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現地の政治体制や軍事利用の問題を無視すれば, 意図せず加害者を利する可能性があるという, 国際援助が抱える複雑な倫理的問題を浮き彫りにした, 国境なき医師団, u2を取り巻く環境も変わった, 狭いツアーバスの中で何時間も過ごしたり, 一般の旅客機に乗ったりする日々は終わり, 4発エンジンを搭載した旧式のヴィッカース, バイカウントを専用機として使用するようになった, 空港からホテルまでは運転手付きのリムジンに乗り, 宿泊に利用するホテルも, ニューヨークのパーカー, メリディアン, フィラデルフィアのハーシー, クリーブランド中心街のストーファーズ, スクエアなどの高級ホテルばかりとなった, この頃のシャロームの信者は60人ほどで, ポートレインの海岸沿いにキャバンを何台も止め, 活動拠点としていた, その集会では, 信者たちは聖霊に身を委ね, 早口で異言を語り, 恍惚状態で泣きわめていた, 中には気を失う者までいたという, ダブリン県, この話は通説となっている, しかし当時, この話を信じる人はほとんどおらず, 単にボノが歌詞を書きあぐねているだけと考えられていた, 2004年にそのブリーフケースが発見されたが, そこに書かれていたのは, 候補となる曲名とステージでの曲紹介を書き留めたリストにすぎなかった, 1980年代から1990年代にかけて, 不景気を理由に多くのアイルランド人が祖国を後にして, アメリカに移住した, やがてu2は彼らにとってアイルランドへの帰属意識を思い起こさせるバンドになったとも指摘されている, 1980年代末, アイルランド人シンガーソングライター, フライト, アールズ, flight, earls, という歌を発表した, その歌には, 僕たちが恐れているのは仕事ではない, まっとうな仕事なら嫌ではない, いつかまた, すべてが良くなると分かっている, 何度でも別れを告げよう, 僕たちにはボノとu2がいる, 足りないのはギネスと雨だけだ, という歌詞があった, この歌はアメリカのアイルランド人コミュニティでよく聞かれた, 1988年に, がカバーしたヴァージョンはアイルランドで大ヒットし, チャートで1位を獲得した, u2の, に首位を奪われた, パディ, リアム, 初期のu2において, バンドを強力に牽引していたのはフロントマンであるボノの圧倒的な熱量とカリスマ性であった, パブでの小規模なライブの時点から, 彼はステージ上でひざまずいたりバーの椅子に飛び乗ったりと, 非常に演劇的なパフォーマンスを展開していた, 当時の関係者たちは, 何よりもボノのエレクトリックなパフォーマンスに心を奪われた, エッジの流麗なギターとボノの情熱的な声, そしてステージでの存在感が合わさることで, すべてを切り裂くようなインパクトを与えていた, と証言している, しかし一方で, ボノのその過剰な熱量は宗教的な言動にも結びつき, バンドの周囲に大きな困惑と軋轢を生み出していた, ボノらメンバー3人はキリスト教の信仰集団, に深く傾倒しており, 彼らが, アゲイン, クリスチャン, になったという噂は, ダブリンの音楽シーンに, 軽い苛立ちと困惑, をもたらした, 音楽誌, sounds, のジャーナリストに対してボノが公然と, 自分はクリスチャンだ, と宣言した際, 記者は, 冗談じゃない, と呆れ返ったという, ライブでのカリスマ性は時として, ステージがかった, 救世主, メシア, のような振る舞い, として受け取られ, これに嫌気がさした同記者がu2を取材対象から外すという事態まで引き起こしている, ロンドンの音楽ジャーナリストであるパオロ, ヒューイットによる当時のu2評, 当時は, 緊張感のあるグループがたくさんいて, 世の中にあまり喜びがなかった, のようなバンドが活動していた, かなり陰鬱な時代で, 知的な側面が重視されていた, のシーンもあったけれど, そこには右翼的なスキンヘッドの動きが深く入り込んでいた, とても陽気な音楽である2トーンでさえ, かなり政治的なものになっていた, をエレクトリック, ボールルームへ見に行ったことがあるけれど, そこには2000人ものスキンヘッドがいて, こちらの血を求めるように叫んでいた, そんなところへu2が登場した, 彼らには情熱があり, 推進力があり, 明るく前向きで, しかもボーカリストが実際に歌おうとしていた, 当時は誰もほとんど歌っていなくて, ただぼそぼそとつぶやいているような状態だった, エッジの流動的なギター, サウンドと, ボノの情熱的な歌声, そしてステージ上での存在感が組み合わさって, すごい, と思わせた, すべてを突き抜けていたんだ, マッドネス, 2トーン, コムサット, エンジェルズ, 2001年9月1日, ツアーのスレーン城公演で, ロンドンへ渡ってレコード契約を獲得するため, 父親に500ポンドを借りたことを語った, マレンの父親, エッジの両親, アダムの家族からも, それぞれ500ポンドの援助を受けたことに感謝を述べた, とはいえ, 当時のアイルランドの音楽シーンのレベルは低かった, インディーズ, レーベルの先駆けであったる, の創設者, ロビンソンは, u2のデモ, テープを聴いた時の感想を以下のように述べている, 彼らは, 似非パンク, バンドみたいだった, ものすごくアイルランド的だった, アイルランドでは, イギリスやアメリカのポップ, チャートを盲目的に追いかけ, 演奏できるライブもほとんどなく, それでいてかなり早い段階からテレビに出演できてしまうから, バンドはあまり成長しなかった, 音楽を深く掘り下げる必要がなかったんだ, トップに立つには並外れて優れていなければならない, というような状況ではなかった, ミルクのてっぺん, まで行くのに必要だったのは, ただクリーミーであることだったんだ, バンド活動に一番熱心だったのは, アッパーミドルクラスから落ちこぼれそうになっていたアダム, クレイトンで, それにボノとエッジが引きずれらるように本気になっていった, 高校卒業後, 石油探査会社のバイク便の仕事に就いて安定収入を得ていたラリーは, バンドの行く末に懐疑的だった, 当時のラリーはドラマーとしての技術が稚拙で, バンドはラリーを解雇することを本気で考えていた, ラリーの母親が交通事故で亡くなったことにより, この話は立ち消えになった, u2が飛躍するきっかけとなった出来事だが, コンテストに出場したフラン, ケネディという人物は, 正直言って彼らが勝ったとき, みんな唖然としました, だって本当にひどかったんだから, ボノの声がやたらでかくて耳障りだったことは覚えています, 金属ボタンと肩章のついたダブルのジャケットを着ていたかな, 彼らの出す音はまったくお話にならないと僕らは心から思いました, 基本的なことしかできないミュージシャンで, 楽器をあまり上手に弾けなかった, 当時は初心者に毛が生えた程度でした, と後に回想している, コンテストの審査員は, cbsアイルランドのマーケティング, マネージャー, ジャッキー, ヘイデン, rteテレビのビリー, ウォールで, ウォールは他のバンドには目もくれず, u2だけと接触していたのだという, 他の参加者はこのコンテストの結果に縁故主義の臭いを嗅ぎ取っていた, 多くのu2関連本には, この時のライブが生徒に大いに受けたと記述されているが, 音が大きく, 何の曲なのかほとんど分からないような代物だった, 生徒たちの大半は困惑したような顔で眺めるか, 耳を塞いでいた, と記され, 早く終わってほしいと思っていた, 別のグループも演奏したんだけど, 私はそっちのほうが好きだった, という生徒の声が紹介されている, 脚注の使い方, 12月5日, 221, アーティスト側の都合により, 11月に延期, 横浜国際総合競技場, 4月4日, 大阪ドーム, 3月11日, 3月5日, 12月10日, 12月9日, 220, 大阪城ホール, 11月28日, 11月25日, 横浜アリーナ, love, comes, town, 219, 中野サンプラザ, 東京厚生年金会館, 11月27日, 渋谷公会堂, 瀬戸市文化センター, 愛知県, フェスティバルホール, 11月22日, 218, 217, 第71回ゴールデングローブ賞, アワード2012, qアワード2011, 特別アクト賞, 216, 2011年, 第19回ワールド, 2007年, 良心の大使賞, 214, 第48回グラミー賞, ドロー, ボックススコア, 第17回, 最優秀ショート, 第47回グラミー賞, 2005, nrj, 功労賞, 第31回, フェイバリット, ピープルズ, 212, 第60回ゴールデングローブ賞, 2003年, インターネット, 最優秀ポップ, パフォーマンス賞デュオ, 第44回グラミー賞, ヴァンガード, 第43回グラミー賞, アウトスタンディング, コントリビューション, 最優秀ロング, シドニー, 第37回グラミー賞, 第35回グラミー賞, スペシャル, エフェクツ, フィルム, 第31回グラミー賞, 約束の地, 第2回, フォーク, 209, 日本ゴールドディスク大賞, 第30回グラミー賞, u218, singles, blood, sky, rattle, hum, unforgettable, october, メンバー間の利益の均等分配, 原盤の権利管理, 独自のマネジメント体制, 大規模な世界ツアーの運営などを通じて, 活動に対する経済的, 芸術的な主導権を確保してきた, レコード会社との大型契約, appleやライブ, ネイションとの提携, 音楽出版事業の国際化など, その事業活動は音楽産業にも影響を与えた一方
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イランド インタースコープ cbsアイルランド ユニバーサルミュージック 公式サイト u2公式サイト メンバー ボノ ジ エッジ アダム クレイトン ラリー マレン ジュニア 旧メンバー ディック エヴァンス イヴァン マコーミック youtube チャンネル u2 活動期間 2006年 ジャンル 音楽 登録者数 337万人 総再生回数 34億4979万9567回 チャンネル登録者数 総再生回数は 000000002026 08 25 0000 2026年8月25日 時点 u2 ユーツー は アイルランド の首都 ダブリン 出身のロック バンド 1976年に結成され ボノ ボーカル ギター ジ エッジ ギター キーボード ボーカル アダム クレイトン ベース ラリー マレン ジュニア ドラムス の4人で構成される 結成以来一度もメンバーの変更を行うことなく活動を続けており 全世界でのアルバム総売上は1億7000万枚を超え ポピュラー音楽の歴史上最も成功したロック バンドの一つとして広く認知されている 6 初期の ポスト パンク をルーツとした原初的なサウンドから出発し ボノの情熱的なボーカルと政治的 社会的メッセージを込めた歌詞 そしてエッジのディレイ エフェクトを多用した空間的で浮遊感のあるギター サウンドを特徴として独自の音楽性を確立した アメリカン ルーツ ミュージックに接近した1987年のアルバム ヨシュア トゥリー の空前の大成功によって世界的スタジアム バンドの地位を不動のものとし 続く1990年代には アクトン ベイビー に代表される インダストリアル やダンス ミュージックを取り入れた前衛的なアプローチで大胆な自己革新を遂げた 以降も 1980年代から2010年代まで4つの年代 ディケイド 連続で全米アルバムチャート1位を獲得するなど 時代に合わせてサウンドとイメージを更新し続けている 巨大なスクリーンや先鋭的なテクノロジーを用いたライブ パフォーマンスの先駆者としても知られ メディアを風刺したzoo tv ツアーや 音楽史上屈指の興行収入を記録したu2 360 ツアー 巨大な球体型アリーナの スフィア での常設公演など 常にライブ エンターテインメントの最前線を切り拓いてきた また 音楽活動と並行して社会課題にも深く関与しており アムネスティ インターナショナル のツアーや ライブ エイド への参加をはじめ ジュビリー2000 one campaign アフリカの 後天性免疫不全症候群 aids 対策プログラム支援ブランド red などボノを中心としたアフリカの貧困撲滅やエイズ対策などの人道支援 平和活動は国際的に高く評価されている 7 8 9 これまでに グラミー賞 をロック バンドとしては史上最多となる計22回受賞しており 10 2005年には資格取得初年度で ロックの殿堂 入りを果たした 11 ローリング ストーン 誌が選ぶ 歴史上最も偉大な100組のアーティスト 第22位 12 メンバー 編集 シドニー公演にて 2019年 左からジ エッジ ボノ クレイトン マレン 現メンバー ボノ bono ボーカル ハーモニカ 1976年 ギター 1976年 2014年 ジ エッジ the edge ギター 鍵盤楽器 バッキング ボーカル 1976年 アダム クレイトン adam clayton ベース 1976年 ラリー マレン ジュニア larry mullen jr ドラムス パーカッション 1976年 ツアー メンバー テリー ローレス terry lawless キーボード 2001年 13 ブラム ファン デン バーグ bram van den berg ドラムス パーカッション 2023年 2024年 14 旧メンバー ディック エヴァンス dik evans ギター 1976年 1978年 イヴァン マコーミック ivan mccormick ギター 1976年 タイムライン 編集 来歴 編集 バンド結成前 編集 u2以前のアイルランドの音楽状況 編集 ヴァン モリソン ロリー ギャラガー シン リジィ ブームタウン ラッツ u2が登場する以前のアイルランドの音楽シーンは 国際的にはぱっとしないものだった ヴァン モリソン 率いる ゼム が1960年代半ばにイギリスやアメリカでヒットを放ったものの その成功は長続きしなかった ロリー ギャラガー や シン リジィ も世界的な成功とは言い難く ボブ ゲルドフ 率いる ブームタウン ラッツ は ラット トラップ rat trap と 哀愁のマンデイ で 全英シングルチャート 1位を獲得し アイルランドのバンドとして初めて同チャートの首位に立つ快挙を成し遂げたものの その後は勢いを維持できなかった このように 当時はアイルランドのバンドにとって 世界的な成功を収めるのは容易なことではなかった 15 マウント テンプル校での出会い 編集 マウント テンプル スクール u2のメンバーが通っていた マウント テンプル コンプリヘンシブ スクール 英語版 マウント テンプル校 は カトリック 色の強いアイルランドにおいて 国内初の特定の宗教 宗派に属さない画期的な公立の男女共学 中高一貫校として設立された 当時のアイルランドは 1967年に導入された中等教育無償化政策により 貧しい家庭の子供でも大学進学を目指せる教育環境が整いつつあった 16 しかし 同校は学力偏重の学校ではなく アダム クレイトンが寄宿制の名門校 聖コロンバ カレッジ を退学になりこの学校へ転校することになった際 彼の父親は落胆し 息子に対する学業面での期待を半ば諦めていたという 17 のちにu2を結成することになる4人はこの学校で出会い バンドの歩みをスタートさせた メンバー間には年齢差があり 1960年生まれのアダムとボノに対し ジ エッジとラリーは1つ年下 1961年生まれ の学年であった また ポール ヒューソン 後のボノ は のちに妻となる アリソン スチュワート 英語版 アリ ともここで出会っている 彼にとって彼女の存在は 未来そのもの に見えるほどの一目惚れであったという 18 リプトン ヴィレッジ 編集 ボノの由来となった補聴器店bonavox 学校でのポールは非常に目立つ存在であったが 14歳の時に母親を亡くした喪失感から 精神的な拠り所を求める信心深い一面も持ち合わせていた 彼は退屈を紛らわすため 近所の友人たちと リプトン ヴィレッジ lypton village という前衛的なアート グループ あるいはストリート ギャング を結成し 路上パフォーマンスなどを行っていた 彼らの主な関心事は 政治 芸術 セックス そしてロックであった 19 このグループ内では 互いを独特のあだ名 別名 で呼び合うルールがあった ポールは当初 ステインヘグヴァンフイセノーレグバンバンバンバン という奇妙で長大な名前を付けられたが やがて オコンネル ストリートのボノ ヴォクス bono vox of o connell street へと変わり それが ボノ ヴォクス へと縮まり 最終的に単なる ボノ として定着した この名前は ダブリン中心街のオコンネル ストリート付近にあった補聴器店 bonavox ラテン語で 良い声 の意 の看板に由来している 20 また のちにこのグループの 非公式メンバー として出入りするようになったu2の他の3人にもあだ名が付けられた デイヴは当初 インチコア inchicore と呼ばれていたが 後にボノによって エッジ the edge と名付け直された さらにラリーには ジャムジャー jam jar アダムには スパーキー sparky あるいは ミセス バーンズ mrs burns というあだ名が与えられたが この2人のあだ名はバンド内で定着することなく終わった 21 22 やがてリプトン ヴィレッジのメンバーたちは音楽活動を本格化させ ボノを中心とするu2と 幼馴染の ギャヴィン フライデー 英語版 やグッギらが率いる ヴァージン プルーンズ 英語版 の二つのバンドへと分派していくことになった バンド結成からメジャーデビューまで 編集 バンド結成 編集 u2の純粋な動機ばかり着目されるきらいがある けれども俺たちがバンドを始めのは最も不純な動機からなんだぜ 学校にはうんざりしていた 工場でも働きたくなかっし 政府ために働くのもごめんだった 学校の教師にも軍人にも とにかく何にもなりたくなかったんだ ボノ 23 1976年 9月 学校の校内掲示板に 当方 ドラムセットにお金を無駄遣いしてしまいました 僕と同じようにギターにお金を無駄遣いした人はいませんか という一枚の貼り紙が貼られた 24 これを掲示したのはラリー マレン ジュニアであった ロックバンドを結成したがっていた息子を見かねた父親 ラリー マレン シニア の助言によるものだったが ラリー自身は ただ楽しむだけのつもりだった それ以外何のアイデアもなかったし 何も期待していなかった と語っている 25 9月25日 貼り紙を見た生徒たちがラリーの自宅のキッチンにやって来た 顔を見せたのはボノ エッジ エッジの兄のディック アダム その他2人 ピーター マーティンとアイヴァン マコーミック であった ラリーを含めた7人でセッションを行った結果 最終的にボノ エッジ アダム ラリー そしてディックの5人が残り 最初のバンド名は フィードバック feedback に決まった この名前は 当時の彼らが知っていた数少ない音楽用語であったことに加え 初期の未熟なリハーサルにおいてアンプから常にフィードバック ノイズ ハウリング が鳴り響いていたことに由来している 26 そしてこの年の秋 1976年10月頃 学校のカフェテリアで開催されたタレント コンテストに出場し フィードバックとして初めて観客の前に立ってギグを行った この時は マウント テンプル校の生徒ではなかった年長のディックを外した4人での演奏であった 27 彼らが披露したのは ピーター フランプトン の ショー ミー ザ ウェイ や 当時大人気だった ベイ シティ ローラーズ の バイ バイ ベイビー などのカバー曲であった 技術的にはぎこちない演奏だったものの 生徒たちからは大いに受け アンコールまで求められた レパートリーが尽きていたため 再び バイ バイ ベイビー を演奏したというエピソードも残っている この時の観客の熱狂的な反応が大きな転機となり 当初は遊び半分だった彼らもバンド活動に本気で取り組むようになっていった 注釈 1 27 29 パンク ムーブメントと u2 への改名 編集 その後 バンドは練習とギグを繰り返す日々を送った 30 しかし バンドの演奏技術はお世辞にも高いとはいえず 他人の曲を完璧にカバーすることができなかったため やがて自分たちでオリジナルの曲を作るようになった 結果的にこれが功を奏し カバーばかりやっていた他のバンドとは異なり 早いうちに自分たち独自のスタイルを築くことに繋がった 31 ザ クラッシュのダブリン公演の セットリストは覚えていないし 正直 音楽についてもほとんど覚えていない ただ その夜 すべてが変わったことだけは分かっている それはきっと 僕だけではなかった 紀元元年 新しいものに衝撃を受け すべてのものの配置が組み替えられた 翌日 家の小さな部屋に座って窓の外を眺めていると それは明白だった 世界は自分が思っている以上に変えることができる 現実とは 自分がやり通せるものなのだ ボノ 32 やがてアイルランドにも パンク ムーブメント が押し寄せ ラジエーターズ フロム スペース 英語版 アンダートーンズ 英語版 スティッフ リトル フィンガーズ 英語版 などのパンクバンドが現れた 33 34 35 1977年には ナイル ストークス 英語版 がアイルランド初の本格的な大衆向け音楽雑誌 ホット プレス 英語版 を創刊し ロックdjの デイヴ ファニング 英語版 が海賊ラジオ局 ラジオ ダブリン 英語版 で番組を始めた ファニングと ホット プレス のライター ビル グラハム 英語版 はパンクを積極的に支持した 36 夏季休暇中にアダムはロンドンに赴いて本場のパンクを体験し パティ スミス の ホーセス テレヴィジョン の マーキー ムーン ザ クラッシュ の 白い暴動 などのレコードをダブリンに持ち帰った 37 同年10月には u2のメンバーはダブリンでザ クラッシュの公演を観て 大いに刺激を受けた 32 パンク ムーブメントに触発されたボノたちは バンド名をパンク風の ザ ハイプ the hype へと変更した デヴィッド ボウイ の バックバンド の名前に因んで付けたバンド名だった 37 1978年 2月 アイルランド国営放送 rté のプロデューサーの前で 自分たちの曲だと偽って ラモーンズ の glad to see you go を演奏したザ ハイプは 好意的な評価を得て初めてのテレビ出演を果たし オリジナル曲の the fool を演奏した 38 39 その後 ザ ハイプという名前にしっくりきていなかった彼らは 当時マネージャー役だったアダムを通じて ラジエーターズ フロム スペースの元メンバーである スティーヴ アブリル 英語版 後に ボーイ 以降のu2の多くのジャケット デザインを手がける人物 に相談を持ちかけた スティーヴが新バンド名の候補として挙げた6つのリストの中にあったのが u2 であった ボノは 解釈の仕方が無限にある 僕の中ではu2偵察機よりもuボートのイメージだった と語っているが アダム およびスティーヴ の視点はより実用的なもので 文字1個 数字1個だけだからポスターに名前を大きく印刷できるし 普通の会話で使う言葉 you too だから 宣伝文句の中にも滑り込ませやすい というグラフィック デザインおよびマーケティング上の理由から選ばれたものであった 40 41 コンテストでの優勝とポール マクギネスとの出会い 編集 1978年3月18日 u2はlimerick civic week pop 78に出場 street missions life on a distant planet the tv show の3曲を演奏し 36組のバンドとの争いを勝ち抜いて 見事優勝した 賞金は500ポンド 他にトロフィーとcbsアイルランドでデモセッションをする権利を得た そしてこれを機に エッジの兄 ディックは学業に専念するために 正式にバンドを脱退した 注釈 2 43 42 44 45 ポール マクギネス リムリックでの優勝を果たした後 バンドは ホットプレス のライター ビル グラハムと知り合う グラハムは早くからu2の可能性に目をつけ 当時バンドのマネージャー役を務めていたアダムから頼まれて 彼らのリハーサルを見に行った グラハムはそこでu2の可能性を感じ 大学時代からの友人だった ポール マクギネス 英語版 を紹介する マクギネスは当初 彼らの才能には懐疑的だったが 1978年 5月25日 ダブリンのプロジェクト アーツ センターでライブを見たことで 4人の熱意 誠実さ 野心に惹かれ マネージャーを引き受けることになった 46 47 48 その後 マクギネスは単なるマネージャーの域を超え 5人目のu2 と呼ばれるほどバンドにとって不可欠な存在となった 1978年から2013年まで35年間にわたってマネージャーを務め u2が無名の若手バンドから世界的なロック バンドへと成長していく過程を ビジネス面から支え続けた 49 50 レコード デビューとアイランド レコードとの契約 編集 1978年6月 メンバーは全員学校を卒業し それぞれの親から1年の猶予期間を与えられ バンド活動に専念することになった その後 ダブリンを中心に地道にライブを重ね 地元での支持を広げていった 注釈 3 注釈 4 53 54 1979年 u2はcbs recordsのアイルランド支社と契約し 9月2日 3曲入りミニ アルバム スリー をアイルランド限定でリリースした u2にとって最初の商業リリースであった 55 56 同年12月にはイギリス進出を目指して イギリス各地でライブを重ね レコード会社の関係者に自分たちを売り込んでいったが メジャー レコード会社から契約の申し出を受けることはできなかった 注釈 5 59 同年2月には シングル アナザー デイ をリリースしたが チャート入りしなかった そこでu2は 周囲に イギリスツアーは大成功だった と嘘八百を吹聴して回り もはや後がないとばかりにアイルランド国内ツアーへ打って出た 60 1980年2月26日には ダブリンの ナショナル スタジアム 英語版 で 約2000人の観客を動員したライブを成功させた 61 なんてこった これは1980年代の レッド ツェッペリン だ と言った 私は特別なものを見ていると分かっていた 音楽的には 彼らは少し未熟だと感じたが 彼らが自分たちの観客を盛り上げる方法 ボノがそれをうまく処理する方法 私はただ このバンドを手に入れなければならない と思った ビル スチュワート 62 このライブには アイランド レコード のタレント スカウト ビル スチュワートが足を運んでおり その夜 u2はアイランド レコードから契約の申し出を受けた バンドは同年4月にアイランドと契約 契約内容は4年間でアルバム4枚 最初の12か月に少なくとも3枚のシングルとデビュー アルバムを発売するというものだった 63 そして この時期のu2を考えるうえでもう一つ重要なのが メンバー4人の収益を均等に分けるという原則だった マネージャーのマクギネスは ビートルズ やローリング ストーンズのように ソングライティングを担うメンバーとそれ以外のメンバーとの間に収入格差が生じることを避けるため u2に すべてを分ける ことを強く勧めた 実際 u2は最初の契約から4人全員をソングライターとしてクレジットし 収益を均等に分ける方針を採った マクギネスによれば これは 全員が同じ金額を得ることで 意思決定における民主主義を支える という考えに基づくものだった 64 ボーイ アイリッシュ オクトーバー war 闘 1980年 1983年 編集 スティーブ リリーホワイト ボーイ 無垢なデビュー 編集 1980年 5月23日 ジョイ ディヴィジョン を手掛けたことで有名だった マーティン ハネット のプロデュースで アイランドとの契約後初のシングルとなる 11オクロック ティック タック をリリースしたが チャート入りはしなかった 65 ハネットはu2のファースト アルバムもプロデュースする予定だったが 諸事情により実現しなかった 66 67 その代役として白羽の矢が立ったのが ピーター ガブリエル や xtc の作品を手がけて頭角を現していた スティーヴ リリーホワイト だった 68 69 兄貴肌のリリーホワイトは若いメンバーをよく引っ張って レコーディングは順調に進み 同年10月20日 ファースト アルバム ボーイ がリリースされた 本作はイギリスのアルバムチャートで52位を記録し 数か月後にはアメリカのチャートにもランクインし ビルボード200で63位を記録 批評も概ね好評だった 注釈 6 注釈 7 76 1981年5月19日トロント公演 アルバムリリース後 u2はヨーロッパだけでなく アメリカも積極的にツアーで回った ボーイ ツアー 当時のu2はアメリカではまだ無名に近かったが 東海岸や西海岸の大都市だけではなく 中西部まで足を延ばし 地道に各地でライブを重ねていった 77 マクギネスは アメリカで成功するためには短期間のツアーでは不十分で 各地の小さな会場を丹念に回り 時間をかけて観客を開拓する必要があると考えていた この地道な努力が実を結び 後年にはアメリカに確固たるファンベースを築くことになった 注釈 8 79 当時の関係者によれば u2のメンバーは 成功 を非常に真剣に捉えており 出会うすべてのジャーナリストや関係者に対して体系的かつ執拗な売り込みを行い 着実にスターダムへの足場を固めていたのだという 80 ロンドンで迎えたツアー最終日 u2の楽屋に2人の大物ミュージシャンが訪れ バンドを激励した 1人は 1975年の 明日なき暴走 で一躍スターダムにのし上がり 評論家ジョン ランドーから ロックンロールの未来 とまで評された ブルース スプリングスティーン そしてもう1人は ザ フー のギタリストでソングライターでもある ピート タウンゼント だった 81 82 後年 スプリングスティーンは 彼らの音楽は大きくて エコーがかかっていた 彼らの音を初めて聴いた瞬間から 大きな空間で鳴っているところが想像できた 感情も大きかったし アイデアも大きかった と振り返っており u2が将来スターになることを予見していた 83 アイリッシュ オクトーバー 宗教的葛藤と解散の危機 編集 1981年 6月9日 のロンドン公演をもってボーイ ツアーが終了すると u2は前作に引き続きスティーヴ リリーホワイトをプロデューサーに迎え 同年7月からセカンド アルバムのレコーディングに入った 84 しかし ツアー先の ポートランド で ボノが新作用の歌詞やアイデアを記したノート入りのブリーフケースを盗まれてしまい 完成した歌詞が一切ない状態でスタジオ入りを余儀なくされた 注釈 9 さらに ボノ エッジ ラリーの3人が キリスト教信仰とロックバンドのライフスタイルの両立に深く悩み バンド存続の危機に陥っていたことも重なり 制作は極めて難航した 84 それでも困難を乗り越え 同年 10月12日 に2作目のアルバム アイリッシュ オクトーバー のリリースにこぎつけた しかし セールスも批評も前作ほどではなく アイランド レコード社内はu2との契約を打ち切ることが真剣に検討されるほどだった 結局 アイランド レコード創設者 クリス ブラックウェル が首を縦に振らず バンドは首の皮一枚で繋がった 86 しかし オクトーバー ツアー 欧州公演終了後 今度はバンドの解散の危機に陥った 当時 ボノ エッジ ラリーの3人は シャローム shalom というキリスト教のグループに参加していた 注釈 10 バンドが成功し始めた頃 ボノがグループのリーダーに金銭的援助を申し出たところ ロックンロールで得た不浄な金など受け取れない と断られた さらに他のメンバーからも ロックバンドなど辞めてもっと宗教活動に従事すべきだと非難を浴びるようになった ラリーは真っ先にこのグループから距離を置いたが ボノとエッジは精神的に追い詰められ ついにバンドを辞める決意を固めるに至った 88 2人から辞意を告げられたマネージャーのマクギネスは 激しく動揺した しかし彼は すでにツアーは組んである 君たちには バンドのために働いている人々に対して契約を履行する法的 道徳的義務がある 君たちの信じる神は 法 契約 を破れと教えるのか と2人を鋭く問い詰め 説き伏せた この説得に対し エッジも 神が契約不履行を望むはずがない と納得し 辛うじてバンドは解散の危機を乗り越えた その後 ボノとエッジはシャロームを脱退し やがて ロックンロールと信仰の両立は可能である という強い確信に至るようになった 88 war 闘 ニュー イヤーズ デイ のヒット 編集 ボノ 1983年 オクトーバー ツアー中の 1982年 3月22日 にシングル セレブレイション をリリースしたが またしてもヒットしなかった 89 経済的困難から脱するためには ヒット曲が必要と考えるようになったバンドは 三度スティーヴ リリーホワイトを迎えて新作のレコーディングに入り 同年 2月28日 に3作目のアルバム war 闘 をリリースした アルバムはバンド初の 全英アルバムチャート 1位になり アルバム収録曲の ニュー イヤーズ デイ も全英シングルチャートで初のトップ10入り 最高10位 を果たしたほか アメリカのビルボード ホット 100チャートに初めてランクインした 90 91 92 他にもアルバムには 北アイルランド問題 をテーマにした ブラディ サンデー が収録されており u2の代表曲の一つとなった 93 アルバムに伴う ウォー ツアー では u2は北米とヨーロッパを精力的に巡演した なかでも6月5日にアメリカ コロラド州の レッドロックス野外劇場 英語版 で行われた公演は 雨と深い霧に包まれる悪条件のなかでの熱演となり u2のライブ パフォーマンスを象徴する公演として後世まで語り継がれることになった この模様はライブ映像作品 ライブ アット レッド ロックス として記録され 同公演を中心としたライブ音源は 同年11月にライブ ミニ アルバム ブラッド レッド スカイ 四騎 としてリリースれた アルバムは全英アルバム チャート2位 アメリカのビルボード200で28位を記録し u2の国際的な知名度をさらに押し上げた 94 また このツアーでは11月に初来日を果たし 大阪 瀬戸 東京で計6公演を行った 95 日本滞在中には フジテレビ 系音楽番組 夜のヒットスタジオ に出演し ニュー イヤーズ デイ を披露した 11月21日に収録されたとみられるこのテレビ出演では エッジのギターが故障するというハプニングが発生し 彼は同曲のギター パートの大半をピアノで演奏することになった 96 97 焰 ヨシュア トゥリー 魂の叫び 1984年 1989年 編集 焰 新たなサウンドの模索 編集 ブライアン イーノ 左 とダニエル ラノワ 右 u2はデビュー作 ボーイ から3作連続でスティーヴ リリーホワイトをプロデューサーに起用してきたが より新たなサウンドを模索するため 4作目では ブライアン イーノ と ダニエル ラノワ を迎えた 前衛的な音楽活動で知られるイーノの起用には周囲からも懸念の声があり アイランド レコード創設者クリス ブラックウェルも u2のロック サウンドが実験的な作品になることを危惧して反対したとされる 98 当初 イーノ自身もロック バンドのプロデュースに積極的ではなかったが u2の音楽に関心を持つようになり 参加を決めた イーノはラノワを共同プロデューサーとして起用し 2人はu2とともに新たなサウンドの構築に取り組んだ 98 1984年5月 u2はアイルランド ミース県の スレーン城 英語版 でレコーディングを開始し 同年 10月1日 に4作目のアルバム 焰 を発表した 本作では それまでの作品で聴かれたロックやポストパンクを基調としたサウンドから音楽性を広げ シンセサイザーやエフェクト アンビエント的な音響などが取り入れられ u2の音楽的転換を示す作品となった また 本作からは プライド が全英シングルチャート3位のヒットとなり バッド が代表曲の一つとなった 98 1984年から1985年にかけて行われた アンフォゲッタブル ファイアー ツアー は ヨーロッパ 北米 オセアニアを巡り アリーナ規模の公演を中心にu2の国際的な人気をさらに拡大した 1985年4月1日にはニューヨークの マディソン スクエア ガーデン 公演を成功させ アメリカだけで約57万8 000人の観客を動員し 注釈 11 ローリング ストーン は 私たちが選ぶ80年代のバンド our choice band of the 80s という見出しを掲げ 初めてu2を表紙に起用した 100 また u2の5枚のアルバムのうち4枚がビルボード アルバム チャート トップ200にランクインし そのうち3枚は100万枚以上を売り上げた ツアー終了までに u2はアメリカで最大の カルト バンド と呼べる存在となっており その立ち位置は ボーン イン ザ u s a によってスーパースターへと駆け上がる以前のブルース スプリングスティーンにも似ていた 101 チャリティ コンサートへの参加 編集 ライブ エイド この時期 u2の知名度と人気を高めるうえで大きな役割を果たしたのが 自作品のヒットだけでなく チャリティ コンサートなどで披露した精力的なライブ パフォーマンスだった 1984年 末 ボブ ゲルドフが提唱したエチオピア飢餓救済プロジェクト バンド エイド のチャリティ シングル ドゥ ゼイ ノウ イッツ クリスマス 英語版 にボノが参加したことを皮切りに バンドは様々な社会的活動に深く関わるようになった 102 その決定打となったのが 翌 1985年 7月に開催された歴史的チャリティ コンサート ライブ エイド への出演である 103 1985年 7月13日 ウェンブリー スタジアム のステージに立ったu2には 約15分間の出演時間が与えられた u2はウェンブリー公演の最初の出演者で そのため 多くの視聴者がu2の演奏を目にすることになった 104 バンドは ブラディ サンデー に続いて バッド を演奏した しかし演奏中 ボノはステージを降りて観客席のフェンスまで移動し 観客の女性を引き寄せて抱き合いながら踊るというパフォーマンスを披露した これは ボノがブルース スプリングスティーンから拝借した演出で 焰ツアーでもたびたび行っていたものであった このため演奏時間は予定を大幅に超過し 用意していた楽曲をすべて演奏することはできなかった 演奏後 メンバーやマネージャーのポール マクギネスは 限られた出演時間を十分に生かせなかったことを悔やみ ボノもバンドの脱退を考えるまでに精神的に追い詰められた しかし このパフォーマンスはテレビ中継を通じて大きな反響を呼び u2はライブ エイドに出演したアーティストの中でも クイーン と並んで特に印象的なステージを披露したバンドとして注目を集め u2のアルバム セールスは その後数か月で3倍に増加した 注釈 12 103 104 同年 ボノは南アフリカの アパルトヘイト に反対するプロジェクト サン シティ にも参加 105 さらに 1986年 5月には アイルランドの深刻な失業問題に対抗するためのチャリティ イベント セルフ エイド 英語版 にバンドとして出演し 失意の底にあった母国の若者たちを力強い演奏で鼓舞した 注釈 13 107 108 希望の戦略ツアーでポリスと共演するu2 続く同年6月には アムネスティ インターナショナル が主催した全米アリーナ ツアー 希望の戦略 英語版 に ポリス やピーター ガブリエル ルー リード らと共にヘッドライナーとして参加する このツアーの実現にあたっては ボノ自身が他の大物アーティストたちに直接電話をかけて出演交渉に奔走した どのバンドにも自分たちの時代がある 1984年には僕たちが世界最大のバンドだった そして 次はu2の番だと思った 実際 その通りになった 彼らは世界最大のバンドだ 1年後には 彼らが誰か別のバンドに楽器を手渡す番になるだろう スティング 109 ツアー最終公演では 象徴的な出来事が起こった ポリスの素晴らしいステージの最後に 北アイルランド紛争を題材にした インヴィジブル サン が演奏されると u2のメンバーが一人ずつ舞台袖から現れ ポリスの楽器を引き継いでいった ラリーは スチュワート コープランド に代わってドラムを叩き エッジは アンディ サマーズ のギターを アダムはスティングのベースを受け取り 最後にボノがステージ中央へ進んで歌を引き継いだ それは 当時 世界最大のバンド と呼ばれていたポリスから 次の時代を担おうとしていたu2へ 象徴的にバトンが手渡される瞬間となった 109 この全米ツアーは大成功を収め アムネスティの会員数を倍増させただけでなく u2のファン層が 世界に変化をもたらす という新たな政治的 社会的意識を共有していることを証明した 110 これら一連の活動を通して u2は音楽活動と社会的 政治的なメッセージを結びつけるバンドとして広く認知されるようになった ヨシュア トゥリー の頃のu2 ヨシュア トゥリー アメリカへの情景と世界制覇 編集 この時期のもう一つの大きな音楽的変化は バンドがルーツ ロックへと目覚めていったことである u2はパンクやポスト パンクのムーブメントから直接誕生したバンドであり ブルース や カントリー といったロックンロールの伝統的なルーツを通ってきていなかった しかし 1984年のスレイン城でのライブでボブ ディランと共演した際 彼から直接 君たちはもっと音楽のルーツを学ぶべきだ と指摘されたことや その後のサン シティのプロジェクト等で キース リチャーズ ローリング ストーンズ と交流し 彼から古いブルースの魅力を教えられたことが ボノにとって自らの音楽的教養を見直す大きな転機となった 111 また アメリカの伝統音楽に深く惹かれる一方で ボノは自分たち自身の母国のルーツにも目を向けた 1986年には アイルランドの伝統音楽グループである クラナド の楽曲 イン ア ライフタイム にゲストボーカルとして参加 この共演を通じて 彼はアイルランド音楽が持つ特有の哀愁や ケルト的な神秘の響きを深く吸収していった 112 こうしたアメリカン ルーツ ミュージックへの探求と アイルランドの伝統音楽の要素 さらにはアメリカという国が抱える 理想の神話と冷酷な現実 に対するボノの政治的 文学的な関心が一つに結実したのが 1987年 3月9日 に発表された5作目のアルバム ヨシュア トゥリー である 前作に引き続きブライアン イーノとダニエル ラノワをプロデューサーに迎えた本作は 彼らのトレードマークであったヨーロッパ的でアンビエントな音響空間に アメリカ音楽のアーシーな土臭さを見事に融合させた傑作となった 111 ヨシュア トゥリー ツアー コーク パーク 本作は 商業的にも批評的にも空前の成功を収めた イギリスでは発売初週に23万5 000枚を売り上げ 当時のイギリス音楽史上最速で売れたアルバムとなり 全英アルバムチャートで1位を獲得した 113 アメリカでもbillboard 200でu2初の1位を獲得し u2にとって初の全米アルバム チャート首位作となった また 本作に収録された ウィズ オア ウィズアウト ユー 3週連続1位 と アイ スティル ハヴント ファウンド ホワット アイム ルッキング フォー 2週連続1位 がいずれも全米ビルボード ホット 100で1位を獲得し u2にとって初の全米シングル チャート首位曲となった 114 本作はその後も売れ続け 累計売上は2 500万枚以上に達している 115 また u2は タイム 誌の表紙を飾った史上4番目のバンドとなった それ以前に表紙を飾ったのは ビートルズ ザ バンド ザ フー だけだった ある批評家は u2を 60年代の理想主義と70年代後半の音楽的な自由奔放さをつなぎ合わせた 別の時代からやって来た人々 と評した 116 1988年3月2日に開催された第30回グラミー賞では ヨシュア トゥリー が 最優秀アルバム賞 を受賞 さらに 最優秀ロック パフォーマンス デュオ グループ ヴォーカル も受賞し u2はこの2部門で初のグラミー賞を獲得した 最優秀アルバム賞では マイケル ジャクソン の バッド プリンス の サイン オブ ザ タイムズ などを抑えての受賞だった 117 授賞式でボノは これをu2の頂点だとは考えていない これは始まりにすぎない とスピ...
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