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午前7時の臨時ニュース, bbcが伝えた真珠湾攻撃, 75年前のラジオ放送, overview, nhk, 真珠湾攻撃とは, コモンズには, に関連する, があります, メディア, アメリカ同時多発テロ事件, トンキン湾事件, ルシタニア号事件, メイン号事件, 2撃墜事件, 第二次真珠湾攻撃, 真珠湾攻撃陰謀説, 空母機動部隊によるハワイ攻撃前にサンフランシスコ沖で商船を撃沈, 日本側の撃沈第一号, 伊号第二十六潜水艦, 第二次世界大戦中のアメリカ海軍の喪失艦一覧, ワシントン海軍軍縮条約, アメリカ合衆国の対日宣戦布告, イギリスの対日宣戦布告, 世界初の空母艦載機による敵泊地とその停泊艦艇への空襲が実施された, レッド, トレック作戦, 2026年イスラエルとアメリカ合衆国によるイラン攻撃, 2026年アメリカ合衆国によるベネズエラ攻撃, イランの核施設へのアメリカの攻撃, バグダード国際空港攻撃事件, フォーカス作戦, シノープの海戦, クックスハーフェン空襲, 世界初の空母艦載機による敵基地空襲, トンデルン襲撃, 12月7日午前にマレー作戦に参加中の日本海軍の, 及び陸軍の, が英軍の, 飛行艇と交戦し撃墜, 日本側の戦果第一号及び太平洋戦争における最初の戦闘, 九七式戦闘機, 零式水上偵察機, washington, department, 51673398, oclc, 89875, 565, why, how, fleet, salvage, final, appraisal, homer, rob, daughter, brief, soaring, life, atlantic, 1999, 87113, 688, walter, experience, routledge, 0415940320, memory, paul, institute, 0870210860, raid, praeger, 0837177021, penguin, 0140157345, dawn, slept, untold, robert, scholarly, resources, 0842023719, remembering, eyewitness, accounts, men, women, simon, schuster, 0684804484, 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軍事史学会, 錦正社, 西日本新聞, 2020年10月27日時点の, 通告遅れは意図的か, 対米開戦に新説, 九大教授が米記録発見, 三輪宗弘, 九州大学附属図書館付設記録資料館産業経済資料部門, hdl, handle, net, 2324, 1650887, エネルギー史研究, 対米開戦通告の遅延と外務省の訂正電報, 第九〇三号と第九〇六号の東京発信時刻と日本大使館配達時刻, 1948年1月10日, 535頁, i000011250192, bb06281184, 9784122055148, 対米通告を遅らせたのは誰か, 2011年7月23日, 塩崎弘明, 真珠湾奇襲攻撃と新庄陸軍大佐の葬儀, 長崎純心大学大学院人間文化研究科, 人間文化シリーズ, 外務省外交史料館, 11501, 2872823, doi, 柴山哲也, 真珠湾の真実, 2015年11月13日, 122頁, 森島守人, リスボン, 岩波新書, 1950年, p163, 大野哲弥, 通信の世紀, 新潮選書, 2018年11月22日, 127頁, ルーズベルトとホプキンズ, 村上光彦訳, みすず書房, 1957年, 458, 459頁, 英米の暴政を排し東亜の本然を復す, 東京日日新聞, 1941年12月9日, 昭和16年, 1941年, 12月8日, 来栖両大使, ハル米国務長官と会談, 両大使は日本側最後通牒を手交, 巣鴨で, 口どめ, 朝日新聞す, 1947年12月20日, 平凡社ライブラリー, 671, i000010437904, bc11193017, 9784582766714, 昭和史, 1926, 参謀本部編, 535, 544, 564, 565頁, 第17巻, 84頁, 大貫悦司, 国際法と宣戦布告, 奇襲ハワイ作戦, 歴史群像, 太平洋戦史シリーズ, vol, 96頁, 1994年1月, 9784056003673, 海外便り, ペリーが掲げた理想と星条旗の, 2017年2月24日, 特定非営利活動法人
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編集 第一次攻撃隊 空母 出撃機数 損失機数 戦死者数 赤城 221 零式艦上戦闘機9機 97式艦上攻撃機27機 零式艦上戦闘機1機 2名 注釈 15 加賀 222 零式艦上戦闘機9機 97式艦上攻撃機26機 零式艦上戦闘機2機 97式艦上攻撃機5機 17名 蒼龍 223 零式艦上戦闘機8機 97式艦上攻撃機18機 損失なし なし 飛龍 224 零式艦上戦闘機6機 97式艦上攻撃機18機 損失なし なし 翔鶴 225 零式艦上戦闘機5機 99式艦上爆撃機26機 99式艦上爆撃機1機 2名 瑞鶴 226 零式艦上戦闘機6機 99式艦上爆撃機25機 損失なし なし 計 183機 9機 21名 第二次攻撃隊 空母 出撃機数 損失機数 戦死者数 赤城 227 零式艦上戦闘機9機 99式艦上爆撃機18機 99式艦上爆撃機4機 8名 加賀 228 零式艦上戦闘機9機 99式艦上爆撃機26機 零式艦上戦闘機2機 99式艦上爆撃機6機 14名 蒼龍 229 零式艦上戦闘機9機 99式艦上爆撃機18機 零式艦上戦闘機3機 99式艦上爆撃機2機 7名 飛龍 146 零式艦上戦闘機9機 99式艦上爆撃機18機 零式艦上戦闘機1機 99式艦上爆撃機2機 5名 翔鶴 230 97式艦上攻撃機27機 損失なし なし 瑞鶴 231 97式艦上攻撃機27機 損失なし なし 計 170機 20機 34名 完全な奇襲に成功した第一次攻撃隊の損失率は4 9 であったが アメリカ軍の対空砲火が激しくなった第二次攻撃隊の損失率は12 に跳ね上がり 平均では8 3 となった 九七式艦上攻撃機は水平爆撃隊の損失は0であったが 低空を低速度で敵艦船に接近しないといけない雷撃隊の方は5機が未帰還となっており 雷撃隊の損失率は12 5 にもなった この雷撃隊の損失率の高さと対空砲火の激化を見て 源田はこれ以上の雷撃は困難と判断していた 127 急降下により接敵距離が最も短くなる九九式艦上爆撃機は15機の損失で機種別損失率は11 6 ともっとも高くなった 加賀航空隊が最も多くの未帰還機を出したのに対し 瑞鶴航空隊は全機帰還している アメリカ陸海軍及び海兵隊 編集 死傷者 編集 カネオヘ基地での戦死者の追悼式 出典 232 軍 戦死者 負傷者 合計 海軍 2 004 710 2 714 海兵隊 108 69 177 陸軍 222 364 586 合計 2 334 1 143 3 477 艦艇の損失 編集 沈没艦 完全損失艦 編集 日本軍に撃沈され残骸を晒すアリゾナ 戦艦アリゾナ 233 被弾 800 kg爆弾4 航空魚雷0 2 人的損失 戦死者1 177名 負傷者39名 被害詳細 命中した800 kg徹甲爆弾の内の1発が第2主砲塔横の甲板を貫通し 前部主砲弾火薬庫で爆発 誘爆により艦首が破断 破断部分より大量の浸水があり沈没着底 艦体から漏れ出した重油に引火し大火災が発生 海面上にあった檣楼も炎に包まれ 第1戦艦部隊の司令官および戦艦戦闘部隊司令官である幕僚長の アイザック c キッド 少将と艦長の フランクリン ヴァン ヴァルケンバーグ 英語版 大佐が戦死 大爆発により沈没したため 戦死者は1 177名にも上ったが これはアメリカ海軍における単一艦艇での戦死者としては最多である 艦体損傷がひどかったため 遺族の要望にもかかわらず引き揚げは行わず 第3 第5砲塔や対空機関砲 探照灯 カタパルトなどが取り外され 戦艦ペンシルベニアの修理やハワイの要塞砲として転用された その後 沈没した艦体の真上に アリゾナ記念館 が建設された 234 サルベージ中のオクラホマ 戦艦オクラホマ 235 被弾 航空魚雷5 9 内1は特殊潜航艇から発射された魚雷の可能性あり 人的損失 戦死者456名 負傷者30名 被害詳細 最初の魚雷が命中してから8分後に転覆した 1999年からの検証で 本艦を転覆させた最後の魚雷は 特殊潜航艇が発射した魚雷の可能性があるという研究結果が公表されている 236 あまりにも転覆するのが早かったため 400名が艦内に閉じ込められた 翌日に艦底をアセチレントーチで焼き切り救助を試みたが 生存していたのは32名であった 1943年3月に艦体をワイヤーケーブルで引き起こしたが 艦体の損傷が激しく修理は断念され 終戦後にアメリカ本土への移送中に沈没した 標的艦 ユタ 237 被弾 航空魚雷2 人的損失 戦死者64名 被害詳細 本艦は戦艦を改造した大型艦であったため 第一次攻撃隊 蒼龍雷撃隊により空母もしくはコロラド型戦艦と誤認され 魚雷2発が相次いで命中し10分で転覆 艦内に約70名が閉じ込められたが 救出されたのはわずか1名であった ユタはコストの面より引き揚げは行われず 海底に沈んだままとなっている 沈没艦 復旧艦 編集 炎上する ウェストバージニア 戦艦ウエストバージニア 238 被弾 800 kg爆弾2 1不発 航空魚雷7 人的損失 戦死者157名 負傷者52名 被害詳細 魚雷の命中により左舷が大きく傾いたため 転覆防止のためと 弾薬誘爆防止のための大量注水で 主甲板まで沈下したが その後に水平爆撃の800 kg徹甲爆弾が2発着弾 内1発が艦橋を貫通した後に第2甲板まで達して炸裂 燃料火災が発生し 浸水もさらに進んだために総員退艦命令が出され 後に着底した 徹甲爆弾の炸裂により艦長の マーヴィン シャープ ベニオン 英語版 大佐が重傷を負い後に戦死している 1942年5月に引き上げられ修理と近代化改装を受けたが 修理中に艦内から20名の遺体が発見された その遺体が発見された付近の隔壁にはその水兵らが残した文字が刻まれていたが 艦が沈没後 明かりも水も食料もない中で 水兵らが12月23日まで16日間も生存していたことが判明している 修理と近代化改装は1944年7月に完了した 戦艦カリフォルニア 239 被弾 800 kg爆弾1 250 kg爆弾1 航空魚雷2 3 人的損失 戦死者106名 負傷者100名 被害詳細 水平爆撃で高度4 000 mから投下された800 kg爆弾が露天甲板を貫通後主甲板で炸裂 副砲の弾薬庫が誘爆し深刻な火災が発生 その後に 魚雷2 3発が左舷に命中 燃料タンクが破裂し大量の重油が流出 また燃料漏れの検査のため5区画でマンホールを開放していたため 命中した魚雷は2 3発であったが浸水は急激で たちまち左舷に7 5 傾斜した 弾薬火災と流出した重油火災で復旧活動は困難となったため 総員退艦が命じられた しかし艦はすぐには沈まず 日本軍の攻撃完了後に消火活動と救出活動を再開したが その活動中の12月20日に着底している 機雷敷設艦オグララ 240 被弾 なし 魚雷至近爆発 人的損失 なし 被害詳細 蒼龍雷撃隊より大型艦と誤認されて雷撃されるが 喫水線が浅かったため 魚雷は艦底を通過し隣接して停泊していた軽巡洋艦ヘレナに命中した しかしヘレナに命中して爆発した魚雷の爆圧で 水面下の船体が破壊されて浸水が始まり大きく傾斜した 横転してヘレナと接触する危険が高まったため タグボートでヘレナから離れた位置に 曳航 えいこう していく途中で転覆した 引き揚げられた後 ドック艦に改修され1944年2月に再就役 損傷艦 座礁艦 編集 座礁したネバダ 艦橋下部と主砲塔が火災により黒焦げとなっている 戦艦ネバダ 241 被弾 250 kg爆弾6 航空魚雷1 2 人的損失 戦死者52名 負傷者116名 被害詳細 242 戦艦泊地に停泊中に1 2発の魚雷が命中したが沈まなかった しかしネバダの艦首側に停泊していたアリゾナが大爆発を起こし 流出した重油で大火災が発生したため 火災に巻き込まれないように外洋に脱出することとした それを日本軍の第二次攻撃隊の急降下爆撃隊23機が発見 大型艦を真珠湾の狭い水路に沈め 軍港の水路を塞ぐことを狙ってネバダに集中攻撃を加えた 6発の250 kg爆弾の命中と2発の至近弾で艦は大きく損傷し脱出は不可能となったため ホスピタルアイランド 避難用浅瀬 に自ら座礁し沈没を回避した 1942年2月に引き上げられ 1942年12月に一旦修理完了し艦隊復帰したが 1943年に再度ドック入りし近代化改修を受けている 弾薬庫の誘爆により原形を留めないほど破壊され着底した駆逐艦ショー 駆逐艦ショー 124 被弾 250 kg爆弾1 人的損失 戦死者24名 被害詳細 浮きドックに 入渠 にゅうきょ 中であったが 急降下爆撃機の250 kg爆弾1が命中 発生した火災で前部の主砲弾薬庫が誘爆し 艦首が吹き飛ばされた その爆発の規模は戦艦アリゾナの誘爆に次ぐ大きな規模であり 遠くからも視認されている 艦体の損傷は壊滅的であったが ドック内におり沈没は免れたため 大修理と近代化改装が施され 1942年6月に艦隊復帰した 駆逐艦ダウンズ 243 被弾 250 kg爆弾2 人的損失 戦死者12名 被害詳細 乾ドック内で改修中に急降下爆撃機により2発の250 kg爆弾が命中し火災が発生 火災により魚雷が誘爆し大破 火勢を増した火災は隣接していた駆逐艦カッシンにも延焼した 同じ乾ドック内にいた戦艦ペンシルベニアの火薬庫誘爆防止のため 乾ドックに注水され 隣接していたカッシンが浸水により横転しダウンズに接触 両艦ともさらに損傷が拡大した 修復は困難と思われ 一旦除籍されたが その後船体の残存部分を本土の ピュージェット サウンド海軍造船所 に持ち込んで新造並みの補修を行い 1943年11月再度就役 駆逐艦カッシン 243 被弾 なし ダウンズの火災延焼 人的損失 なし 被害詳細 ダウンズの火災が延焼したのち 大爆発に巻き込まれ大破 乾ドック内への注水で浸水し横転 ダウンズと接触しダウンズと同レベルの深刻な損傷を被る カッシンも一旦は除籍されたが ダウンズと同様に大補修により1944年2月再就役 工作艦 ヴェスタル 244 被弾 800 kg爆弾2 人的損失 戦死者7名 被害詳細 アリゾナの横に停泊していたため 水平爆撃の800 kg徹甲爆弾が2発 艦尾と艦首に命中 大量に浸水し 沈没は避けられなかったため タグボートで浅瀬に曳航され 沈没回避のため座礁させられた 応急修理終了後 自艦と他の艦の修理を並行し 1942年2月に修理完了 損傷艦 編集 乾ドックに停泊中に攻撃を受けた戦艦ペンシルベニア 手前の駆逐艦ダウンズとカッシンは魚雷の誘爆により大破 着底 戦艦テネシー 245 被弾 800 kg爆弾2 内1不発 人的損失 戦死者6名 負傷者200名 被害詳細 246 水平爆撃の800 kg徹甲爆弾が第1主砲塔と第主3砲塔に着弾 第3主砲塔に命中した爆弾は砲塔の天蓋を貫通し爆発 第3主砲塔を破壊し砲員を殺傷した 第1主砲塔に命中した爆弾は天蓋を貫通できず 弾殻が粉砕したため火薬が飛び散り爆発しなかった 損傷は軽微だったので 1942年8月には修理完了して一旦艦隊復帰したが 1943年に再度ドック入りし近代化改修を受けている 戦艦メリーランド 247 被弾 800 kg爆弾1 250 kg爆弾1 人的損失 戦死者3名 負傷者14名 他に偵察に出撃した os2u 水上偵察機が墜落しパイロット1名戦死 248 被害詳細 第1次攻撃隊の水平爆撃機の800 kg徹甲爆弾1発が艦首に命中 直径3 7 m 深さ6 1 mの破口が生じた 第2次攻撃隊の急降下爆撃機では250 kg爆弾が10番フレーム付近に命中 6 7 mほど侵徹したあと爆発し 浸水が発生したことにより船体が前方に1 5 mほど傾いた 249 しかし損傷は軽微であったため 横で転覆したオクラホマの救出活動を行い 多くの生存者を救出した 1942年6月一線に復帰 戦艦ペンシルベニア 250 被弾 250 kg爆弾1 人的損失 戦死者28名 負傷者30名 被害詳細 ドックで補修中であった際に急降下爆撃機の250 kg爆弾1発を被弾 短艇用甲板を貫通し第9副砲の砲郭内で爆発 修理の際にオクラホマとアリゾナから取り外した主砲を搭載し 1942年4月から8月まで訓練と巡察をした 1945年8月12日に再び日本海軍機の攻撃を受け損傷し 20人の戦死者を出した 軽巡洋艦ロウリー 251 被弾 250 kg爆弾1 人的損失 負傷者数名 被害詳細 艦体中央部に1発爆弾命中 傾斜したが艦内の重量物を投棄するなどのダメージコントロールで転覆を逃れた 艦の損傷は大きかったが戦死者は出なかった 1942年7月艦隊に復帰 軽巡洋艦ヘレナ 240 被弾 航空魚雷1 人的損失 戦死者20名 被害詳細 機雷敷設艦オグララを狙った魚雷がオグララの艦底を通り越してヘレナに命中 機関室に浸水し 一時は停電となるなど損害は大きかったが沈没には至らず 1942年9月艦隊に復帰 軽巡洋艦ホノルル 240 被弾 250 kg爆弾至近弾1 人的損失 なし 被害詳細 海軍工廠岸壁に停泊していたが 急降下爆撃機の投下した250 kg爆弾が岸壁の突提に着弾し爆発 その衝撃で鋼板接合部のリベットが弛緩し浸水 一時的に第2主砲塔への通電ができなくなった 駆逐艦母艦 ドビン 252 被弾 250 kg爆弾3至近弾 人的損失 戦死者1名 負傷者2名 被害詳細 至近弾のうち一発が艦尾の真下で爆発 断片と衝撃で無線室が破損し死傷者が生じた 水上機母艦 カーティス 253 被弾 250 kg爆弾1 体当たり1機 人的損失 戦死者21名 被害詳細 第二次攻撃隊の急降下爆撃機による250 kg爆弾が1発命中 水上機格納庫が破壊された また 対空砲火で損傷した蒼龍艦爆隊の丸山賢治三飛曹と桑原秀安二飛曹の搭乗機が体当たりを行い クレーンとアンテナを破壊した 254 航空機の損失 編集 破壊されたフォード島の格納庫とアメリカ軍機 破壊されたボーイング b 17 破壊された航空機の残骸を利用して陣地を構築し日本軍の攻撃に備えるアメリカ陸軍兵士 出典 255 撃破 損傷 合計 陸軍航空隊 96 128 224 海軍航空隊 92 31 123 合計 188 159 347 陸軍の主要戦闘機 爆撃機の機種別損失数 編集 出典 256 機種 配備機数 撃破 損傷 撃破 損傷合計 b 17 爆撃機 12 4 4 8 b 18 爆撃機 33 12 10 22 a 20 攻撃機 12 2 5 7 p 40 戦闘機 99 42 30 72 p 36 戦闘機 39 4 19 23 合計 209 64 82 146 海軍の種類別損失数 編集 出典 257 航空機の種類 損失数 戦闘機 13 急降下爆撃機 26 哨戒爆撃機 46 偵察機 1 雑用機 3 練習機 1 輸送機 2 合計 92 他に 日本軍機動部隊発見のためにエンタープライズより発艦した f4f が燃料補給のためにフォード基地に着陸しようとしたところ 日本軍機と誤認した兵士らから集中砲撃を浴びて4機が撃墜され3名のパイロットが戦死している 258 日本海軍側からの対米戦果判定 編集 機動部隊は連合艦隊に対し 主力艦2隻 轟沈 4隻大破 巡洋艦4隻大破との無電を送っている 4 攻撃直後 各空母の攻撃隊は敵艦船に与えた損害を下記のとおり報告している 雲や火災の煙による推定も多く入ったものであった 259 赤城 水平爆撃隊が戦艦に命中4以上 雷撃隊は戦艦3に対し命中11本 急降下爆撃隊は戦艦に命中 オマハ級 に命中1 加賀 水平爆撃隊がアリゾナ カリフォルニア メリーランドに計4発以上 雷撃隊はアリゾナ テネシーに各4本命中 急降下爆撃隊はカリフォルニア型を含む戦艦3隻に相当数命中と推察 蒼龍 飛龍 総合して水平爆撃隊は戦艦に1発命中轟沈 戦艦に2発命中大爆発轟沈 雷撃隊は戦艦3隻に合計11本命中 内1隻轟沈 水平爆撃隊と重複 重巡に3本命中 急降下爆撃隊は軽巡2に合計5発 入渠中駆逐艦に命中1 翔鶴 瑞鶴 飛行場攻撃に専念しており艦艇への戦果なし 民間人の被害 編集 攻撃に参加した日本軍は 市街地や非戦闘地域に対する攻撃 非武装の民間人に対する攻撃を禁止する旨が事前に厳重に言い渡されていた 実際にアメリカの女性インストラクター パイロットである コーネリア フォート が 飛行訓練生と訓練のために搭乗していた インターステート カデット 英語版 機が日本軍攻撃隊とオアフ島上空で遭遇したが 日本軍機に視認されていたにも拘らず攻撃を受けなかった 260 彼女はすぐに真珠湾の湾口に近いジョン ロジャース民間空港に着陸したが 追撃してきた零式艦上戦闘機は機体と滑走路に対して機銃掃射を行っており 着陸後すぐに機外へ脱出した彼女と訓練生は無事だったが 261 262 空港の管理者が死亡している 非武装の民間人に対する攻撃を禁止する旨が言い渡されていたものの オアフ島近辺で9機の民間航空機が飛行していたが そのうち3機が撃墜されている 263 攻撃を受けた9機のうち ハワイアン航空 9便が 飛行中に攻撃を受け出火した 銃弾の1つがコックピット内の消火器に命中し 鎮火 乗客乗員に怪我はなかった 264 日本軍の攻撃により ハワイの民間人に68名の死亡者 日本人23人を含む 265 と35名の負傷者が出ている これは 日本軍が意図して行ったものではなく 民間人犠牲者の多くは軍施設内にいた政府関係者か作業などに従事していた際に巻き添えとなったものであるが 市街地でもアメリカ側の激しい対空砲火の弾片や不発弾が 真珠湾より15kmも離れた ホノルル 市街にも降り注ぎ 死傷者が生じている この被害は当初 アメリカ軍側の プロパガンダ で日本軍の攻撃によるものと報じられたが 実際には ホノルル市街に落ちた日本軍の爆弾は 97式艦上攻撃機の爆弾投下機誤作動による1発だけであった 232 降り注ぐ不発弾や弾片でホノルル市街では40回もの爆発があったが その爆発によって 戦闘の様子を眺めていた13歳の少女や 車に相乗りして真珠湾の工廠に向かっていた4人の工員など 266 33名の民間人が犠牲となり 50万ドルの経済的損失があった 267 そして 死傷者のなかには多くの日系人も含まれていた 268 また翌8日にはアメリカ軍機が4隻の漁船を日本軍船舶と誤認して銃撃し 6名の漁師が死亡している 201 アメリカ軍基地以外の市街地での民間人死亡 編集 出典 268 場所 死亡者数 ホノルル 33 パールシティ 1 ワヒアワ 2 ワイパフ 1 合計 37 その後 編集 詳細は ミッドウェー島砲撃 および ウェーク島の戦い を参照 真珠湾攻撃を終えた機動部隊のうち 一部の部隊はそのまま帰投せずに ミッドウェー島 砲撃を実施した他 ウェーク島 の戦いに増援として参加した 詳細は ニイハウ島事件 を参照 真珠湾攻撃に参加した攻撃隊のうち ニイハウ島 に不時着した搭乗員によりニイハウ島事件が発生した 詳細は k作戦 を参照 1942年には第二次真珠湾攻撃としてk作戦が実施された 逸話 編集 日本が真珠湾攻撃を行った直後 ワシントンd c の ホワイトハウス は2つの異なる星条旗を掲げたと言われている 当時 現行の48州の星条旗と31州の星条旗である この31州の星条旗は江戸時代の幕末 アメリカ海軍の マシュー ペリー 提督 が日本を強制的に開国させた 黒船来航 時の国旗である 269 ホワイトハウスは ペリーが近代化を日本を教えたように再び一から日本を再教育させ 二度目の開国をさせるという意図である 日本の降伏の際も 黒船来航時の31州の星条旗が掲げられた 270 日本の降伏文書の際も マッカーサーは31州の星条旗を戦艦 ミズーリ に掲げた また降伏の調印を終えたマッカーサーは米国民向けに演説をおこなった 271 269 今日 銃声は止み 悲惨な悲劇は終わった 我々は偉大な勝利を勝ち取った 今日の私たちは92年前の同胞 ペリー提督に似た姿で東京に立っている ダグラス マッカーサー この事からマッカーサーは ペリー来航を一度目の日本占領だとし 1945年は二度目の占領だと認識し ペリーのように再び日本をアメリカが強制的に開国させるという事を意識した 271 帝国政府ノ対米通牒覚書 と宣戦布告 編集 日露戦争 後 開戦に関する条約 を日米両国とも締結し 批准 しており 真珠湾攻撃の時点では 明瞭かつ事前に 宣戦布告 を相手国に行う義務があった 272 もともと国際法上は宣戦布告の義務はあると考えられていたものの 日露戦争が宣戦布告なしに始まったため あらためて問題となり 日露戦争後に初めて成文化されたものである 1941年11月5日の 御前会議 において 対米交渉を継続し 希望する結果が得られない場合は12月初めに開戦することが決定した 外務省でその際の外交手続きについて検討が行われ 開戦宣言なしでの攻撃開始や最後通牒を条件付きあるいは期限付きで出す形など およそあらゆる形が検討された 273 その結果との関係性は不明だが 11月27日の連絡会議では 御前会議での開戦決定を経て宣戦布告なしで攻撃開始し その翌日に宣戦布告の閣議決定 枢密院への上奏 宣戦の詔書公布 政府声明 宣戦布告 といった手順で宣戦布告を行い 内閣告示で交戦状態に入った時期を明示する方針が決まった 274 東郷茂徳 外務大臣は対米宣戦布告をしなくてもよいと考えていた上に 開戦とほぼ同時にこのような大規模攻撃をかけるとは知らず また11月30日開戦と思い込んでいて 交渉を続けても妥結には時間的にも余裕がないと考えていた 国際法上自衛戦争であるならば宣戦布告は不要でもあった 75 ただし この対英米戦争は自衛戦争であるとの東郷の主張は 自己都合的に拡大解釈したもので 自衛戦闘として本来想定されていた範囲のものからかけ離れたものになっている 東郷が後に東京裁判を控えた尋問で語ったところでは 交渉継続は意味がないし間に合わないと考えていたにもかかわらず 海軍側から交渉を続けてくれとの要請が出されるので 途中で話がおかしいと気づき 確かめたところ 開戦は12月8日で そのときまでは交渉を続けておいて欲しいということであった 275 12月1日の 御前会議 で対英米蘭の開戦が決定されたが さらに12月4日の連絡会議で外交打切りとして対米最後通牒の案文を東郷に一任 打電 通告の日時は東郷と統帥部で相談して決めることになった 274 東郷が東京裁判で語ったところによれば 永野軍令部長と伊藤軍令部次長が開戦直後の攻撃が奇襲となるよう外交交渉を打ち切らないことを要請したのだという 276 12月3日に対米最後通牒の 覚書 は 帝国政府ノ対米通牒覚書 案 として起案され 条件付開戦宣言ヲ含ム最後通牒 の意を含む文書内容となっていたが 61 5日付案では宣戦布告と解釈される部分が意図的に削除され 合衆国ガ現在ノ態度ヲ維持スル限リ との条件をつけた交渉の条件付き打ち切りに変更された 61 しかし 大本営政府連絡会議 で決定された最終的6日付案では 単に交渉打切の意思ないし可能性を示唆する文面に修正された 61 この連絡会議で最後通牒を現地午後2時に渡すことに決まる 274 帝国政府ノ対米通牒覚書 について 編集 日本の 東郷茂徳 外務大臣 から 野村吉三郎 大使 を通じて 61 宣戦布告を明記していない 61 帝国政府ノ対米通牒覚書 59 は 現地時間1941年12月7日午後2時20分 日本時間昭和16年12月8日午前4時20分 277 61 に アメリカ合衆国国務省 に手交された 61 この 帝国政府ノ対米通牒覚書 本文の最終部分 第7項3 は下記のとおり書かれていた 59 仍 よっ テ帝󠄁國政府ハ 茲 ここ ニ合衆國政府ノ態度ニ鑒ミ 今後交 󠄁 涉ヲ繼續スルモ妥 󠄁 結ニスルヲ得ズト認 󠄁 ムル外ナキ旨ヲ 合衆國政府ニ通 󠄁 吿スルヲ遺 󠄁 憾トスルモノナリ これは字義としては 当時行われていた 野村吉三郎 駐米 大使 と派遣されてきた 来栖三郎 特命全権大使 による特別交渉なり日米間の交渉なりが妥結不可能と判断した旨の通牒であって 解釈しても せいぜい特別交渉の打切や来栖特使の引揚を示唆したものではあるが 米国に対する明瞭な宣戦布告とはなっていない 59 61 272 実際に日本がアメリカに手交した 帝国政府ノ対米通牒覚書 59 は 宣戦布告ではなかった のである 61 272 また ときに言われるような国交断絶の通知でもない 東郷は東京裁判では はっきりとした宣戦布告でなかったことについては 軍部との妥協でこのような文面になったとしている アメリカは当時すでにパープル暗号の解読に成功しており 解読した情報は マジック と呼ばれた 文書が手交される前に内容を 知悉 ちしつ していた ハルの回想には 12月7日の午前中に全14部の傍受電報を受け取ったとあり 日本の回答は無礼きわまるものであった とあり そして この通告は宣戦の布告はしていなかった また外交関係を断絶するともいっていなかった 日本はこのような予備行為なしに攻撃してきたのである とある 278 そもそもの日本側の最初の発表時点では 真珠湾攻撃について 帝国陸海軍は 本8日未明 西太平洋においてアメリカ イギリス軍と戦闘状態に入れり とし 日本と米英がまず戦闘状態に入り その結果として正式に戦争を行なうことになったかのような体裁をとっている 12月8日午前7時のニュース 音声は後に再度収録されたもの 大本営陸海軍部発表の太平洋戦争開戦のニュース 帝国陸海軍は 本8日未明 西太平洋においてアメリカ イギリス軍と戦闘状態に入れり と述べている 臨時ニュースとは言っているが 毎朝7時の定時のニュースで 午前6時発表の大本営陸海軍部発表を1時間遅れて伝えた ogg vorbis この音声や映像がうまく視聴できない場合は help 音声 動画の再生 をご覧ください 実際に 政府は午前7時5分から臨時緊急閣議を開き その後枢密院への上奏などの手順を踏んで正式に開戦のための手続きに入っている 真珠湾攻撃後の日本時間昭和16年12月8日午前11時45分に渙発された 米國及英國ニ對スル宣戰ノ詔書 は 有衆ニ示ス としていて あくまで国内向けのものとする説もあるが 午後0時20分には帝国政府声明の形で 宣戦ノ大詔ヲ奉戴シ茲ニ中外ニ宣明ス として 当初の予定通りの形で 英米への宣戦布告ともなる開戦宣言を全世界に向けて行っている 279 ウィキソースに 米國及英國ニ對スル宣戰ノ詔書 の原文があります 帝国政府ノ対米通牒覚書 の遅れを巡る問題 編集 帝国政府ノ対米通牒覚書 59 は現地時間1941年12月7日午後2時20分 日本時間昭和16年12月8日午前4時20分 277 に 特命全権大使 の 来栖三郎 と 大使 の 野村吉三郎 より 国務省 において 国務長官 の コーデル ハル に手交された これは指定時間から1時間20分遅れで マレー半島 コタバル 上陸の2時間50分後 真珠湾攻撃の1時間後だった ハルは通告が遅れたことについて 日本政府が午後一時に私に合うように訓令したのは 真珠湾攻撃の数分前に通告を私に手渡すつもりであったのだ 中略 野村は この指定時刻の重要性を知っていたのだから たとえ通告の最初の数行しかでき上がっていないにしても あとはできしだい持ってくるように大使館員にまかせて 正に一時に会いに来るべきであった としている 280 ルーズベルトは 12月6日の午後9時半過ぎに パープル暗号が解読された日本側から手交される前の 帝国政府ノ対米通牒覚書 59 の13部目までを読み これは戦争ということだね this means war とつぶやいたという 60 しかし 帝国政府ノ対米通牒覚書 59 は宣戦布告ではなかった 61 272 ので ルーズベルトがこの時点ではまだ読んでいなかった最終部分の14部目にも すでに読み終わっていた1 13部目にも どこにも日本が宣戦布告をするとは書かれていなかった 59 61 272 ルーズベルトに 帝国政府ノ対米通牒覚書 59 を手渡したl r シュルツ海軍中佐の回想によると この時のルーズベルトと側近のハリー ホプキンズの会話は以下のように続く 281 ホプキンズ われわれが最初の攻撃を加えていかなる種類の奇襲をも阻止することができないのは残念なことだ ルーズベルト いや われわれにはそれができないんだよ われわれは 民主主義 国で平和愛好国民だ しかし われわれにはいい記録がある コタバル上陸により始まった マレー作戦 は無通告で開始されているが イギリスはウィンストン チャーチルが皮肉を言った程度で抗議すらしていない 75 東郷から駐米大使の 野村吉三郎 宛に パープル暗号 により暗号化された 電報 昭和16年12月6日東郷大臣発野村大使宛公電第九〇一号 は 現地時間12月6日午前中に大使館に届けられていた この中では 対米覚書 が決定されたことと 機密扱いの注意 手交できるよう用意しておくことが書かれていた 昭和16年12月7日東郷大臣発在米野村大使宛公電第九〇二号 は 帝国政府ノ対米通牒覚書 59 本文で 14部に分割されていた これは現地時間12月6日正午頃から引き続き到着し 電信課員によって午後11時頃まで13分割目までの解読が終了していた それまでのものはこれまでの交渉経過を縷々述べたもので結論が何か予想できるものなく 肝心の14分割目のみが異常に遅れて午前3時の時点でも到着しておらず 電信課員は上司の指示で帰宅した もともと大使館と電信会社との間で 緊急の電信についてはvery urgentとの用語を決め その用語の付された電文は時間を問わずに深夜であっても電話連絡して直ちに配達することになっていたが 東京の外務省本省の指示でいったん緊急はkinqu 大至急はdaiqu 至急はshiqu等の符牒を設け kinquとdaiquはかつてのvery urgentと同様に扱うことにさせられていた 282 13分割目までこれらの扱いになっていなかった さらに 急ぐ筈の14分割目は符牒ではなく英文のvery importantになっており そのため 米側の電信会社で電報は翌朝の通常の配達時間に配達される扱いとなったと考えられ 結局 14分割目は7日7時前後に到着したと見られる さらに訂正を指示する電文2通が合わせて届いていた また 井口武夫の研究によれば 通告の手交時間を指示する九〇七号の電報は東京の本省の指示で変えた筈の符牒のkinquではなく元の英文の形のvery urgentとして送るよう指示されており それがさらに東京からの実際の送信では urgent very important に変わった形で この7日午前中に届いた 九〇四号は覚書の作成に現地人タイピストを利用しないようにとの注意 九〇七号では覚書手交を 貴地時間七日午后一時 とするようにとの指示が書かれていた また 暗号の解読機は本省の指示により1台を残して破壊されていた なお 14分割目の不自然さに関しては 戦後に入ってこの問題を指摘する声 283 が上がっている 当時大使館の一等書記官だった結城司郎は 朝に大使館に出勤した電信課員は午前9時半から10時頃までに全員集まり解読作業を開始し 昼の12時30分頃に問題の14通目の解読を終了したと言う 暗号解読をした堀内正名の自筆記録には 14分割目の解読は正午くらい終わっていたので間に合うだろうと書かれているとされる 284 また 堀内は文面内容からは開戦通告とは認識しなかったとしている 解読が終わったものから順に 一等書記官 の 奥村勝蔵 により修正 清書されたともされる ただし 訂正指示の電文が2通 外務省で紛失している電文が2通あり それがこの訂正電文であろうと柴山哲也や大野哲弥等多くの研究者は考えている 届いていた他 さらに単なる人事異動のあった職員への慰労文までが大野哲弥の研究によればdaiqu扱いで2通届いていたという 282 これらを優先度指定次いで到着順に解読していくため余計な時間がとられ また 当時のタイプライターは一度打った文字を修正することは出来ず いったん全部解読してみないと 訂正文が出てくると全て初めから打ち直すことになりかねないものであったとされる 結城司郎は 時間切迫による緊張や誤字 訂正電報のためにタイプ完了は午後1時50分だったとする この問題について 外務省 は調査委員会を設立し調査を行ったが 調査結果は公表されなかった 1994年11月20日に外務省は当時の調査委員会による調査記録 昭和16年12月7日対米覚書伝達遅延事情に関する記録 285 を公開した 現在この資料は 外交史料館報 第8号で閲覧可能である この調査などに基づく通説では 6日夜に大使館員が 南アメリカ へ転勤する 寺崎英成 の送別会を メイフラワー ホテル の中国料理店で行っていたこと 奥村が送別会後も大使館に戻って浄書を行わず知人の家に トランプ をしに行っていたこと 奥村の英訳親書の浄書 タイプが遅れたこと 14分割目に 大至急 の指示が付されておらず 帝国政府ノ対米通牒覚書 59 本文の続きであることがわからなかったことなどが原因であるとされている この外務省調査は本来行うべき外務省からの発信時刻を調査対象から外しており その点に大野は疑念を呈している その他 大使館側の責任とする説には 大使館付陸軍武官が急死し その葬儀に野村 来栖両大使らが出席して其れが影響したとする説 海軍武官実松譲が朝出勤してみると対米通牒とみられる電報が大量に溜まっていたため 大使館の怠慢が常習化していたとする説等がある ただし 長崎純心大学教授塩崎弘明は葬儀の列席者名簿を確認したところ両大使は出席していなかったと云う 286 また 井口武夫によれば本省からの公電は大使館員の受領サインが得られなければ電信会社に持ち帰られる習わしで 実際には当日の公電は当直が受け取っており 実松が見たのは急死した武官への知人らからの弔電である 287 とし 塩崎もこの弔電を遺族から発見している 286 このような大使館のミスによる失態であるとの通説に対して 奥村とともに責任を問われることがある大使館総括参事官の 井口貞夫 は生前に 自分の管掌事務ではなく承知していなかった と主張していた またその息子である 井口武夫 元 ニュージーランド 大使も 彼自身の調査研究の結果として外務省本省が負うべき落度を現地大使館に責任転嫁しているとして 奥村書記官を含めて大使館側に失態はなかったと主張している 288 大野哲弥は近年はこの説を支持するものが増えているようだとする 282 戦後の議論展開 編集 米側では 卑怯なダマシ討ち という言葉は分かりやすく簡潔な言葉であったため スローガンとして士気高揚のため政治的に活用された 戦後 進駐してきた米軍側においてこの主張はあまりに圧倒的であった 日本側関係者からは 帝国政府ノ対米通牒覚書 59 は開戦通告であり これの手交が遅れたのは 初めから遅らすことを狙ったかのように 間違いが起こりかねないにもかかわらず 緊急 を示す符牒をこのような重要な時期に変えたり戻したり わざわざ長文の文章を作って最後まで何を言わんとするのか分からないような内容を14分割にして送るなど 故意に遅延させんがための小細工としか思えないようなことがさんざん行われたものの 事故であり 意図的なものではないとの主張がなされた これは日本人相手においては極めて成功し 日本においては その後の議論は さながら手交遅れが意図的でないことを前提に 遅れの責任がどこにあるか なかんづく現地大使館にあるかどうかの議論が主になっていく しかし実際には まず 帝国政府ノ対米通牒覚書 59 は開戦通告 宣戦布告 ではなかった ...
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