線支社編 384ページ 鉄道ピクトリアル アーカイブセレクション28 東海道新幹線1950 1960 鉄道図書刊行会 54ページ レイル no 64 8ページにb編成と工事途上の酒匂川橋梁の写真がある 7月16日久保敏の撮影による 新幹線メモ 200ページ 1 2 碇 超高速に挑む 306ページ vii新幹線の全線試運転と開業 2 モデル線管理区の解散と線路の延長 鉄道の日本 東海道新幹線開通記念出版 168ページ 新幹線メモ 運転 車両 180 189ページ 図説 新幹線全史 鴨宮モデル線と試作車両 40ページ 写真資料 開業40年 新幹線のすべて 116 119ページ 新幹線メモ 232ページ 鉄道ファン 2008年11月号 20ページ 新幹線メモ 208 212ページ 1 2 1962年ニュースハイライト 1962年 昭和37年 新幹線メモ 218ページ 新幹線メモ 225ページ 新記録 二百五十六キロ 夢の超特急 最後のテスト 朝日新聞 1963年3月30日東京夕刊 縮刷版dbにて閲覧 1 2 3 新幹線メモ 225 231ページ 鉄道ファン 2008年11月号 14 15 18ページ に写真がある 柳井 証言記録 国鉄新幹線 64ページ 超高速に挑む 306ページ 名古屋幹線工事局 東海道新幹線工事誌 10ページ 新幹線十年史 15ページ ライシャワー大使らが試乗 夢の超特急 朝日新聞1963年1月23日報道 縮刷版db ステキ 信じられない エカフェ代表団 夢の超特急 に試乗 朝日新聞1963年4月15日報道 縮刷版db 8 1 エカフェ主催の新幹線研究週間 新幹線メモ 251 258ページ 夢の超特急に試乗 施設の子ら 米衛星船飛行士グレン中佐来日 朝日新聞1963年5月21日報道 縮刷版db 秩父宮妃ら 夢の超特急にご試乗 朝日新聞1963年6月7日報道 縮刷版db 篠原武司 新幹線発案者の独り言 84 97ページ 日本国有鉄道幹線調査会設置について 昭和32年8月30日 閣議決定 収載資料 東海道新幹線工事誌 土木編 https ndlsearch ndl go jp rnavi db cabinet s30_33 bib01284 角本良平 東海道新幹線 6 13ページ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 東海道新幹線工事誌 第31回国会 参議院予算委員会第三分科会 第4号 昭和34年3月26日 国会会議録検索システム 国立国会図書館 1959年3月26日 2020年1月31日閲覧 碇 超高速に挑む 171ページ 新幹線メモ 17ページ 柳井 証言記録 国鉄新幹線 21ページ 篠原武司 新幹線発案者の独り言 103ページ 角本 東海道新幹線 155 158ページ 碇 超高速に挑む 171 183ページ 角本 東海道新幹線 101ページ 角本 東海道新幹線 194ページ 東海道新幹線工事誌 土木編 国鉄本社編 160 161ページ 角本 東海道新幹線 121ページ 角本 東海道新幹線 132 133ページ 1 2 島村 誠 気象 地震と鉄道防災 成山堂書店 2018年 156頁 isbn 978 4 425 55431 7 地震計と警報システム 鉄道総合技術研究所 リアルタイム地震動モニタリング 地震学会 鉄道ピクトリアル アーカイブセレクション 東海道新幹線1950 60 鉄道図書刊行会 朝日新聞 東海道新幹線pr特集 1964年8月1日 日本国有鉄道 企画 東海道広軌新幹線期成会 編集 財団法人交通協会 新幹線 62 1962年7月10日 大島忠剛 東海道新幹線路盤工 あれから50年 信山社 2012年 239頁 isbn 978 4 88261 984 0 夢の超特急 試運転 ダイナミックに 上々の成績 鴨宮ー大磯 新幹線で 朝日新聞 1962年6月26日東京夕刊 縮刷版dbで閲覧 碇 超高速に挑む 176ページ d51から新幹線 131ページ 東海道新幹線物語り 読売新聞 パブリシティ誌 1964年4月20日 東海道新幹線 想定外の関ヶ原 長年続く雪との闘い 乗りものニュース 2016 2 7 超高速に挑む 308ページ 東京新聞 鴨宮は 新幹線発祥の地 超特急通らぬ駅そば かつてテスト車両基地 2007年5月24日 2009年7月8日閲覧 新幹線きょう10周年記念日 朝日新聞1974年10月1日東京朝刊 縮刷版dbにて閲覧 碑文本文 による 日本の鉄道 12 新幹線 1984年刊 32ページ および 鉄道ファン 2008年11月号 22ページ に写真がある 飛び出す丸鼻 0系の碑 新幹線発祥の...
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