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突撃隊幕僚長は全国指導者扱い, 1930年以降はヒトラーが司令官を兼務, 147, これまでのヴァイマル共和政における最大議席数はドイツ社会民主党が得た163議席, 144, の幹部であり, もシュラゲターを, 共産主義者はこの反革命の良き兵士を革命の兵士として尊敬しなければならぬ, と賞賛した, これはドイツを反西欧陣営に迎えようとする, の立場によるものである, 128, ナショナル, ボリシェヴィズム, ラデック, コミンテルン, ソビエト連邦共産党, と訳している, 一例として, 昭和8年, 11月12日付で, 駐独大使が外務省に打電した電報には, と表記されているほか, 11月18日の電報では, という表記もある, ヒットラー, 永井松三, 脚注の使い方, アメリカにおいては, これは1960年代にその党勢が最高潮に達し, 多くの法的機関が党の危険性を警告したが, を重視する世論によって, 党の解散を免れその存在の継続が認められた, ロックウェルが暗殺されると, 国民社会主義白人党, と改称し, その会員の大部分と財源の多くを失った, また分派として, などが存在した, アメリカ国民社会党, 言論の自由, ジョージ, リンカーン, ロックウェル, 1953年
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要である 党は全力を挙げて不当利得者 物価つり上げに反対する 何らの価値も創造しない者 いかなる精神的 肉体的労働も行わない者が高い利得を得ることには反対する 党の主要目標の一つは 手工業 の奨励である 最も有能な手工業者はもっと多くの利得を得るべきであり 熟練労働者 は中産階級と同等の国家公民であるべきである 大資本主義者の犠牲となっている中産階級の増大と安定が必要である 91 バイエルンに社会主義政権が君臨している間は反ユダヤ主義に反対する空気がこの地方に強かったので ドイツ労働党も公然たるユダヤ人攻撃は控えていたが 政府軍のミュンヘン進攻を受けて レーテ共和国 が崩壊した後には反ユダヤ主義言論を強めるようになった 91 ヒトラーの入党 編集 ヒトラーのドイツ労働者党党員証とされるもの 7番目の党員と記載されているが 後年に偽造されたものであると考えられている レーテ共和国崩壊後 アドルフ ヒトラー は ミュンヘンを占領した アルノルト フォン メール ドイツ語版 歩兵大将を司令官とする政府軍 ドイツ国軍 第4軍集団を名乗っていた が非合法に行っていた政治情勢を調査する仕事をしており 元々ドイツ労働者党に接近したのは 上官である カール マイヤー 大尉にスパイを命じられたためであった 同党が1919年9月12日にミュンヘン中心部 タール街 ドイツ語版 54番地にある酒場 シュテルンエッカー ブロイ ドイツ語版 で開いた集会に参加したヒトラーは ドイツ統一主義者として バイエルン独立論者 アダルベルト バウマン ドイツ語版 教授と激論した これをきっかけにドレクスラーから注目され 彼のパンフレット 我が政治的目覚め あるドイツの社会主義的労働者の日記より mein politisches erwachen aus dem tagebuch eines deutschen sozialistischen arbeiters を贈られるとともに再来を懇願された 92 93 その後ヒトラーの下に 入党許可状 付きのはがきが送られてきて 9月16日にヘーレン通り herrnstraße にある アルテス ローゼンバート altes rosenbad で開催される党委員会に出席してほしいと要請があった 94 93 我が闘争 の中でのヒトラーの主張によれば この党委員会に出席した後にヒトラーはこの党のために活動することを決心したという 95 マイヤー大尉の許可を得て 10月19日にドイツ労働者党へ入党した 96 ヒトラーは自分が7番目の党創設メンバーであると主張していたが 彼の党員番号は 党員を多く見せかけるため 501番から始まる 555番であり この番号も1920年にアルファベット順で作成された名簿に基づくものであった ヒトラーが7番目の幹部であったという説もあるが 入会証や名簿作成以前の正式な記録が無いため明確にはなっていない 97 ヒトラーの台頭とドレクスラーの党首就任 編集 ヒトラーは自身が党を指導するようになってから党員や聴衆が急増したことを印象付けようとして初期の党を実際以上に小政党に描こうとする傾向があり 98 我が闘争 の中では1919年10月16日の ホフブロイハウス での集会の聴衆を111人 11月13日の エーベルブロイケラー での集会を130人 12月20日の ドイチェス ビアホール での集会を140人だったとしているが 99 100 ミュンヘン警察情報部や軍情報部の記録によればどの集会も300人程度の聴衆があったようである 党はトゥーレ協会の後援もあって 300人程度の聴衆をコンスタントに集める組織力は結党時から持っていたとみられる とはいえヒトラーが党の存在を一般民衆に広めようと精力的に活動し 彼の巧みな演説が人気を博して党勢の拡大につながったことは事実である 101 ヒトラーは演説のうまさに加え 党最初の有給幹部でヒトラーの軍隊仲間だった ルドルフ シュスラー rudolf schüßler らの支持を受けていたため ヒトラーの党内における地位は無視できないものとなった 102 10月16日の ホフブロイハウス での集会から党は入場料の徴収と会場内での寄付金募集を行うようになった 入場料徴収と寄付金募集というのは右翼運動としては新しい形態だったが これにより党財政は安定した 102 96 初期の党委員会の会議はヘーレン通りの酒場 アルテス ローゼンバート の一室で行われることが多かった 党に送られてきた市民や党員からの手紙を読んだり 返信を書いたり 集会の打ち合わせをしたり 政治問題の議論をしていた しかしヒトラーはこうした委員会の在り方を おしゃべりクラブ と呼んで その不活発さにいら立っていた 103 12月11日 ヒトラーはドイツ労働者党の党改革案を提出し 党委員会は公開の党員集会で選出されること また党委員会は党綱領にのみ従い トゥーレ協会から完全独立した委員会になることを要求した トゥーレ協会員で党を特殊意識を育てる秘密政治サークルに留めようとしていたハラー議長はこれに怒ってヒトラーと対立したが 結局ハラーが敗れ 翌1920年1月にハラーは党を出ていくことになった 103 98 ミュンヘン タール街 ドイツ語版 54番地 シュテルンエッカー ブロイ ドイツ語版 の党本部事務所 12月22日にはこれまでも党集会場の一つとして使ってきた酒場 シュテルンエッカーブロイ 内の一室を賃貸して小さな党本部事務所を設けた この賃貸契約書に党を代表して署名しているのはヒトラーである 102 98 1920年 1月5日 にドレクスラーとヒトラーは議長であったハラーを解任し ドレクスラーが新議長に就任した 104 ハラーはトゥーレ協会員として党を後援する立場にあったため 彼の追放により党とトゥーレ協会の直接の関係は切れることとなった 105 ドレクスラー新党首の下でヒトラーは第一宣伝部長に就任した 106 104 改名 編集 1920年1月5日以来ドレクスラーによって 国民社会主義ドイツ労働者党 nationalsozialistische deutsche arbeiterpartei への党名変更が提案されていた ドイツ労働者党 では マルクス主義的国際主義政党と間違われるというのがその理由だった 104 国民社会主義 というのは ドレクスラーが影響を受けていた オーストリア の ドイツ国民社会主義労働者党 に倣ったものである 103 この党名変更は2月20日に行われた 107 ヒトラーは当初 社会革命党 を提案したが ルドルフ ユングに説得され ドレクスラーの案を承諾した 108 1920年1月1日時点において党員は190人ほどで平均年齢は32歳だった そのうち熟練労働者と手工業者は33 知的な自由職業者は14 5 公務員と使用人は14 軍人は13 商業は12 学生は7 店舗 工場など事業所所有者は4 不熟練労働者は2 5 となっている 比較的多数を占める熟練労働者と手工業者はドレクスラーとともにミュンヘン鉄道工場で働く者たちで そのため初期の党には 鉄道労働者党 の感があった 知的な自由職業者の内訳は文筆家 ジャーナリスト 編集者などが7人 技師が6人 芸術家が6人 医師が3人である 190人の党員のうち182人までがミュンヘン在住者であった 106 この時期のナチ党はまた存在を広く知られていたわけではなく 党財政は各界の有力者の寄付によるよりも 大衆による献金と彼らの犠牲的献身によって支えられていた したがって 支配勢力がナチ党を培養し育成した 等の主張は正確とは言えないが 当時のバイエルン支配勢力は再度のレーテ共和国樹立を阻止するためにバイエルン内のあらゆる反共 保守系団体に援助しており ナチ党もその範囲内で援助を受けることはできた 109 2月4日に反ブルジョワ 反ユダヤ 国粋主義 企業の 国有化 利子制度打破などを訴える 25カ条綱領 が起草された この綱領はドレクスラーが主として作り フェーダーとヒトラーが協力して完成させたものだと言われている 110 ハイデンによればヒトラーが外交政策 エッカートが人種政策 フェーダーが利子制度打破 ドレクスラーが国有化と利益参加を提案したという 111 綱領は2月24日 ミュンヘン のビアホール ホフブロイハウス で開かれた集会 参加者2000名 で正式採択された 65 詳細は 25カ条綱領 を参照 またこの集会での会場警備隊が党の一機関であることも正式に決定され これがのちに 突撃隊 へと発展する 103 また1920年中に ハーケンクロイツ を党のシンボルに採用し 党旗 党章 腕章などを取り入れた 112 ハーケンクロイツ スワスチカ は元々は普遍的な幸運のシンボルであったが 同時に アーリア人 の優等性を示す人種主義の象徴としても用いられており ドイツ攻守同盟 や エアハルト海兵旅団 などが使用していた ハーケンクロイツには向きが左回りと右回りの二種類があったが ヒトラーは右回りで統一している 112 12月17日にはエッカートの尽力でトゥーレ協会の機関誌だった フェルキッシャー ベオバハター を買い取り 党の機関紙とした 113 ヒトラーとドレクスラーの対立 編集 1920年8月7日から8日に オーストリア ザルツブルク で ズデーテン地方 とオーストリアの ドイツ国民社会主義労働者党 の共同大会があり 114 この際にヒトラーとドレクスラーの間で国民社会主義労働者党の統一問題の論争が起きた ドレクスラーはこれらの党と統一することに賛成 対してヒトラーはそれに反対の立場だった 115 当時のオーストリアのドイツ国民社会主義労働者党は革命によってではなく議会によって変革することを目指しており 議会政治に参加していた ドレクスラーが目指すのも議会政党であったが 当時のヒトラーは革命主義者で議会政治への参加に反対していた 116 さらに1921年3月26日から28日にかけてのツァイクの大会においてドレクスラーと ドイツ社会党 ドイツ語版 の アルフレート ブルンナー ドイツ語版 が党を合同させようとした時にもヒトラーが反対した ヒトラーは自分たちと他の国民社会主義政党では原則的にも戦術的にも相いれないため 統一によって規模が拡大したとしても内部的団結や闘争能力は弱まると考えていた 115 いずれの合流計画もヒトラーの反対で流産したため ドレクスラー派はヒトラーと対立を深めた 117 ヒトラーの党首就任 編集 1923年の アドルフ ヒトラー ヒトラー は 1921年3月31日に軍を退役し 以降党務に専念するようになっていた 118 1921年 6月初めから7月にかけてヒトラーはエッカートとともに フェルキッシャー ベオバハター の資金集めのためにベルリンへ赴いたが その間にドレクスラーと反ヒトラー派の党幹部たちが ヒトラーが反対していた ユリウス シュトライヒャー 率いるドイツ社会党との連携を模索した この動きを知ったヒトラーは 7月10日にミュンヘンへ取って返し 11日にも党委員会に宛てて離党の手紙を書いた これは党指導部には想定外のことで ヒトラーを失うか 自分たちが退陣するかの選択を迫られた さらにヒトラーは7月14日に自分が再入党する条件として 党委員会の即時辞職および独裁権限を持った議長の地位を要求した 一番聴衆を集められる稼ぎ頭の弁士だったヒトラーには自分抜きでは党は立ち行かないという自負があった 119 7月15日に党委員会はヒトラーの要求を受け入れ 7月29日 にホフブロイハウスで開かれた臨時大会で554名中553名の支持を得てヒトラーが議長に選出された ドレクスラーは名誉議長に棚上げされた 120 このころからヒトラーはエッカートやヘスといった自派の党員から指導者を意味する f ü hrer フューラー と呼ばれるようになり 97 党内に定着した やがてこれはヒトラー終生の肩書きとなった 総統 を参照 ヒトラーは同年8月に従来のナチ党の会場警備隊を 体育スポーツ局 sportabteilung に改組し エルンスト レーム 大尉の推薦で 反革命義勇軍 エアハルト海兵旅団 の ハンス ウルリヒ クリンチュ ドイツ語版 元海軍少尉をその指揮官に任じた 同組織は9月に 突撃隊 sturmabteilung sa に改称された 121 突撃隊は共産主義者による党集会妨害を排除 120 するとともに 他党の同種団体との街頭闘争において主力となる準軍事組織だった 突撃隊の幹部は禁止されたエアハルト海兵旅団から派遣されており やがて一定の独立性を持った突撃隊を形成していくことになる またこの頃から党勢の拡大を見た実業家からの寄付も相次ぎ 党勢はさらに拡大した 1921年に3千人だった党員が1922年1月には党員6千人となった この年の3月8日に ヒトラーユーゲント の前身となるナチ党青年同盟が設立された 8月16日には ハーケンクロイツ の党旗が公の場ではじめて用いられた 10月には ニュルンベルク のドイツ社会党が合流し ますます党勢が拡大した しかし11月18日には プロイセン自由州 においてナチ党が禁止され ザクセン州 テューリンゲン州 等でも禁止されたため ナチ党の活動はバイエルン州に限られることになった このため北ドイツにおける運動は友党の ドイツ民族自由党 dvfp に委ねざるをえなくなった 122 しかし ドイツ国内の不景気とインフレはナチ党を含む極右急進派 共産党を含む極左急進派への支持をさらに高めた 123 また右翼的なバイエルン州政府も反 ボリシェヴィキ 的なナチ党を庇護する方針をとった 123 1923年には党員数3万5千人を数え バイエルン州 でも有数の政党になっていた 2月には 国軍 が主導する極右派政党 義勇軍の連合 祖国的闘争同盟共働団 に参加し 有力な構成団体となった このころから突撃隊の軍隊化が進められ始めた ルール闘争 編集 1923年 1月に ヴェルサイユ条約 の 賠償金 の支払い遅延を理由に フランス軍 がドイツの工業地帯である ルール地方を占領 した ルール問題 ヴィルヘルム クーノ 首相率いる政府は サボタージュ による抵抗 受動的抵抗 を呼びかけたため 工業の停止と占領によって生じた損害への補償のため インフレーション がさらに激化した この時期ドイツ政府が恐れていたのはルール地方を占領したフランス軍が更にドイツ奥深くに侵攻してドイツ軍と交戦し フランス軍とチェコ軍が共同してドイツをマイン川の線で分断しようとすることであった その防衛策としてドイツ全土で軍事化が行われた 124 その流れでバイエルンでは エルンスト レーム 少佐の主導で国防軍と民間国防団体の連合が目指された 124 2月初めに 祖国的闘争同盟共働団 が創設され 様々なバイエルンの民間国防団体が参加し ナチ党や突撃隊もこれに加わった 125 ナチ党は消極的な抵抗しか行えない政府を批判するとともに フランス占領軍に対抗するため突撃隊の拡充を目指した 2月に第一次世界大戦の英雄 ヘルマン ゲーリング 大尉が突撃隊司令官となったのはその流れの一つで 3月から突撃隊は 陸軍の工兵第7大隊と歩兵第19連隊第1大隊から本格的な軍事訓練を受けるようになった 126 ただ突撃隊は一緒に軍事訓練を受ける他の民間軍事組織と違う点として 党集会防衛の仕事も頻繁にこなしたことがある そのためこの時期突撃隊員は休む暇もなく 党活動のための費用負担も大きくなっていた 1923年時において突撃隊員がミュンヘン以外に出張する場合 交通費は党もしくは突撃隊が負担したのだが ミュンヘン市街電車の運賃や現地で雑費 飲食費等 は自腹であった そのため 一週間に何度も軍事教練や党集会防衛に駆り出されたりすると 突撃隊員たちにとって大きな肉体的 財政的負担となった しかし彼らは自分の政治信念のためにそれに耐えた この自己犠牲の精神こそ この時代の政治運動者の性格をうかがうことができる 127 ナチ党によるシュラゲター慰霊祭のポスター シュラゲターはナチ党の殉教者として神格化され 政権掌握 後 彼の名前は様々な名称に用いられた 5月26日には党員の一人 アルベルト レオ シュラゲーター がフランス軍に捕らえられ 軍法会議 にかけられた上で処刑された 彼の死をナチスが喧伝したことにより 右翼はもとより左翼からも英雄視された 注釈 3 これらのことが有利に働き 集団入党や献金が相次ぎ ナチ党は更に勢力を拡大した しかし 5月3日にはレームが参謀将校から左遷され 軍のドイツ義勇軍援助は エーリヒ ルーデンドルフ 将軍の影響下にある ヘルマン クリーベル 大尉の指揮下に置かれることになった このため元軍人が多い突撃隊へのヒトラーの影響力は弱まった 9月には突撃隊と共働団参加団体が連合し ドイツ闘争連盟 が組織された クリーベルが議長であり ヒトラーも 指導者 の一人になった しかし1923年夏になるとフランス軍とベルギー軍がルール地方を超えてさらに東に侵攻してくる可能性はほとんど考えられなくなり それにともなってドイツ政府も民間軍事団体や右翼団体を糾合して軍隊として組織化して防衛体制を整える必要性が薄くなり始めた 129 ミュンヘン一揆 編集 ミュンヘン一揆でミュンヘン市内を占拠するナチ党員 詳細は ミュンヘン一揆 を参照 1923年9月20日にバイエルン州では全閣僚会議が開かれ グスタフ シュトレーゼマン を首相とする中央政府が9月26日に受動的抵抗を中止しようとしていることに対し どう対応するか話し合われた 国民世論は依然として受動的抵抗中止に反対であり インフレは受動的抵抗のせいではなく中央政府の無策のせいだとする者が多かった バイエルン州政府は この世論に乗って中央政府が受動的抵抗を中止したらベルリンへ進軍する計画を企てた バイエルン内の民間軍事団体はだいぶ強力になっていたので 行動を起こせば成功する可能性が高いと州政府は考えていた ナチ党の突撃隊をはじめとした民間軍事団体も行動を起こしたがっている者は多く 彼らが独自に行動を起こす恐れもあり 州政府は その行動の指導権を獲得するため 中央政府が受動的抵抗の中止を宣言して非常事態を布告した9月26日に同じく非常事態を布告し 右派に人望が厚い グスタフ フォン カール を総督に任命した この地位はバイエルン州内閣に従属するも 行政権についての自由裁量が認められた独裁官である 130 カールはミュンヘン駐在の第7軍司令官 オットー フォン ロッソウ 少将 州警察長官の ハンス フォン ザイサー ドイツ語版 大佐とともに三頭政治体勢をとった 131 ナチ党やヒトラーはバイエルン州における独裁権力を手にしたカールに対し 同じ右翼とはいえ バイエルン独立主義的な部分があるのを警戒していたが 独裁権力を手にしたカールを敵に回すと党や突撃隊を禁止されてしまう恐れもあるので 独裁的右翼政府がベルリンに樹立された時にはバイエルン州政府も中央政府に忠誠を尽くす という条件でカールを支持することを表明した 132 バイエルンのカール政府とベルリンの中央政府の対立が深まる中 カール政府はベルリンに進軍して武力でベルリン中央政府を解体し 右翼独裁政府をつくることを計画するようになり ヒトラーの闘争同盟にベルリン進軍の準備を開始するよう命じた カール政府は 反中央政府的な軍部の ハンス フォン ゼークト 将軍と接触して彼を味方に引き入れようと図っていたが ゼークトは非合法的手段の権力奪取に慎重で ベルリン進軍の協力を得られそうになかった そのためカール政府はベルリン進軍に日和見になった 11月6日にカール ロッソウ ザイサーと民間防衛団体の会合が開かれたが そこでカールたちは 国民的ドイツ政府の樹立が必要だが 各民間国防団体が勝手に戦闘開始してはならない 各派が一致して始めねばならない 成功の見込みがあるなら右翼独裁政府樹立の軍事行動を支持するが たかだか5日 6日で失敗しそうな冒険的一揆は許すわけにはいかない 右翼独裁政府樹立は軍が一致してその政府を支持した時にのみ可能である として 軍の支持を得られるまで当面ベルリン進軍を延期することを通告した しかしベルリン進軍の準備をしていたヒトラーと膨大な動員体制をとって待機を続けていた闘争同盟は限界に達していた これ以上待たされては必要な経費を負担する財力がドイツ闘争連盟にはなかったし 隊員たちもこれ以上待機させておける精神状態ではなかった 133 そこでヒトラー率いるドイツ闘争連盟は州政府を掌握し その上でベルリンに進軍するという中央政権打倒計画を立案した 11月8日 ヒトラーは闘争連盟を率いてカール ロッソウ ザイサーが演説していたビアホール ビュルガーブロイケラー を占拠し カール ロッソウ ザイサーにベルリン進軍への協力を要請し それぞれにポストを示したが 三人は首を縦に振らなかった しかしその後に駆け付けた エーリヒ ルーデンドルフ 将軍が説得にあると三巨頭はベルリン進軍への協力を約束した 134 しかしヒトラーが後をルーデンドルフに任せてビュルガーブロイケラーを離れた隙 カールらはルーデンドルフの許可を得てビュルガーブロイケラーを出 ドイツ闘争連盟の鎮圧に乗りだした 11月9日 ヒトラーとルーデンドルフと闘争連盟は市の中心部にあるオデオン広場に向けてデモを行い 2000 3000人がこれに従ったが 同広場の入口で警察隊に銃撃されて デモは壊滅した 首謀者ヒトラーを初め 参加した党員らは逮捕され 国内に残った幹部は アルフレート ローゼンベルク などわずかなものになった ナチ党と突撃隊は非合法化され 一時解散することになった しかしその後の裁判はヒトラーの独演会と化し かえってヒトラーと党の名声は高まることとなった 135 ヒトラーは ランツベルク刑務所 で城塞禁固刑を受けることになるが 彼のもとには差し入れが相次いだ その後も反共和政の気運の高まりは衰えることはなく ナチ党のいくつかの偽装団体が活動を続けた 非合法時代 編集 ナチ党はバイエルンでは1923年11月9日 中央では11月23日に禁止された 136 また突撃隊も禁止されたが レームがドイツ闘争連盟の隊員を結集して フロントリンク frontring という組織を結成した 1924年8月28日に同組織は フロントバン ドイツ語版 と改称された ヒトラーが指名した運動の指導者はローゼンベルクであったが 彼は指導力に乏しく 分派争いがひどくなった 党内左派の中心人物である グレゴール シュトラッサー はヒトラー無き党内で勢力を拡大した ルーデンドルフを担ぐ ドイツ民族自由党 と共同して 国民社会主義自由運動 を結成した ヒトラーの指名した代理はローゼンベルクであったが 彼はヒトラーの意を汲んで旧ナチ党勢力とドイツ民族自由党の合同を半年の期限付きにすることを提案したため ルーデンドルフ将軍に睨まれて退けられた 137 国民社会主義運動の日常の活動はシュトラッサーとフロントバン指導者 エルンスト レーム によって指導された 138 国家社会主義自由運動は 1924年5月の選挙 で32議席を獲得した シュトラッサーは共産主義に対抗するためには 統制経済 が必要と考えており 合法的な政権交代に路線転換し 既存勢力 産業界 軍部 貴族階級 との融和を考えたヒトラーとの間に溝を深めることになる ヨーゼフ ゲッベルス はこの頃にシュトラッサーの秘書として党活動を始め 彼の有力な腹心となった 同年12月の選挙 では 国民社会主義自由運動の議席は14議席に減少し これまでナチ党と密接な関係を持っていたルーデンドルフとの関係も悪化した 党勢の拡大 編集 ヒトラーとヘス シュトラッサー ヒムラー ザロモン 1927年 1924年12月20日 ヒトラーが監獄から釈放され 投獄を免れた幹部も恩赦を受け帰国していた 1925年 1月4日にはバイエルン州首相 ハインリヒ ヘルト とヒトラーの会見が行われ 2月16日には再結成が許可された ヘルトはヒトラーの恭順姿勢に この野獣は飼いならされた もう鎖を解いてやっても心配ないだろう と感じた 139 1925年2月27日に ビュルガーブロイケラー においてナチ党再結党大会が開催された 大会には党関係者の他 一般聴衆も加わって参加者はおよそ3000人に及んだという 140 フロントバンの大半もナチ党に合流し 再結成後のナチ党は合法活動による政権獲得を主軸として行うこととなる しかし2月27日に行われた再結成党集会には四千人が集まるなど影響力は強いことが明らかとなり 州政府から一年間の演説禁止措置を受けた 1925年3月29日の大統領選挙の第一次選挙にはルーデンドルフが出馬し ナチ党も彼を支持したが 得票率1パーセントの泡沫候補で終わり ルーデンドルフは政治生命を失った 141 4月中旬 レームはヒトラーと会談し 再建される突撃隊をナチ党から自立した国防団体 国軍補助兵力 にすることを要求したが ヒトラーはこれを拒否した この決裂でレームは突撃隊司令官もフロントバン司令官も辞し 政界引退を表明した その後軍事顧問として南米へ渡っていった 142 7月18日にはヒトラーの初の著書 我が闘争 が発売された 高い値段設定にもかかわらず1万部を売るなど順調な売り上げであった すでにヒトラーとナチ党はドイツ全体に知られた存在であり バイエルン州以外でも支持が広がりつつあった しかし レンテンマルク の導入によるインフレの沈静化と ドーズ案 受け入れによる好景気は極右勢力全体への支持を減少させていった 一方で北部を管轄していたシュトラッサーは労働者に対して呼びかけることで党員を増やし 勢力を拡大していった 8月21日にはシュトラッサーらが 国民社会主義通信 という独自の新聞の発刊を行い 独自活動を始めていた 9月21日 再結成された突撃隊の下部組織として 親衛隊 が設立された 当初はヒトラーのボディーガードであったが 次第に党内警察としての立場を固めていくことになる 1926年 シュトラッサーは当時問題となっていた旧ドイツ帝国諸邦王室の財産没収を支持し 企業の国営化を進める 領土回復のためのソ連との連携など 左派色の強い綱領改定案を呈示した しかし 富裕層からの政治献金が無視できない額となっており またソ連と組む案はヒトラーにとって受け入れられる案ではなかった ヒトラーは 2月14日 に バンベルク で招集された バンベルク会議 において 25ヶ条綱領を不変の綱領とし 指導者原理 による指導者への絶対服従を認めさせた シュトラッサーは屈服したが 全国組織指導者に任じられ 独自の出版社運営を認める懐柔も行われた しかしシュトラッサーの右腕であったゲッベルスがヒトラーに懐柔され シュトラッサーの勢力は縮小した 7月3日には ヴァイマル で 党大会 が開かれた この大会でヒトラー ユーゲントなど各種団体の成立 そして突撃隊の再結成が行われた この年の暮れには党員が5万名に達していたとされるが フランツ クサーヴァー シュヴァルツ が党員番号を通し番号にして脱退者数をわからなくしたために 実際の党員がどの程度であったかはわかっていない 143 1927年 も好景気の影響でナチ党の活動は停滞し 資金難で党大会や集会が中止される事もあった 1928年 5月20日 ナチス党として初めての国政選挙 に挑んだが 12人の当選に留まった しかしその後のドイツ経済の悪化と ヴェルサイユ条約の賠償金支払い方法として ヤング案 が合意されるとドイツ国民の反発を呼び 極右と極左 特にナチス党は支持を集めていく事になる 1930年 ナチス党の伸長を恐れた ブリューニング 内閣は政治団体構成員が公の場で制服を着用することを禁じた これは事実上の突撃隊禁止命令であったが 同年9月の選挙 では107議席を獲得し 第二党に躍進した 政府側からはナチ党の取り込みを図る動きもあったが ヒトラーの首相就任を求めるナチ党は協力しなかった この後ナチ党は 中央党 ドイツ国家人民党 とともに ハルツブルク戦線 という連合を組み ブリューニング内閣への攻撃を強めた しかし躍進はしても末端の突撃隊員には恩恵が及ばず 1931年3月には東部ベルリン突撃隊指導者 ヴァルター シュテンネス 大尉が公然と党中央を批判し 突撃隊と親衛隊の間で衝突が起こるようになった ヒトラーは南米からレームを召還して突撃隊の鎮撫に当たらせたが 突撃隊の独自傾向は強まるばかりであった 1932年4月には 大統領選挙 が行われ ヒトラーが大統領候補として出馬した 現大統領の パウル フォン ヒンデンブルク が圧倒的な票を集めて勝利したものの ヒトラーも30 以上の票を集めた ブリューニング内閣は倒れ 大統領の側近であった シュライヒャー 中将の策謀により パーペン 内閣が成立した 7月の選挙 でナチ党は全584議席中230議席 注釈 4 を獲得し ついに第一党の座を占めた パーペンはナチス党と協力して議会運営を行おうとするが 首相の座にこだわるヒトラーは拒絶した しかもヒトラーは首相の座に加え 全権委任を要求した 翌年3月に 全権委任法 として現実の物となる ヒトラーの要求はヒンデンブルクやパーペンにとって とうてい呑める要求ではなかった さらにナチ党提出による内閣不信任案が可決され 進退窮まったパーペン首相は 11月に再度選挙 を行った 選挙の結果 ナチ党は34議席を失ったが 引き続き第一党の座を占め続けた ナチス党の得票数の変化 投票年月日 得票数 得票率 当選数 1928年5月20日 810 000 2 6 12人 1930年9月14日 6 410 000 18 3 107人 1932年7月31日 13 750 000 37 3 230人 1932年11月6日 11 740 000 33 1 196人 1933年3月5日 17 280 000 43 9 288人 1933年11月12日 39 655 288 92 2 661人 1936年3月29日 44 462 458 98 8 741人 1938年4月10日 44 451 092 99 5 813人 ドイツ国会 選挙の当選者数 1920 1938 国会の政党 1920年6月6日 1924年5月4日 1924年12月7日 1928年5月20日 1930年9月14日 1932年7月31日 1932年11月6日 1933年3月5日 1933年11月12日 1936年3月29日 1938年4月10日 共産党 kpd 4 62 45 54 77 89 100 81 2 禁止 4 ドイツ社会民主党 spd 102 100 131 153 143 133 121 120 禁止 4 カトリック中央党 1 65 81 88 78 87 97 90 93 解散 4 ドイツ国家人民党 dnvp 71 95 103 73 41 37 52 52 3 解散 4 国民社会主義ドイツ労働者党 nsdap 12 107 230 196 288 3 661 741 813 その他の政党 98 92 73 121 122 22 35 23 4 1 保守的なカトリック政党である バイエルン人民党 bvp を含む 2 共産党議員は全員が逮捕 逃亡などで登院することが出来ず 彼らの議席は無効化された 選挙後の3月31日に正式に禁止され 共産党の81議席は消滅することとされた 3 ナチ党は288議席 得票率43 9 で単独過半数に至らなかったが 国家人民党 52議席 との連立で計340議席となり半数を超えた 更に上記 2 の81議席を計算から除外することで単独過半数となった 4 共産党は3月31日 社会民主党は6月22日に禁止され 地下活動および亡命を余儀なくされた 国家人民党は6月27日 中央党は7月3日に 自己解散 している 7月14日の政党新設禁止法により ナチ党以外の政党の存在は禁止された 出典 political parties in the reichstag 英語 das deutsche reich reichstagswahlen 1919 1933 ドイツ語 wahlen in der weimarer republik ドイツ語 the german revolution 1918 1919 ドイツ語 ナチ党による権力掌握 編集 詳細は ナチ党の権力掌握 ヒトラー内閣 および 長いナイフの夜 を参照 ヒトラー内閣成立を祝って松明行進を行う突撃隊 1933年1月30日 11月の選挙の結果をうけてパーペン内閣は倒れた しかしナチ党も絶対多数を確保出来ず 指名権を持つヒンデンブルク大統領がヒトラーを個人的に嫌っていたため ヒトラー組閣は困難であった その政治的空白を縫って シュライヒャーが新首相となった シュライヒャー首相は入閣を餌に組織局長シュトラッサーの切り崩しを図ったが失敗し ヒンデンブルク大統領の信任も失った この間に ヒトラーはヒンデンブルクの息子 オスカー と大統領官房長 オットー マイスナー を味方に引き入れた 彼らの説得を受けてヒンデンブルクはついにヒトラーを首相に任命し 1933年 1月30日 に ヒトラー内閣 が発足した 発足当時 入閣したナチ党員はヒトラーを含めて3名であり 副首相パーペンを代表とする保守派はヒトラーを制御出来ると考えていた しかし プロイセン州 内相に就任した ゲーリング が国土の過半数以上を占めるプロイセン州の警察権力を握り 突撃隊や親衛隊が警察権力に浸透していった 組閣後まもなく議会は解散され 選挙運動が始まった しかし2月に 国会議事堂放火事件 が起こり これを共産党の陰謀と見なして緊急大統領令を布告 共産党幹部を逮捕した 当時の法律では国会議員の逮捕は禁じられていたが 憲法第48条の緊急大統領令がこれを許した 選挙の結果 ナチ党が勝利したことが明らかになると 党がドイツ民族を指導する体制が承認された として 党による独裁を強化した プロイセン州 国家代理官のゲーリングを始めとする各地方の党員は 鉤十字 の党旗を地方官公庁の建物に掲揚させた さらにヒトラーは3月23日に 全権委任法 を国会承認させ 立法権 を国会からヒトラー政権に委譲させた 国会に突撃隊を集め 実力行使もちらつかせる中 議員の2 3以上の賛成を得て採決されたものであった 52 この法律は時限立法でこそあったが どんな法律も議会の審議を経ないで政府が制定できることを意味していた 既存の政党は次々と解散し 7月には政党禁止法によりナチ党以外の政党は禁止された また これに前後して ヴァイマル憲法 に定められた 基本的人権 や労働者の権利のほとんどは停止された 11月には 国会選挙 が行われ 国会議員はナチス党員のみとなった 12月には国家と党の不可分な一体化が定められたが 1942年にこの条文は削除されている 145 党による全国支配 編集 詳細は 強制的同一化 を参照 1933年4月7日 州政府にナチ党幹部が 国家代理官 として送り込み 民主主義的な地方自治を停止させた 1933年5月 ヒルシュフェルトの性科学研究所が破壊され 数万冊の蔵書が燃やされたが 有名なナチスの焚書について一般に紹介される映像がこのときのものである 52 1934年6月30日 第二革命を主張する 突撃隊 参謀長 レーム など党内外の政敵を一斉に粛清 長いナイフの夜 し 独裁権力は確実なものとなった ヴァイマル共和国軍 や 資本家 とも連携し 国内の反対派は息を潜めた 8月にはヒンデンブルク大統領死亡にともなって...
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