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象印製水筒の保温力に驚くアメリカ人続出, 人気記事, 次回更新日は未定です, 次回更新, 1月17日, ゴジラが初めてにこの世界に解き放たれたのは1954年, もう60年以上も昔の話だ, ゴジラは一つのジャンルを作った作品だった, 同じジャンルの他の作品を評価する基準にもなった, 公開当時の時代を反映した作品でありながら, 同時に時代を超えて人々の心をとらえ続ける稀な作品でもある, 数あるゴジラ映画の中でも最高なのが, この初代ゴジラだ, モンスターの全体像を見せるまでにかなりの時間をかけるという手法も興味深く, スピルバーグがジョーズで同じことをやったのは, ゴジラから20年も経った後だ, 今の映画でも, この手法は観客の緊張感と期待を高めるうえで非常に効果がある, 物語を積み重ねた上でようやく登場したゴジラの全体像は, これぞ本物の驚きと言えるものだった, 強烈な印象を残すゴジラだが, 実際にゴジラが登場するシーンの長さは, 映画全体が100分未満であることを考えても, 実はかなり短い, モンスターの存在感を高めるために登場シーンを長くするのではなく, 逆に短く抑えるというやり方は実に面白い, あの時代としては素晴らしい特殊効果でも人々の記憶に残っている, 今日の映画と比べれば時代遅れには違いない, ゴジラは明らかに着ぐるみをつけた人間だし, ミニチュアを使ったセットも, 万人を納得させられるようなものではない, あの時代において印象的なものであったのは確かだ, 製作者たちが試みたのは, 観客が想像力を働かせられる映像を提供することだ, そして結果として, 観客の頭から離れない伝説的な映像が出来上がった, 足りないものを埋め合わせるだけの物語もあった, ゴジラはモンスターが暴れまわる映画であると同時に, 暴走した科学技術と, そこから生まれた結果を描いたものでもある, これはある意味, 映画が製作された時代が反映されたものでもあるのだろう, 第二次大戦末期, アメリカは日本に二発の核兵器を投下した, 通常兵器による大規模な爆撃も行った, まだその余波が残る頃に作られたのだ, 冷戦の初期段階において核実験が繰り返されていた時期でもある, この映画はその時代の感覚が強く感じられるものになった, そして感情を掻き立てる力もある, こうした要素が, 同じジャンルの他の作品から感じられることはほとんどない, この要素のおかげで, ゴジラは驚くほど知的な映画にも感じられる, 同じ1950年代にイギリスのbbcによって制作されたナイジェル, ニール脚本の, にも匹敵するシナリオだ, 両者に何らかの具体的な関係があるとは思っていないが, 世界を襲う恐怖に科学で立ち向かうという点において, 両者のシナリオはかなり似通ったものになっている, ゴジラの基本的なアイデアは, 失われたはずの古代の力が科学の発達によって今の世によみがえり, 現代の世界を恐怖に陥れる, というものだが, これもニールの脚本に極めて近いものを感じる, そして脅威の正体を見極めようと努力する科学者が登場し, 権力者たちと衝突するというのも, を思い起こさせる部分だ, 1950年代のその他のsfには比較的頻繁に登場した要素でもあった, ゴジラほど思慮深い作品になっているものは稀だ, ゴジラは時代を反映した作品でありながら, 同時に時代を超えて鑑賞され得る作品となった, 過去の恐怖が現代に甦るという要素は決して今も色あせていないものだし, 原子力もまだ我々を脅かし続けているではないか, ゴジラにどう対処するかという議論は, ある脅威をストップさせるために, さらに恐ろしい兵器を使うことが正当化されるのかということでもある, これは冷戦時代の軍拡競争を思い起こさせるだけではない, 無人機による戦争行為は許されるのか, 大量監視社会は許されるのか, 結果は手段を正当化できるのか, という現在の我々が抱く根元的な疑問とダイレクトに繋がりを持っているのだ, だからこそ1954年に作られたゴジラは, 公開当時同様, 今も観るべき映画としての価値を持っており, 数多くの続編やリメイクが作られた後でも独創的な映画としての地位を占めているのだ, この映画はとてもよく練り込まれたsf作品であり, 今後数十年は鑑賞し続けられるだろうと思う, 緊迫感があり, よく練り込まれた物語, 授業でゴジラのオリジナルを観ることができて, とっても興奮したよ, 特殊効果が陳腐なものだったと感じたことは認めざるを得ない, 僕が特殊効果について語るのは適切じゃないのかな, 僕は映画学校に通っているから, 最先端技術を駆使した映像を普通の人よりはるかに見慣れている, そんなわけで, ゴジラの特殊効果を安っぽいとか言うのはアンフェアかもしれない, この初代ゴジラは単なるモンスター映画ではなく, ドラマからサスペンスまで幅広いジャンルをカバーしている, トーンは終始一貫して暗く悲劇的だ, そんな中, キャラクターの三角関係は実に効果的な味付けをしてくれている, 全体としても役者たちは内面の葛藤を非常にうまく表現できていた, そしてなんと言っても素晴らしいのは, 今に至るまで続く長いシリーズをここで確立させたということだ, 映像で反核兵器のメッセージを表現できたことも素晴らしい, 今の時代にも十分に通用するメッセージだ, ゴジラは人間の無知と油断を象徴するものだが, そういった意味では, 監督の本多, 猪四郎は本当の意味でのグロテスクなモンスターを作り出してくれたのだと思う, その視点から見ると, 最近の作品に出てくるゴジラは初代ほどには生々しくも感じられないし, 恐ろしくもない, 街を破壊するモンスターを真剣に受け止めようという気持ちになかなかなれない, これほど長い旅を続けて大きな支持を受けているゴジラについて, 僕なんかが批判めいたことを言うのもどうかな, という気持ちがあるのも確かだ, 少なくともオリジナルのゴジラは, 世界で最も認知された日本文化のシンボルだった, その地位に値する存在だとも思う, 改めて, 監督の本多猪四郎は素晴らしい仕事をやってのけたのだと感じる, 最近のゴジラだって, やっぱり最初のゴジラがあってこそだし, ゴジラは後に続く他のsf映画の基礎ともなった, 僕は皆に鑑賞されるべき作品だと思う, 最近のゴジラを観たことのある人は多いだろう, このモンスターがそもそもどこからやってきたのか, どれほど長い道のりを経てここにいるのか, ぜひ自分の目で確かめるべきだ, 嬉しい驚き, この作品は傑作だ, 昔からゴジラシリーズの大ファンで, この初代ゴジラを観たのは12歳くらいのころだったと思う, 心から感銘を受けた最初の作品だった, 周りの友だちは日本について知っているのはポケモンくらい, 観ている映画は普通のハリウッド映画くらいといったものだったんだが, 僕はその時すでに良い映画を見極めるセンスを持っていたわけだ, 最近になってからもう一度ゴジラを鑑賞したけれど, 最初に観た時の強烈な印象は何も失われていなかった, この映画はすべてが完璧だ, まずはあの独特の雰囲気, 映画の出だしは最高のホラー映画としての価値がある, 観客が目にするのは破壊, 苦しみ, そしてこれから何が起こるのか分からないもどかしさだ, 観客は身を乗り出してスクリーンに釘付けにならざるを得ない, そしてゴジラが登場した時の, 背筋が凍るようなあの感覚, この醜い巨大生物は, たとえ外見が似通っていようとも, 平凡なアメリカ映画に出てくるモンスターとは比べ物にならないほど恐ろしい, この映画のもう一つの強みは役者たちの演技だ, 風変わりで孤独な芹沢博士は, 最後には温かい心を持つヒーローとなる, このキャラクターは実に印象的で, 芹沢博士を演じる平田昭彦の演技には心をつかまれた, 最後は泣きそうな気持ちにさせられたものだ, 好奇心旺盛だが頑固者の山根博士を演じる志村喬, そして彼の美しい娘を演じる河内桃子も素晴らしい, これに宝田明が演じる尾形秀人が加わった4人の関係は, とてもうまく描かれている, 彼ら4人を結ぶのは単なる愛と尊敬ではなく, もっとずっと深いものがあるんだろうなと感じさせてくれるんだ, 彼らが登場するのは1時間半ほどに過ぎないが, 同時代の3時間や4時間のハリウッド映画に登場するキャラクターたちよりもよっぽど本物らしくて, 多様で, 強い印象を残してくれる, 日本のほうがはるかに先へ進んでいたようだ, 通常とはだいぶ異なる見せ方ではあるけれど, 日本文化の一端を垣間見せてくれるという意味でも興味深い作品だった, この時代の作品としては特殊効果も優れていたし, それをとらえるカメラワークも実に緻密かつアーティスティックなものだったと思うね, 東京湾に現れたゴジラは電車を破壊し, 送電線を断ち切り, 長い時間をかけて組み立てられたであろうミニチュアの街を一瞬で踏み潰してゆく, 個人的にはゆっくりと倒れていく塔の描写が好きだったが, これらのシーンはどれも強烈に心に残った, 忘れがたさという意味では, 今の技術を使っても, これほどのものを作り出すことは出来ないだろう, 第二次世界大戦の直後で戦争の記憶が生々しく残っていた頃だったからこそ, こんなマジックを生み出せたのかもしれない, サウンドトラックも忘れちゃいけない, 暗く不気味な音楽だけど, 同時に堂々としていて, どこか威厳のようなものを感じるメロディでもある, 一度聞いたら耳から離れない, 何十年もの間, 繰り返し繰り返し使われ続けてきたんだろう, モンスターの叫び声も, 同じように耳に残り続けている, この作品は四部構成になっていて, 互いのバランスも良い, 最初は大惨事を扱うホラー映画として始まり, 続いて科学と政治を扱うシリアスなドラマになり, 次には凄まじい破壊が描かれる, そして最後は人間性と哲学的なメッセージで締めくくられるわけだ, 4つの素晴らしい映画を1つにまとめたこの傑作には, 退屈する瞬間がない, 僕は毎月観続けることだってできる, まだ観たことがない人はぜひ観るべきだね, あなたの傑作リストに新たな一本が加わることは確実なんだから, 圧倒的な日本映画, 1933年の, キングコング, と共に, このオリジナルの, も最も重要なモンスター映画だ, すべての映画愛好家が少なくとも一度は鑑賞するべきと思える数少ないホラー映画でもある, なぜかって, この映画には安っぽいモンスター映画をはるかに超えるものがあるからに決まっているだろう, この映画は黙示録さながらの暗いsfの形を取りながら, 核と新たな兵器への恐れが表現されているんだ, と言っても, 私としてはゴジラの裏側に隠された深い意味に入り込むつもりはない, 一番大事なのは, 体にアドレナリンが駆け巡る圧倒的なアクションシーンを鑑賞することなんだから, 理論武装をしてから観る必要なんて一切なしだ, 私がこの映画を深く愛する多くの理由の一つ, キングコングにも共通している, 我々が見たくてたまらない巨大モンスターを目にするまで, 長々と退屈なスピーチを聞かされたりして延々と待つ必要がないからなんだ, ゴジラの記念すべき初登場は, 映画開始からたったの20分後だ, そこから楽しくも忙しい狂乱のモンスター, パーティが始まるぞ, 最初はちょっと不満を感じるだろう, ゴジラは海から来ることになっているので, 最初の舞台は島だからだ, だが安心してもらいたい, ゴジラはすぐに大都市東京へ向かってくれる, ヤツはあの圧倒的パワーと放射熱線で東京を破壊したくてたまらないからだ, そしてゴジラは期待通り日本の首都, 東京で思う存分暴れまわってくれる, 建物を破壊し, 街を火の海にする姿は実に印象に残る, まさに伝説的なレベルだ, モンスターのコスチュームを身に着けた役者は非常に良い仕事をしてくれた, 個人的にはコンピュータで作られた特殊効果よりずっと好ましい, 注意深く再現されたであろう東京のミニチュアセットにも魅力がある, そしてあの力強い音楽も忘れちゃいけない, あのおかげで, ゴジラの恐ろしさも一層引き立つというものだ, スタッフたちはみんな最高だ, ゴジラには山のように続編があるが, それも初代のゴジラがあれほど素晴らしい作品だったからこそだ, それらの続編も観ていくつもりだが, どの程度期待していいかは分からない, 初代ゴジラの半分くらいの出来であってくれたなら, 十分満足できるんだが, 巨大な傑作だ, これは私が映画業界で働くきっかけを作ってくれた映画だ, 鑑賞した当時の幼かった私にとっては, 過去最高の映画だった, 何度も何度も繰り返し観たものだ, そびえ立つような巨大な怪物に怖れを抱きながら, 同時に強く惹きつけられた, 心底恐れを感じ, 憂鬱にさせられながら, 熱くさせられもした, とにかく私の感情は激しく揺さぶられたのだ, ゴジラの登場する悪夢を何度か見ることになってしまったものだが, 同時にこの映画のすべてを愛してもいた, 後になってゴジラには続編があり, 何本もの作品があることを知った時には狂喜したものだ, 今でも, スクリーンに登場するこの, ビッグg, のことはずっと愛している, ただし子供時代の私は, この作品の本当のメッセージは理解していなかった, 成長するにつれ, ゴジラが放射熱線を吐く単なる巨大モンスターでないことに気づいていった, ゴジラは戦争の象徴だったのだ, このモンスターを生み出したのは我々であり, 我々を破壊していたのは, 実は我々自身だった, そのことに気づいた時, ゴジラは私にとって真の傑作になった, 最も重要な映画, 次回更新日時を変更しました, 長らく更新をお休みしていましたが, また再開いたします, 更新休止中にも見に来て下さった方, メッセージを下さった方, どうもありがとうございます, またご覧頂ければ幸いです, 1954年, と言えば, 説明は不要でしょう, 1954年の公開以降, 国内外で計30本以上の続編があり, 今年になってからも海外版の, キング, モンスターズ, が公開されて人気を集めているのですからね, 海外にも強い支持者を持つこのシリーズ, に投稿された初代ゴジラのレビュー, 投票数, 416件, 平均点, 10点満点中7, を翻訳して, 海外ゴジラファンの声をお届けいたします, 四週間後の金曜日, 2月14日, 私はもう5回かそれ以上, この映画を観たと思う, その理由は簡単で, 黒澤明, 小津安二郎, 溝口健二という三人の監督の作品スタイルをたった二時間で全て味わうことができるからだ, 彼ら過去の偉大な三監督のスタイルを, 山田洋次というもう一人の偉大な監督のレンズを通して鑑賞できる, そして山田監督が我々に見せてくれるのは, 価値ある人の生き方だ, シンプルで決して野心的ではないが, 永遠に心に残る作品かもしれない, この映画のセットは黒澤の, に近いように思える, これはあくまで背景の話だ, そして主人公の侍, 清兵衛も, の三十郎と同様に孤立した存在ではあるが, 一つ違いがある, 彼には家族がいるのだ, この侍は妻を病気で失い, 一家は貧しく, 二人の幼い娘を育て, 高齢の母親の面倒も見なければならない, こうした要素は小津安二郎が好みそうだ, 他にもこの, では女性の登場人物が重要な役割を果たすのだが, それはまるで溝口健二の比較的初期の作品, 浪華悲歌, 祇園の姉妹, のようだ, 我らのヒーロー清兵衛は, かつての幼馴染であり, 前の夫と離婚した朋江に愛情を感じていくのだが, その描写はどうしても溝口を思い起こさざるを得ないし, 七人の侍で描かれていた若き侍と村娘との恋愛のような雰囲気もかすかに感じる, 朋江の振る舞いには小津作品に登場する多くの女性, 東京物語, の紀子, のように母親的な優しさが見える, 物語の進め方は実に見事だから, 我々は主要な登場人物の思いを自分のことのように感じられる, 主人公の抱く不安も彼の抱えた義務の重さも, そして愛情も, 主人公にとって障害となるのは, 小津作品同様に, 社会における自らの立場だ, 清兵衛の気持ちの純粋さと彼に求められる厳格さとの対比が, 侍である彼の背負った義務の重さのせいで, より鮮やかに浮かび上がってくる, 映画の終わり間際に, ここが監督の表現したかったことだろうと思われるシーンがある, 普通の侍映画とは決定的に異なるシーンだ, 清兵衛が自らに課せられた義務を果たすために戦っているとき, 愛する女性のことは彼の頭から消えていた, 戦いを終えた彼が戻ってくると, その女性は清兵衛のことを待ってくれていたのだ, やはり仕事を終えた時, 男には守るべきものがあるべきだ, このシーンを見て, あらためて強くそう感じた, 義務は必要なものではあるが, 一時的なものに過ぎない, 愛情はその人次第であるとはいえ, 永遠に続くものなのだ, この映画のラストで, 年老いてしまった清兵衛の末娘が清兵衛の墓に花を捧げるシーンがある, もう日本は変わっていた, 侍の国から工業の国へと変貌を遂げていた, 清兵衛の果たした義務はもはや過去の一部になっている, 愛情と献身の記憶はそうではない, それは永遠なのだ, 永遠の愛だけが生き残る, この一年以内に観た映画の中で一番のお気に入りだ, 慎み深い主人公になりきった真田広之の演技には人をグッと引き込む力がある, 彼の幼馴染でありロマンスの対象になる宮沢りえ, 主人公の子どもたちの演技も良かった, この映画の特徴は, 侍映画のステレオタイプを全て無視していることだ, 華々しい合戦の代わりに描かれているのは封建主義が崩壊しつつある日本で生きる侍の生々しい日常の姿, そして親孝行などの文化的伝統や彼らの属する階級から生じる義務だ, 剣を使った戦いのシーンも二つある, ここはリアリズムにこだわり抑制的に描かれていたので, より力強く感じられたものだ, かつて武術を学んだことがある私としては, 真田が久しぶりの戦いに備えて準備をするシーンに最も興奮した, 本当に体中をアドレナリンが駆け巡るような感覚だった, 実質的に農民に近い生活をしていた彼が元の侍に戻ろうとする姿には実に真実味があった, まだまだこの作品の魅力を語り続けることはできるが, すでに他のレビュアーたちがうまくまとめてくれているようだ, 宮沢りえの魅力については語らずにいられない, 彼女は社会的制約から逃れて自由をつかもうとする女性を演じているのだが, それは真田の行動をうまく引き立たせてくれたと思う, 物語の後半, 彼らは自分たちでどうすることもできない力によって翻弄されてしまうのだが, その悲劇が心痛むものになったのも, 彼女の魅力があったからこそだろう, 映画の終わり方は, ありがたいことに予測を裏切る幸せなものではあったが, 主人公たちに肩入れするあまり, 私は涙を流していた, 余計なものは, エンディングクレジットと共に流れる井上陽水のひどい歌だけだった, 私は人生の喜びや苦悩を味わうリアルなキャラクターを見ると過剰に肩入れしがちな人間であることは, 一応認めておく, 私に言えるのは, クルーズ, あんたはもうおとなしくしてろ, ということだけだ, たそがれ清兵衛について, 主人公の井口は下級武士だ, 結核で妻を亡くしたため, 年老いた母親と幼い二人の子供の面倒を自分で見なければならない, さらに彼は城内で蔵の管理と経理を任されており, 自らの楽しみを見出す余裕などないまま長年働き続けているのだ, 彼にとっては, ただ生きていくことすら大変であるため, 井口は仕事に集中し, 剣術の腕を磨くことはおろそかになっている, ある日, 幼馴染の女性である朋江が井口の家に現れ, 彼女との関係が始まる, 彼女の存在は井口の暮らしに光をもたらしてくれた, 彼女との関係がより深まることを願う井口だったが, いざそれが現実のものになろうという時, 彼は自らを価値のない人間だとみなし, 身を引いてしまうのだ, 刀を使った魅力的な戦いが見られるものと期待していた人もすぐに理解できるだろう, 我らの主役が就いているのは侍としては行き詰まりの会計職であり, 彼はあくまで家族を養うためにそこであくせく働いている, 名誉ある死などは, 彼の気持ちの中にまるで存在していないのだろうということを, 映画の中に戦いのシーンが二つあるとはいえ, 作品が焦点を合わせているのは井口という人間そのものだ, 彼の娘が昔の父の姿を振り返るという形でストーリーが語られていく, 我々が目にするのは妻と前途を失った男の姿だ, エキサイトするようなシーンは稀にしかない, 抑制された雰囲気の中, 実になめらかに物語が進んでいく, 観客の心を力強く掴んで片時も離さないようなものではないかもしれないが, 主人公と同じ場所にいて彼の姿を見つめているという感覚は心楽しいものだった, おそらく主人公は人生に傷ついている, だからといって, 彼は今の自分の状態を進んで変えていこうとしているわけでもない, ここまで読んで, もしかすると, これは退屈な物語ではないかと感じたかもしれない, 確かに物語の進むペースはゆっくりだ, だが同時に, 主人公と一緒にこの物語の世界にこのまま身を置いていたいと感じさせる魅力も確かにある, そう感じさせる大きな理由の一つは, 主人公を演じる真田広之の確かな演技だ, 彼はこの役柄をよく理解していて, 自分の居場所でつつましく暮らす男の姿を見事に表現している, それは現代の苦悩と通ずるものではないのかも知れない, 彼には他の役者では表現できなかっただろうと思われるものを表現できる力がある, 真田が演じる主人公の存在するのは過去の世界だ, 彼には現代にいる私を強く引き込む力がある, 宮沢りえも, 同様に良かった, 彼女の演じるキャラクターは真田の暮らす世界を明るいものにしてくれることが求められているのだが, それを生き生きと演じてくれた, 逆にそれとは対照的な一面も見せてくれて, うまくやっていたと思う, 山田監督もその才能を遺憾なく発揮していた, あの能力は彼の財産というべきだ, セットと衣装からは舞台となる場所と時代の雰囲気を感じることができた, 撮影技術に関しては, 作品全体で暗さというものを効果的に活用しているように思える, 単なる暗さではなく豊かさを感じる闇とでも言えばいいのだろうか, 暗さの使い方は印象に残った, 全体をまとめると, スローではあるものの, 同時に引き込まれる作品だった, この成功は井口というキャラクターの素晴らしさ, そして真田の演技力によるものだ, 複数の要素がゆっくりと前進していき, それがつながってしっかりした物語になっていくというタイプの作品でもある, アクションを期待している人々にとっては我慢を求められる作品だろう, どうか敬遠することなく観てもらいたい, 理解が深まるにつれ, 静かな満足感が得られる作品なのだから, 我慢が必要だが, 静かな満足感が得られる作品, 侍が消滅してしまう前, 封建時代の日本をリアルに描いた作品なので, と比較せずにはいられない, も渡辺謙の演技は大好きだったが, あそこにトム, クルーズがいるのはどうにもイライラしてくる, 映画の流れを邪魔するクルーズさえいなければ, もっと素晴らしい映画になっただろうに, を観たのは, の後だ, 私は嬉しい気分になった, ダンス, ウィズ, ウルブズ, を思い出してしまうのは, と同様だが, 清兵衛, の方が, より生々しく封建時代の苦労を描いているのだ, 主人公の清兵衛は驚くほど向こう見ずでもなければ, あらゆる攻撃を巧みにかわしたり, 何万人もの敵を葬り去ったりするわけでもない, 彼は本物のヒーローだった, 極めて本物らしい中世日本の風景もすばらしかった, 人によっては物語の展開がスローに感じるかも知れないが, 観始めてすぐ清兵衛に心を奪われてしまうから退屈さは感じない, 清兵衛は時々周りから物笑いの種にされる下級武士で, 彼のいる時代を考えれば非常に型破りな考えを持っているものの, 本来は穏やかで素朴な男だ, 登場人物たちが表現する愛情も, ロマンスとは書いていないことに注意してほしい, どれも本当に彼らの心から発せられたもののように感じられる, 清兵衛とヒロインである朋江の間で甘い言葉がささやかれるようなことはほぼないが, そこがまた中世日本らしさを感じさせる点だ, 家族との暮らしぶりも, 彼の気乗りしない素振りや謙虚さも, 全てが本物だった, アクションシーンではスローモーションになることもなければ派手な音楽で盛り上げようとすることもない, 私の目は画面に釘付けになっていた, これぞ私の望んでいた映画だ, そして美しい映画だ, 楽しい登場人物もいる, この映画を観る人は, ラストシーンでありとあらゆる感情を味わうことになるだろう, 清兵衛への恐れ, さらに愛情も, そして完全に映画が終わった時, 自分の思いをすぐ言葉に出せない, なんとも言えない気持ちになるはずだ, 演技とは何か, 監督するとはどういうことなのか, それらを高いレベルで目に見えるものにしてくれたのがこの映画だ, たそがれ清兵衛はあっさり恋に落ちてしまう映画, 私たちの生活や意見, 態度に影響を与える映画に出会うことはめったに無い, 私たちはハリウッドが作る過去の大ヒット作の続編, あるいは前編, またはリメイク映画の絶え間ない, にさらされている, これらの映画が伝えたいのは, どうやらこの世の中には少なくとも週に二回ほどの頻度で世界を救ってくれるスーパーヒーローが至るところにいるらしい, ということのようだ, 例外的な映画監督もいるにはいる, レッド, ライン, を作ったテレンス, マリック, ヒート, のマイケル, マグノリア, のポール, トーマス, アンダーソン, カリートの道, のブライアン, パルマなどだ, 彼らのような稀な例外を除けば, 最近のアメリカ映画界には魂の奥深いところまで深く掘り下げた作品を撮ろうとする監督がいない, しかし世界の他の国からは, 深く信頼できる映画が登場する, 我々の魂を揺さぶり, 価値観や日々の暮らしにおける優先順位を見直さざるを得ない気持ちにさせてくれるのだ, もそんな映画の一つで, 観終えた後になんと言っていいのか分からなくなるほどの傑作だ, 今の映画の観客は, 五感全てを刺激するような特殊効果, 魂だけはまるで刺激しないが, に慣れきっている, そんな観客たちは, の出だしでちょっとしたショックを受けることになるだろう, この監督, 山田洋次, アクション満載のメロドラマを見せて観客を甘やかすつもりなどまるでないことに気付かされるからだ, ヒーロー戦士の代わりに我々が目にするのは井口清兵衛という下級武士だ, 彼は妻に先立たれ, 収入も乏しい中, 二人の娘と高齢の母親を養うべく懸命に奮闘している侍なのだ, やがて彼の幼馴染の上品な女性が登場する, 観客は清兵衛の生活にもようやく光が射したのではないかと期待する, 彼はその女性に強い想いを抱いているにもかかわらず, 彼女になんの説明もすることなく, 彼女を拒絶してしまう, 実際は, 彼の少ない収入では彼女に見合った暮らしをさせてあげられないと考えていたからなのだが, 映画が終わりに近づくにつれ, 西洋人の価値観では哀れな敗者に見えた主人公が, 実は真のヒーローだったことに気づいていくのだ, 運命の意外な展開にさらされ, 人生はバラ色でないことに気づいた主人公は, 宿命論者的な忍耐強さ, 禅宗の影響は明らかだ, で自らの運命を受け入れる, 己の名誉を失うようなことだけはするまいと自分に言い聞かせながら, 主人公, 清兵衛は実に堂々としたキャラクターだが, それは彼が不自然なほどに強く勇敢であったり, 完璧な人間であったりするからではなく, ほとんどの人間には達成できそうもないほどの高い道徳基準を自らに課しているからだ, 彼は命じられたことに疑問を持ちつつも, 結局は男としてやるべきことをやる, そんな彼の姿は観客に, 今の時代にもこんな人は実際にいそうだぞ, と思わせてくれるものでもある, めったにいないかもしれないが, 美徳が逆に重荷になりそうな現代であっても, こんな人がどこかに存在しているのではないかというリアリティ, そして希望を感じさせてくれるのだ, 演技やカメラワーク, 音楽と同様に, 山田監督の仕事も繊細で素晴らしいものだった, 残念ながら, 我々の現在の生活の中では, 忍耐などという言葉は無意味なものになってしまっている, もしあなたがこれらの言葉の本当の意味を知りたいと思うなら, どうかこの映画を鑑賞して頂きたい, 叙情的傑作, 2002年公開, 山田洋次監督, 幕末の庄内地方を舞台に下級武士, 井口清兵衛, 真田広之, の姿を描いた本作, 時代劇でありながら立ち回りのシーンなどは少なく, どちらかといえば地味な映画ということになるでしょう, 海外の一般的な人気はそれほど高い, とまでは言えないものの, 主に映画通の人々からは高い評価を受けています, 米アマゾンのレビュー平均は5点満点中4, 点の辛い映画批評サイト, 10点満点中8, 1点を獲得しています, 2点ですので, に迫る高評価ということですね, 今回翻訳した海外レビューも, imdbから抜粋しました, 海外映画ファンが, のどのようなところに惹かれたのか, どうぞお確かめ下さい, その点にはご注意を, 3月14日, 土曜日, という有名なラテン語のフレーズが, 黒澤明の21番目の監督作品である, を説明するのに相応しい, は純粋かつ完璧な侍映画だ, 侍映画に必要な要素は, 外見上も内面に流れる思想もすべてが揃っている, 侍映画の歴史は1930年代, 1940年代まで遡れるが, この力強いジャンルが本当に確立されたのは1950年代前半で, ちょうど日本の映画が最初にヨーロッパで公開され始めた頃と同じ時期だ, それから現在に至るまでずっと生き続けているジャンルだが, 疑問の余地なく全ての侍映画の中で5本の指に入る傑作だ, この優れた作品に登場する架空のキャラクターたちは皮肉まじりのユーモア, そして永遠の課題とも言うべき, 人間の弱さを表現している, 侍映画というジャンルは西部劇との共通点も多い, アメリカの伝承から生まれたのが西部劇なら, 日本の伝承から生まれたのが侍の物語だ, 西部劇について黒澤はこう語ったことがある, 良い西部劇は誰もが好きです, 誰もが弱いので, 好ましい登場人物と偉大なヒーローを観たくなるからですね, 西部劇は繰り返し繰り返し何度も作られてきました, その過程の中で確かな文法ともいうべきものが確立されていったのです, 僕もその中から何かを学べたと思いますね, 西部劇も侍映画も, 共にそれぞれの国の歴史の中で重要な時代を舞台にしている, そして武器をとって戦うヒーローたちに焦点を当てている, そうしたヒーローたちは, 時に社会の末端にいる者だったりすることもある, 彼らが秩序を取り戻したところで, それが新たなより良い社会を作ることにはつながらないと知りつつも, 武器をとって戦うのだ, の中でも, まさにこの通りの物語が展開される, 黒澤には, 遠い昔の時代を舞台にして自らの物語を作る癖があった, これは封建的な制度を嫌う自らの思想がプロデューサーや映画会社重役たちを怒らせないようにするためだ, 現代と直接結び付けられることなく, 彼は大きなスクリーンで自由に自分の思想を表現することができた, 彼は侍映画を熱心に研究したのだ, のストーリーは, 今となっては古典的と思える, それはこのストーリーが後に多数の作品に借用されてきたからでもある, 1964, ラストマン, スタンディング, 1996, などだ, 用心棒という日本語はボディガード, またはヒットマンを意味する言葉で, まさにこの映画の主人公のことを指す言葉でもある, ストーリーは以下の通りだ, 三船敏郎が演じる名もなき侍がある町にやってきた, そこにはやくざ者たちの組織が二つあり, 抗争を繰り広げている, 侍はその片方に雇われることになった, 雇われているふりをしながら, 侍は彼らを欺いていたのだ, 侍の本当の狙いは二つの組織を共倒れさせることだった, 騙されていることに気づいたやくざ者は侍を痛めつけ, 監禁する, どうにか逃げ出した侍は身を隠しながら体の回復を待っていた, その間に抗争は激しさを増し, とうとう一方の組織が壊滅に追い込まれた, 数日後, 回復を遂げた侍は再び町に現れ, 残るやくざ者達をすべて切り伏せる, そして彼は平和になった町を後に去っていく, 主人公が訪れたのは善と悪が対立する町ではない, 悪と悪の対立であり, 主人公の侍はどちらに付こうとも, 悪しか選択肢はないという状況だ, これは映画を観ている我々にとって, 馴染み深い状況でもある, 我々としては争いをやめさせたいのだが, 力がなくて, それを実現させることはできない, のヒーローは我々と違う, 彼には悪と悪の間に立ち, 争いを終わらせる力がある, 黒澤にとってこの種の社会的行為は, 彼の他の作品を観ても, 非常に重要なテーマであるはずだ, 彼はあえて大げさに騒ぎ立てたりはしない, 侍の行動の裏には, 実は隠れた道徳観があったなどという描写も一切行わない, が我々に見せてくれるのは, ということであり, 人間の本来の姿は動物であるということだ, 道徳的に正しい解決方法を探ろうということ自体, 極めて馬鹿げたことなのだという現実を示している, さらにそこから生まれるユーモアをも感じさせてくれる, からのメッセージの一つは, 完璧に正しい倫理観を通じて世の中を見つめることなどできない, ということだ, 幸福と利益を価値の基準にするという考え方と同様, 正しい倫理を基準にするという考え方も黒澤の世界の中では崩れ去ってしまう, 主人公の侍, 三十郎は常に悪いことをしようとするわけではない, それは彼の美徳と言えるかもしれない, それだけのことだ, 彼は表面上良いことに見えても, 実際は利己的な動機に基づく行動をとってしまうことだってある, 一方の悪がもう片方の悪に勝つよう, 彼が手助けする場面もあるが, それは連帯感からでもないし, 道徳観とも無関係だ, そして自分の役目を果たし終えれば, 彼は歩いて行ってしまい, 全てを忘れ去るだけなのだ, 彼の行動はギリシア悲劇に出てくる神に似ている, 地上に舞い降り, 務めを果たし, また去ってしまう, あるシーンでは, 三十郎は高い火の見やぐらの上に登り, これから争いを始めようとするやくざ者達を楽しそうに見下ろしたりもする, 彼にとって人間の営みは, 単なる壮大なコメディなのだ, こうした物語が, 閉ざされ, 単純化された世界の中で展開していくのだ, 欲望はむき出しにされ, 情け容赦無く, 完璧に利己的かつ非倫理的な世界だ, やくざ者たちの残酷な姿は彼らの親分が息子を諭す時の, 少しは人を殺してみせなきゃ, 子分にもにらみが利かねえぞ, という言葉に, 最も明確に表れている, まさに動物の世界だ, 黒澤の自己風刺に近いのではないかと思えるシーンも時折ある, 銃を持つ登場人物, 卯之助は黒澤のニヒリスティックな世界観をよく表しているのではないだろうか, 無邪気で好奇心旺盛な卯之助は, 向こう見ずな行動をとる, 腐敗した世界は, その教訓を彼の体に叩き込む, 結果として, 彼は自らの墓穴を掘る事になってしまうのだ, は純然たるジャンル映画だが, こうした個人的な視点や主観も強く盛り込まれた作品だ, 実は人間が守るべき道徳についても語っている, これまで書いてきたように, 主人公は道徳的な人間ではない, 町をきれいにする, という彼の行動の裏に隠れた立派な動機があったりするわけではない, むしろ彼はシニカルで哀愁を漂わせ, 道徳心などは明らかに欠けている, そんな主人公の姿を動物的な世界の中で強烈に見せつけられるからこそ, ここに欠落した道徳心, そして人とはいかに生きるべきかというテーマが観客の心に強く浮かび上がらざるを得ない, それでも三十郎のような存在を必要とする我々の弱さと矛盾にも気づかずにはいられないのだ, は人間の本質, そして道徳心と倫理的なジレンマを描いた壮大な作品である, 黒澤作品の中では, 日本で最も大きな商業的成功を収めたのが, 批評家や映画ファンの中には, この作品はそれほど深みのあるものではなく, 娯楽要素の強いアクション映画だったから商業的に成功したのだと語る者もいる, この一年足らずのうちに三回この映画を観た私としては, こうした意見には賛成しかねる, 娯楽要素があって楽しめる映画であるということは確かだ, 黒澤明と菊島隆三が書いたこの映画の脚本には見かけより深い内容が表現されているのだ, 何よりもまず先に理解しておかなければならないのは, この作品がダーク, コメディであるということだ, 黒澤はそれまでも陰気で気の滅入りそうな場面だからこそ生まれるユーモアを表現しようとしてきた, その黒澤の願いが叶えられたのが, なのだ, 三十郎という主人公の侍が黒澤の代理人を務めていて, 黒澤がやりたいことを三十郎が映画の中で実行してくれる, 三十郎が現実に存在していそうな登場人物に見えないのは, そのせいなのだろうと私は解釈している, 三十郎のように謎めいていて無骨で, 放浪中にほとんど自分と関わりのなかったことに巻き込まれていくという主人公は, 映画の世界ではおなじみの存在だ, このキャラクターの原型は, 黒澤が愛してやまないアメリカ西部劇の中にあったのだが, 確立させたのは黒澤だ, そのため, この三十郎に深く影響されて作られた登場人物はたくさんいる, たとえばクリント, イーストウッドが演じた, 名無しの男, マッドマックス, にもこうしたキャラクターが登場する, ストーリーに関しては, 映画が作られた当時の日本の状況を意識して作られている, 主人公の三十郎がたどり着いた町はひと気がなく, 薄気味悪い雰囲気だ, この町は対立する二つの集団に支配されていた, それぞれの集団の中心にいたのは商人だ, 商人たちは用心棒としてならず者たちを集め, ならず者たちは金のために商人を必要としていた, こうした図式は, 経済がたくましく成長していた頃の日本社会を映し出している, 企業家と政治家は日本に富をもたらす一方で, 裏ではヤクザの助けを得ていたのだから, 黒澤は映画製作当時の, の状況に光を当てるために, あえて過去の世界を舞台にしたのだ, 今の世界に向けて語りたい哲学を表現させるために三十郎を使った, 私はそう考えている, ある意味で, 黒澤流に歴史を書き換えたのが, なのだろう, 日本の実際の歴史では, 侍階級は存在感を失っていき, 商人たちが台頭するようになった, 黒澤の空想する歴史では三十郎を使うことで侍を墓地から呼び戻し, ならず者たちを一掃させ, 町をきれいにさせるのだ, この作品は撮影術も素晴らしい, 望遠レンズを使ったシーンがかなり多く, 格好いいショットが随所に散りばめられている, 画面構成の見事さ, 役者たちの配置の仕方に関しては黒澤に並ぶ者はいないと言っても良いくらいだ, ワイドアングルで撮影されたシーンについても黒澤と撮影の宮川一夫に畏敬の念を抱かずにはいられない, 街角を捉えた屋外のシーンなどは実に見事だ, 三十郎がならず者たちと対峙するシーンでは, 機械で作られた風が非常に効果的に雰囲気を盛り上げてくれる, アクションシーンの撮影に関しては, 黒澤はかなりシンプルな手法を採る, 多くの映画で見られるように, 短いカットを次々に切り替えていくような手法は採らない, 彼は対角線上に2台のカメラを置いて撮影し, あとは編集やカメラワークよりも役者たちの動きの方を全面的に信頼するというスタイルだ, それから, スクリーンの大半を占める三船敏郎の存在感の大きさは見事だ, 彼からにじみ出る重厚さ, そして力強さ, チャーミングで, 頭の回転も早く, 柔和でもありながら, 必要に応じて凄まじく攻撃的にもなるという三十郎の役柄に矛盾を感じさせることなく演じきれているのだ, 三船は男性的かつ強烈な個性を, この作品に残してくれた, 彼がならず者たちの行動を操る姿, そして直接対決する姿は実に痛快だった, 仲代達矢も三船の一番の敵役として心に残る演技を見せてくれた, 目を輝かせながら, 力の象徴ともいうべきピストルを誇示する彼の振る舞いも, 三船同様, 強い個性を感じさせてくれた, 黒澤が生んだ他の傑作, 赤ひげ, ほど複雑な作品ではないかもしれない, には伝えるべきメッセージが込められているし, この作品について語られるべきこともまだ残されている, 黒澤の卓越した映画作りの能力が, 映画というものを新たなレベルにまで引き上げてくれたのだ, 必見の作品だ, 彼が生み出した最高傑作の一つであることは間違いない, 強くおすすめしたい, 名無しの男の原型, 黒澤が短い撮影期間で成し遂げたことはまさに革命に他ならない, 二次大戦後からベトナム戦争頃までのアメリカ映画は, 大半がジョン, フォード, ジョン, ウェインの西部劇に代表されるような自己肯定的なステレオタイプに限定されていたものだ, 黒澤がやったのは, まさにその逆のことだった, この映画に登場する侍は正義の味方ではない, むしろギリシア悲劇の登場人物のように, 自らの致命的欠陥に苦しんでいる, この主人公を生み出したのは三船の卓越した演技力, そして黒澤の優れた演出能力だ, 前例のないビジュアル構成もこの映画の鍵の一つだ, 必要な要素が一つのフレーム内に集められ, それらは二層か三層に配置されている, 消失点は無く, すべての要素にピントがあっている, まるで日本の水彩画のような構図なのだ, 各要素の遠近感を錯覚させられてしまうような感覚が面白い, 主人公たちが窓越しに, 外にいる登場人物たちの行動をのぞきこむシーンがまさにこれだ, 主人公にも窓にも, 外にいる人物にもすべてピントがあっている, 見られている, という感じがうまく表現されていて, 実に印象的だった, 今挙げたのは一例に過ぎない, この映画を観終えた後, クリント, イーストウッドが主役を演じた, ウォーズ, などを思い出してもらいたい, の影響なしには存在し得なかったシーンが数え切れないほどあることに気づくだろう, この作品の影響力は, 映画の方程式を永遠に変えるほどのものだったのだ, 必ず見ておかなければならない作品だ, 構図と影響, 西部劇に対して贈られた黒澤明からのオマージュは見事な傑作だった, 三船敏郎が演じる主役の浪人が小さな町を訪れる, そこでは二人の親分がそれぞれの組織を作って縄張りを争っており, 町は荒廃していた, 浪人は二つの組織を共倒れさせるよう仕向けることに決めた, というのが出だしの大まかなストーリーだ, 黒澤の他の作品と比べれば, 深みに欠けるところはある, 全体として他の黒澤作品よりもエンターテイメント要素が多く, 黒澤作品を初めて観る人にとって, とっつきやすいことも間違いない, 同時に, すでに黒澤ファンになっている人を十分に楽しませる作品でもある, 他の黒澤作品と同じく, 撮影も実に見事だ, この映画の撮影術の素晴らしさは途方も無いレベルに達している, 特に雨のシーンでの憂鬱な雰囲気をなんとうまく表現できていたことか, 三船敏郎の演技は, 私見だが, この作品が彼にとっての最高傑作だと思う, 三船は黒澤の監督する数々の名作に出演しており, そこでも見事な演技を見せてくれていた, での演技に比べれば, 他の作品は見劣りしてしまう, この作品では, 三船は文句なしの, 他の黒澤作品, では三船以外のスターもいたし, でも三船以外の名優が出演してはいるものの, 多くスクリーンに登場するのは圧倒的に三船だ, 演技の方も圧倒的だった, 彼の演じる侍に真実味があったかどうかなど, 議論する意味すらない, 我々が目にしたあの侍が本物ではなく, 役者の演じたものであったことすら信じがたいというレベルの演技だったのだから, 西部劇同様, にも個性的な登場人物が複数出てきて, 作品を印象深いものにしている, 彼らの役柄は決して目立ったものではないかもしれないし, 三船ほど素晴らしい演技を見せてくれているわけではないかもしれないが, それでも全員が脇役としてはもったいないほどの仕事をしており, 助演として素晴らしい貢献をしていた, の影響は映画全体に及んでいると言っていいだろう, もし日本の偉大な巨匠である黒澤明が映画に興味を持たず, この作品が存在しなければどうなっていただろうか, などということは, 考えることすら恐ろしい, 彼の一連の作品が, どれほど多くのスタイル作りとジャンル形成に影響を与えてきたことか, 驚きという他はない, もし彼が映画を作っていなかったら, というのは, 考えも及ばない話なのだ, 黒澤の影響で誕生した映画として最も有名なものの一つは, セルジオ, レオーネ監督の, レオーネはこの作品で本格的に名前を知られていくことになる, レオーネも素晴らしい映画監督だが, 黒澤がいなければ, 我々がレオーネの存在を知ることはなかったかもしれない, そもそもスパゲティ, ウェスタン, 日本ではマカロニ, ウエスタン, というジャンルでは, の影響を受けていない作品のほうが少ないかもしれない, 比較的最近では, のような作品ですら, の影響が明白だった, という作品が生まれなかったとしても, それは映画界にとっての損失というほどではないかもしれないが, の手柄の一つには違いない, これはすべての映画ファンが観るべき作品だ, 観逃すにはあまりに重要すぎる作品だからだが, それだけではない, 105分間楽しめることが保証されている作品でもあるのだ, 強くおすすめさせてもらう, 優れた映画監督が作った傑作, 1961年公開, 宿場町にふらりと現れた浪人, 三船敏郎, 町を牛耳っている二つの組織を共倒れさせようと画策する, というこの物語, 黒澤監督作品の中でも特に人気の高い作品の一つですから, あまり説明の必要はないでしょう, 海外では, 特にプロの映画人たちに強い影響を与えた作品ですが, 一般の映画ファンはこの作品を見てどのように感じたのでしょうか, からいくつかのレビューを抜粋して翻訳しました, 投票数102, 698件, 一度でいいから大スクリーンで観たかった, 芸術的な大衆作品, 今更ながらakiraに感動しました, 今もって輝きを持つ名作, 今も色褪せないクオリティ, 4月10日, amazon, jp限定, 4kリマスターセット, ultra, disc, 2枚組, 特装限定版, b2復刻ポスター付, 我々はなぜ映画が好きなのだろうか, 映画は単なるストーリーテリングの一形態に過ぎないのだろうか, ストーリーを語る上で映画という形態が非常に優れていることは間違いない, 映画とはそれだけのものだろうか, 映画よりも伝統的なアート形式である絵画や彫刻はストーリーを語っているだろうか, 音楽はどうだろう, ストーリーが無くても感動できるのではないだろうか, オペラはストーリーを伝えるだけのものではないと主張する人がいたとして, それがおかしな主張に聞こえるだろうか, 映画には単にストーリーを伝える以上のものがあると信じている, 映画が単にストーリーを伝えるものだとするならば, 音楽は歌詞を伝えるためのものということになってしまう, 歌詞がほとんど, もしくは全く存在しなくても素晴らしい音楽はいくらでもあるではないか, ストーリーが存在しない映画を作るのは難しいのかもしれない, 抽象的, と言われてしまうことだろう, それは, 観客がその映画に親密さを感じにくいからだ, 人々がストーリー部分は根本的に必要なものであり, 映画の基礎であると見なすおかげで, 映画の中のアート部分が制限を受けるわけだ, しかしながら, 制限を受けるのは仕方ないにせよ, 映画はアート表現のためのメディアでありプラットフォームであるという側面もしっかり残っている, 私が映画を鑑賞するときに, 個人的に期待をしたり批判したりするのは主にその要素に関してであり, その他の要素はおまけに近いものなのだ, は1988年に公開された, 大人向けのアニメーション映画だ, わざわざ, 大人向け, という言葉を使ったのは, 西洋では普通, アニメーションは子供向けのジャンルであり, は明確に子供向けではないからだ, 物語は2, 182ページにも及ぶ重い内容のsf漫画をベースにしている, これを2時間の映画にするのは困難な作業だったはずだ, 実際に, 少々内容を詰め込みすぎているような感触もある, 観客がキャラクターに感情移入する余地もあまり残っていないようだ, 私はこの映画を4回鑑賞した, 最初に鑑賞したとき, 序盤のストーリーには興味をそそられたものの, 半ばほどで興味を失ってしまい, 終盤ではなにがなんだか分からなくなってしまった, 4回目は細心の注意を払いながら鑑賞したが, やはりストーリーの方は曖昧で, さらに詰め込み過ぎの印象も受けた, 特定のシーンでは理解が追いつかないこともあった, 他人が, ついていけなかった, と語る映画でも, 私ならそんなことはない, に関しては, 私も明らかについていけていなかった, 大好きだと語る人と大嫌いだと語る人の真っ二つに分かれてしまいがちなのは, こうした要素が原因なのだろう, 先ほども言ったように, 私にとってストーリーはおまけのようなものだ, 植物に例えるなら, ストーリーは茎であり, その先にどんな花が咲いているかが重要なのだ, 逆にストーリーさえ良ければ花が醜くても問題ないという人は, 本を読めばいいのにと思ってしまう, は美しい花だった, アニメーションは, この映画が製作された時代を考えれば非常に感動的と言えるレベルだ, アート同士を比較するのはあまり好きではないのだが, 1988年といえば, ディズニーが, オリバー, ニューヨーク子猫ものがたり, をリリースした年で, 翌1989年には, リトル, マーメイド, がリリースされた, これら2本の映画は, 動きの面では決して平凡ではないものの, と比べれば, そこに描かれているものは貧弱という以外にないだろう, 力強い光と影が極めてナチュラルに見えるように描かれた, のアート, そこからはアニメーターたちがいかに心血を注いで描いたかが伝わってくる, もはや神からの恵みと言っていいようなものだった, 印象に残っているものを挙げると, バイクが光の軌跡を残して通過していくシーンがある, 実写映像をシミュレートしたような見事なアニメーションだった, 煙の広がり方も印象的だ, には多くの爆発が描かれているのだが, どの爆発も煙が袋状に描かれていて, 動きが実にリアルなのだ, ネオ東京の背景も実に丁寧に描き込まれている, 信じられないという人は, どうか, を同時代の他のアニメーション映画と比べてみてほしい, 単なる技術的な話に聞こえるかもしれないが, 作品全体にこうしたことの一つ一つが積み重ねられることで, アニメーションが別のレベルに引き上げられたという印象を受けた, これをカトゥーンと呼ぶのはふさわしくない, で私の期待を大きく上回ったもう一つの要素は音楽だ, あまり耳に馴染みのないサウンドだったが, これは単に文化的な違いなのかもしれない, サウンドの使い方が予想もしなかったようなもので, これがブレードランナーの世界に匹敵するネオ東京のイメージを一層盛り上げてくれる, 好きな人と嫌いな人が極端に分かれる映画の見本のような存在と言っていいだろう, 詰め込み過ぎで曖昧な脚本と聞き慣れないサウンド, 見慣れない景色, 特にポストモダン的に工業化された日本の映像に, 文字通り混乱させられる人もいるかもしれない, アニメーションに引き込まれ, 音楽に魅了され, ストーリーにだって引き込まれる人もいるかもしれない, どちらに属することになるにせよ, アニメーションマニアは絶対に鑑賞しなければならない映画だ, 映画愛好家にもおすすめする, を楽曲に例えるなら, 音楽部分が音楽に聞こえず, 歌詞しか認識できない人がいるかもしれない, そんな曲だ, なおかつ, その歌詞も支離滅裂に聞こえるかもしれない, やはり映画と音楽は別ものだ, 映画の中には, その中でしか存在できない美というものがあって, の中にも, それは確実に存在する, 茎に棘はあっても, の花は格別に美しく咲いていた, アキラの茎には棘があるが, 花はとても美しい, 私は日本のアニメがさほど好きというわけではない, アニメーション映画そのものは好きだが, 宮﨑を除けば, この東洋のアートフォームを特に好んでいるということはない, 獣兵衛忍風帖, 攻殻機動隊, も私にとっては特に意味を持たない作品だった, は色々な意味で典型的アニメに見える部分もあるが, それでも他の作品とは別物だ, 見事なアニメーションを誇る魅惑的な作品だった, アニメの世界にしばしば見られるソフトな性描写などもない, 最後に観てからもう数年が経っているが, 黙示録さながらのラストシーンはまだ目に焼き付いている, そして体からミルクを噴き出す狂ったテディベアのシーンも, この時, バックにはこれまで聞いた中で最も不気味な音楽が流れていた, 破滅後の世界が表現された作品には, 私の心を強く惹きつけるものがある, 例えばマッドマックス, ウォッチメン, スレッズなどだ, どの作品も私に強い衝撃を与えた, おそらくそれは, 私が核拡散の時代に育ったからだろう, 私はずっと第三次世界大戦を恐れていた, アフガニスタンの荒野を進むソ連の戦車の映像は, 今でも私の心から離れない, で描かれた終末の映像は, 私が子供時代に感じていた恐怖を蘇らせたのだ, かなり個人的な話をしていることは自分でも分かるのだが, 私と同じような世代の人なら, 多くが同じような印象を受けるのではないだろうか, 同様にテディベアのシーンも非常に恐ろしい, アニメーション映画の歴史の中でも最も恐ろしいシーンなのではないかと思うが, これはまったく目的が不明, 意味不明だからこそ怖いという種類の恐ろしさだ, 登場人物の一人が病室にいる, そこでぬいぐるみの動物たちが巨大化し始めるのだ, その体中からミルクを噴き出している, その異様さ, それがなんのためなのか, さっぱり分からない, そしてそのバックでは, これまた異様な音楽が鳴り響く, 今挙げた二つのシーンのためだけでも, この映画を観るべきだと思う, ストーリーの方は, 政府が秘密裏に行っている実験などが関わってくるもので, こちらもなかなか面白かったと記憶している, 陰謀の香りが興味深さをかき立ててくれた, トータルでも素晴らしい映画だ, 映画好きなら観るべきだし, アニメが嫌いな人が観ても, ちゃんと鑑賞に耐える映画であることに驚かされるだろう, テクノパンク, 2時間にわたってこの哲学的とも形而上学的とも言えるsfアクション映画を観た後, 僕はただじっと座ってしばらく画面を見つめていた, この作品について, 何を考えればいいのか分からなかったのだ, 今もまだ分からない, 素晴らしく独創的でクリエイティブな作品であるということは分かる, とても影響力の強い作品であることも明らかだ, 多くのアメリカ人は, を通じて初めて日本のアニメに触れ, そのグラフィックとディストピア的な世界観を堪能した, 僕もこの映画を自分の目で観たことで, いかに多くの作品に影響を与えてきたのかを実感できた, むしろ, そのものよりも, の影響を受けた作品のほうが, 今の観客にとっては馴染み深いのだろう, 多くのアメリカ人が, をきちんと理解できたかといえば, その点には疑問を感じる, 少なくともアメリカ人にとって, 本当に理解するのは難しい映画だと思う, アメリカ人以外にとっても同じはずだ, そもそも理解されることをあまり期待していない映画であるように感じる, 体験されるべき映画だとは思う, を体験した, 楽しんだかどうかは自分でもハッキリしないが, 畏敬の念を抱いたことは間違いない, アニメーションは実に見事だ, 特に80年代に作られたものであることを考えると, なおさら凄い仕事だと感じる, この作品にありきたりのもの, シンプルで見慣れたものは登場しない, なめらかで新鮮で, ダイナミックで美しく, そして何より, ここには観る者の心を奪う何かがある, タランティーノでさえ, 大量の血と内臓をここまで芸術的に描くことはできなかった, ネオ東京は, その実在を信じられそうな未来の街だ, 恐ろしさと美しさが均衡するこの街を描くのは難しかったはずだが, 製作者たちは自信を持ってこの仕事をやり遂げたように見える, この作品を他の作品に例えて説明しなければならないとすれば, 未来世紀ブラジル, コンタクト, 2001年宇宙の旅, ブレードランナー, を組み合わせたものということになってしまうだろう, 実はそれだけでも全体をカバーしきれるとは言えない, これは日本の映画だからだ, 明らかに日本的と思える部分もあれば, それほどでもない部分もあるとはいえ, 文化的な要素に理解を阻まれる箇所は多い, もし日本文化に精通していたり, アニメを視聴した経験が豊富にあったりするなら問題ないだろうが, 早い段階で理解できなくなる可能性もあると思う, アニメといえば, の後半は, いかにも日本のアニメという雰囲気がある, 僕が観てきたアニメに近い手触りがあるのだ, 僕は特に日本アニメのファンだったわけではないが, かなり好きな作品はいくつかある, そこには共通した感覚がある, ロジカルな意味ではなくて, テーマの選び方や哲学的な部分で共通したものがあるのだ, 同じものは, からも感じられる, のストーリーは興味深い, ここで紹介するには長すぎるし複雑すぎるので, 金田と鉄雄という2人の少年, そしてケイという少女をめぐる物語とだけ言っておこう, 個人的にはこの3人の人間的な部分にもう少し光を当ててほしかったとは感じるが, 普通に考えれば十分だろう, ストーリー自体は, もしアニメが好きな人ならストーリーも大好きになるだろうが, 好きになれないかもしれない, ストーリーが進んでいくにつれ, どんどんドラマチックにはなるものの, 抽象的にもなっていき, リアリティは失われていく, まるで前半と後半が別々の作品であるかのようだ, 僕にとって, の一番の問題はここだったが, 全体を損なうほどでもない, あとは, どうか自分の目で確かめてほしい, 他の多くの作品に影響を与えてきた, いわばお手本のような作品の一つであることは間違いないのだ, 観終えたあとは, おそらく僕と同じように言葉を失ってしまうことだろうが, それと同時に圧倒されてしまうようなあの感覚, それも味わってもらえるなら幸いだ, 画期的な傑作, 限定的な層だけにアピールした, 単なるカルトヒット作品ではない, 最も早い時期に欧米市場に持ち込まれた日本の人気アニメでもあるのが, 大友克洋によって作られたこの作品は, どう考えても傑作としか言いようがない, リリースから30年を経ても, 今なお鮮烈であり, 独特であり続けているというのは驚異的だ, 実にうまい年のとり方をした映画だという他はない, エンターテイメントの世界においてはいまだに影響力の強い作品であり, 結果として似たような要素を持つ作品も多く作られてきたため, 今さらこの作品について語る必要はないだろうと考えていた, そこで, この何年間かは, を観返すこともなかったのだが, つい最近になって改めて鑑賞したところ, ショックを受けた, 初めて観た時の驚きと心を奪われたあの感覚を再び味わうことになったからだ, 舞台は2019年, 第三次世界大戦で破壊され復興を遂げた後の日本だ, 夜の街は反政府活動家, ギャング, 汚職警官たちに支配され, 昼の街は摩天楼にオフィスを構える大物政治家が支配している, この作品が焦点を当てているのは, 街の不良グループだ, 主人公の金田と鉄雄もそうしたグループのメンバーで, 彼らは子供時代からの親友ではあったものの, 今ではなにかと対立し合う関係だ, 事故をきっかけに鉄雄の潜在的な超能力が目覚め始める, 裏切りと不信が広がる中, 金田は反政府組織と連携して, 軍の監視下にある鉄雄を助け出そうとする, すでに手遅れだった, 鉄雄は新たに手に入れた力を使って, 自分を裏切った世の中に復讐するつもりでいたのだ, 破壊を続けながら, 鉄雄は彼の意識に繰り返し現れるアキラという存在を探しはじめた, の中で魅力的な要素の一つは, 本来は頭痛がするほど複雑で重層的な物語を, ストリートギャング同士の対立をベースにしたアクションスリラーという, 比較的わかりやすい形で語ってくれていることだ, 私が十代の頃, 最初に鑑賞したときは, 未解決の疑問が数多く残されたまま物語が終わってしまったような印象を受けたものだ, 大人になってから再び観た時には, 謎の答えは全てこの映画の中にあることに気づいた, 情報は極めて巧妙に, 少しずつ明らかにされていたのだ, この作品にはかなり複雑な意図があり, 実存主義や宗教的な狂信などの興味をそそるテーマにも触れている, 常に微妙かつ巧みに表現されており, 観客を甘やかしたりはしないが, 過剰に抑制的というわけでもない, 次々に少しずつ情報の断片を観客に見せていくやり方は, 非常に洗練された手法だ, 観客はそれらの断片を頭の中で組み合わせながら, 物語の大きな流れをつかめるようになっていく, ビジュアル面でも, この作品は実に創造性豊かだ, 圧倒的なディテールと流れるような動き, 画面を見つめながら畏怖の念を抱かざるを得ないほどで, 手書きの作品としてこれほど説得力を感じるものは, 近年の作品を含めてもなかなか思い当たるものがない, 物語を肉付けし, 作品内の世界をリアリティあるものにしてくれるディテールの描写も実に豊富だ, メインの登場人物以外についても, かなり膨大な量の設定がなされていることもよく分かる, キャラクターデザインも素晴らしいが, 皆がかなり単純な見た目なので, 一言も発さなくてもどんなキャラクターなのか, 知るべきことは見てすぐに分かる, 大友の作品は, 美術面において常に人を魅了してきた, 別の作品, スチームボーイ, の方もぜひチェックしてもらいたいが, この点における彼の一番の傑作は, なのではないだろうか, 演出面も, そして状況の描写も, 物語の構造も全て面白い, 鑑賞を進めていくうちに, 数少ない欠点も浮かび上がってくる, どうか誤解しないで頂きたい, ストーリーは魅力的だし, キャラクターも楽しめる, 全体として, 実によくできているのだ, 根本的な問題は, 意味を隠されたものが物語の中にあまりに多くありすぎるということ, キャラクターの背後にある設定も多すぎるということ, そしてそれらを表現するには, 映画の長さが足りなさすぎるということだ, その結果として, 壮大な物語のダイジェスト版を見せられているような感覚になることは否定できない, 私が最近鑑賞したときも, 極めて重要なシーンが大急ぎで次のシーンに移ったり, 多くの重要な要素が一度に登場したりで, 少々無計画ではないかと思わされることが何度かあった, そうではあっても, 全体として見た場合は考え抜かれ, うまく組み立てられていることは間違いない, もう少しゆっくり時間をかけて見せてくれたなら, というだけのことだ, は傑出した作品だ, そのことに疑いの余地はない, すでに30年間も, 観客を魅了し続けてきたのだ, これからも多くの観客を楽しませてくれることだろう, 先程に記したわずかな欠点があるため, 完璧とは言えないかもしれないが, 目を見張らせるアート, ストーリーの展開の仕方, 興味深いキャラクターなどは, 十分に鑑賞する価値のあるものだし, 何度も観直す価値もある, に10点満点中9点を捧げたい, 完璧ではないとしても, やはりこれは傑作なのだ, 30年経っても人々を興奮させ魅了し続けるsf大作, 大友克洋の生み出したアニメーションとストーリーテリングの傑作, 大友克洋監督, は1988年に公開されたアニメ映画です, サイバーパンクな世界観と緻密な描き込みが非常に印象的な作品で, 海外にも大きなインパクトを与えました, アニメーションは子供のもの, という考えの根強かった当時の欧米の人々にとって, 複雑かつダークな内容の本作は衝撃的だったようで, この作品をきっかけに日本のアニメを視聴するようになった人も多いそうです, 昨年は, の新アニメプロジェクトが発表されて話題になったりと, 公開から30年以上が経過しても, まだまだ根強い人気を持つ作品です, から海外の一般映画ファンが投稿した, のレビューを数本抜粋して翻訳しております, 投票数151, 744件, 14現在, 6月11日, 木曜日, なぜ黒澤明が世界の映画界で最も素晴らしい監督の一人とみなされているか, それを知りたければ, は観ておく必要がある, 一般の多くの観客にとってこの, 未解決の犯罪を扱っていて, 興味深くはあるものの変わった作品, ということになるだろう, 真実はなんだったのかと知恵を絞ってみたくなるかもしれない, 映画マニアにとっては, 決してそれだけで終わるものではない, 素晴らしいアート作品でもあり, 複雑な物語を通して美しくかつシンプルなメッセージを届けてくれる作品でもあるのだ, 映画を鑑賞してすぐに気づくのは, 絶対的な真実などこの世には存在しない, というテーマが表現されているということだろう, 同じ事件を見た4人の登場人物それぞれが, その事件について全く異なる証言をするのだ, それぞれの視点によって現実がいかに歪曲されるかが, ここでは描かれている, もしくは, もう少し深い意味で, 客観的な現実などはそもそも存在せず, 真実とはあくまで主観的, 相対的なものである, と言った方がいいかもしれない, ここで思い出されるのは, 盲目の男たちと象の物語だ, 6人の盲人がそれぞれ象の体を触るのだが, 皆が別々の場所を触っている, そしてその感触をもとにそれぞれが想像し, 解釈した象の全体の姿はまるで異なるものとなり, 互いに議論になるという話だった, 恐らくこの作品が表現しているのはこれだけではないはずだ, そもそも, 同じ事件を見たはずの4人の話がこれほどまでに食い違っているのはなぜか, その背景について考えてみたい, 彼らは自分の身を守るために嘘をついているわけではない, 盗賊と武士の妻は, 自らが武士を殺した, あるいは殺したかもしれないと言っているのだ, 明らかに, 刑罰から身を守る意図があっての嘘ではない, 盗賊の話から感じられるのは自己賛美だ, 彼は自分が勇敢な強い戦士であり, 気軽な気持ちで武士の妻を誘惑したに過ぎないと語っている, 武士の妻は自身を気の毒な犠牲者に過ぎないと主張し, 自らの尊厳を保とうとしている, 霊媒を通して語られた武士の話は, 自分には品位があり勇気もある, そしてあの状況で最善の選択肢は自らの命を断つことだった, というものだ, 木こりの話では, 残りの三人ともが非難に値することになっている, 木こりは事件の当事者ではなく, 中立的な立場でもあることから, 我々は彼の話を信じてしまいそうになる, 彼もあとになって自分が嘘をついていることを認めた, 現場から消えた高価な短刀を盗んだのは彼だったのだ, したがって, 結局は彼の話も信用できないということになってしまう, どの登場人物の話にも共通しているのは, 誰もが自分自身を美化しているということだ, 刑罰を免れるためでも損得のためでもなく, 自らの自我を守ろうとしている, 自分はこうあるべきだと信じている自我を守るための話を作り上げているのだ, 自分自身に嘘をつき, 自分が実像より良い人間でいられる世界を自分の中で作り上げなければ, 人間は生きていくことができない, が描くのは, 人間が内部に抱えるこうした不安定さだ, 本当の意味で自分に正直な人間など存在しない, これが, に込められたもう一つのシンプルなメッセージなのだと思う, このメッセージ以外にも, 物語の展開の仕方, 登場人物の設定のされかた, 女性の官能性など, 全ての要素がこの作品を傑作にするうえで重要な役割を果たしてくれている, 序盤で木こりが森の中を歩くシーンがある, 映画を観る我々も, まるで彼と一緒に森の中を歩いているような気分になってしまう, 木こりが死体を発見して立ち尽くしてしまった時には, 我々も画面の前で固まってしまうのだ, 取るに足りないようなシーンであっても, 実に美しくかつ知的だ, こんなことができるからこそ, 彼は最高の映画監督の一人なのだろう, 普段なら, 盛り上がりに欠ける映画や事件が解決せずに結末を迎える映画などにはフラストレーションを感じてしまう私だが, にだけは, すっかり魅了されてしまったことを認めざるを得ない, 一流の作品だ, 黒澤のキャリアの中で初めての傑作と呼べる作品だったと思う, 最初にこの作品を観たのは, だいたい4, 5年ほど前のことだ, 今と比べれば, 当時は私の映画の鑑賞眼もたいしたものではなかったし, 映画内の表現に関しても反応が鈍かった, 同じ事件が人によって全く違った事件として語られるというコンセプトには印象付けられたものだ, その当時は, この作品を傑作にしている別の要素には気づいていなかった, 先ほど二度目の鑑賞を終えたところなのだが, この作品にはもっと重層的なテーマがあり, 隠された意味があることにも気付かされた, 物語は, 羅生門の下で雨宿りをする木こりと僧侶の二人のカットから始まる, そこへ別の男が現れた, 彼は押し黙ったままの二人を怪しむ, 木こりと僧侶は, 自分たちがなぜこれほど沈んだ気持ちになっているのかを話し出した, ここからメインの物語の始まりだ, ある殺人が発生した, その事件に関わる三人が尋問を受ける, その三人は事件に関してまったく異なる証言をするのだ, 興味深いことに, 観客の我々からは尋問者の姿は見えない, 登場人物たちは直接観客に向けて証言しているように見える, まるで演劇における見えない壁, 第四の壁が存在しているかのように, どの証言も証言者の印象を望ましいものにはするが, 中立的な立場から見れば, 証言者たちの道徳心に疑問符をつけたくなるようなものばかりという状況の中, 物語は進行していく, この作品を極めて印象的なものにしている大きな要素の一つは, 撮影術の素晴らしさだ, 森の中を歩いている登場人物を映すときにも, 実に静かに被写体を追っている, 最上級のさりげなさで, とても多くのことを伝えるのに成功しているシーンだ, 他にも, 三船の顔に映った優しく揺れる木の葉の影のカットなども同様の効果を出している, 逆に半壊した羅生門と降り注ぐ豪雨を映すことで容赦ない自然の脅威を表現しているのも印象深い, 生い茂る樹々の間からなかなか顔を出さない太陽を映すことで, 登場人物の口から真実が語られないことを象徴させたり, 様々なことを撮影術で表現しているのだ, この作品はもう少し視点を変えてみると, 重要なことに気付かされる, の公開は1950年, つまり悲惨な第二次世界大戦の終結から数年後に公開された作品なのだ, あの大戦の破滅的な結果を迎えた後, 日本の社会は悲劇と絶望の底にあったはずだ, 羅生門は, 可能な限り最も人間的な方法を用いて, その絶望を表現している, 人間が犯し得る恐ろしい犯罪行為や不道徳的な行為を目の当たりにしたあとに, それでも希望を持ち人間を信頼し続けるべきか否かを問いかけている作品なのだ, 僧侶と木こりは, 殺人の後に行われた尋問の内容を聞き, もはや人間を信じるべきではないのか, 真剣に悩んだ, そんな絶望の中, 黒澤は日本の人々に対してだけでなく, 世界の人々に希望と人間を信じる理由となるシーンを最後の最後に見せてくれた, は人間の本質をとらえようと試みる作品であり, 映画の歴史の中でも卓越した作品だ, 芸術としての映画に興味のある全ての人が鑑賞するべき作品である, 真実と魂の探求, を所有している理由は, これがアカデミー外国語映画賞を受賞した作品だからでもあるのだが, 人間と真実について, 全く新しい視点で語っている力強い作品だからでもある, 時おり, 強力なメッセージを持つのに世間からは注目されない作品がある, 映画愛好家たちのグループからは宝物のように扱われるのだが, オスカーを受賞することはない作品だ, 海外映画の中には人気があってオスカーにノミネートされるところまでいく作品もあるのだが, それらは必ずしも良い映画だからではない, スタジオに資金力があるおかげで上映できる映画館の数が多く, 結果的に人気を獲得したからであるというケースがほとんどだ, そんな中で, は高い品質と高い評価の両方を実現した稀な作品の一つだ, その中身においても稀な要素がある, 日本の映画監督である黒澤明は, この作品の中で, 大胆なことをいくつも試みているのだ, フレームの中に太陽を入れたり, 森の奥深くで撮影したり, を冷笑してみせたり, 今日のハリウッド映画でも, こうした要素を, した作品はよく見かける, 大胆さが発揮されるのはストーリーの語り方も同じで, カメラワークは独創的, 登場人物たちはパワフルで, 誰のフィルムライブラリーにもあってしかるべきと思える, 実にユニークな作品だ, 俳優たちの演技は力強く, 演出も完璧, 物語には心を掴まれる一方で, には映画愛好家の間で議論されて当然とも言える重要なテーマが描かれている, これは殺人と裏切りの物語なのだが, 典型的な, 法廷もの, の映画であれば, それまで弱気だった証人が終盤になって事実を語りだすというのがお決まりのパターンだ, 最後の最後で真実が明らかになるというわけなのだが, ではそうならない, 作品を鑑賞する我々が本当に知りたいことを, 黒澤はあえて見せないのだ, 私がこの映画を観始めた段階では, 人間の正直さと心の葛藤を描いた明快な作品だろうと予想していたのだが, 結末を迎えても, ご褒美らしきものが手渡されることはなかった, 期待していたハッピーエンドの代わりに待ち構えていたのは, 映画に仕掛けられた罠だった, 黒澤は, ストーリーの裏に, を知ることなど不可能に近いというメッセージを込めていたのだ, 映画の中で4人の登場人物が同じ出来事を見たにもかかわらず, その出来事について, 4人とも全く異なる証言をした, 本当の意味での, というものが明らかになることは無いのかもしれないということだ, こういうことも考えられる, 黒澤は物語と登場人物を使い, 真実など存在しない, と観客に信じ込ませたが, 実際には, の中に本当の真実も描かれていたのかもしれない, まるで, ユージュアル, サスペクツ, のカイザー, ソゼのようだ, ソゼは最後に姿を現したが, の真実は分からないままだ, 観客に色々と考えさせることも黒澤の意図だったのだろう, 一度観ただけでこの作品に背を向けるのも結構だが, 何度も鑑賞すれば, 登場人物ごとのストーリーで新たな事実を発見することもできる, 年齢を重ねるほどに魅力の増す映画でもある, テーマ設定の仕方も素晴らしいが, それ以外の点に目を向けても, は欠点の見当たらない映画だ, 演技の出来栄えから演出のシンプルさに至るまで, 観る者の心を惹きつける要素が山のようにある, まずは映画の歴史の中でも特等クラスにランキングされるであろう, 三船敏郎の演技だ, 彼は作品ごとにまったく違った演技を見せてくれる, そして毎回, その役柄に忠実だ, 時には正気と思えないような姿を見せてくれるし, 情熱的にもなるし, 揺るぎない忠誠心を見せてくれたかと思えば, 悪党にもなってくれる, 過剰演技
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ジャ タートルズ の大ファンでもあった私は ドラゴンボールを観て笑い とても楽しんだことを覚えています その時のエピソードの内容はハッキリと思い出せないんですが 武天老師の島が舞台になっていたような気がします ただ このときは大ファンになったというほどでもなくて 1回観たきりで終わってしまいました 月日は流れて5年生になった時も まだたいしたファンではありませんでした でも周りの友人達は学校の休み時間にドラゴンボールzごっこをして遊んでいました 私も加わりたかったのですが その頃の私はもうブルマくらいしか覚えておらず ヤムチャ役を求めていた友人からは文句を言われていましたね でも さらに月日が流れて6年生になったとき 私はようやくここから本気でドラゴンボールzを観始めるようになりました 夏の間中 フリーザ編を食い入るように観続けたものです いとこ達からはからかわれましたけれど 私は強く言いたいですね ドラゴンボールzは 決して単に大声で叫んでビームを出すマッチョたちの物語 というだけのものじゃないんです それからアンドロイド セル編を観る頃には 私はもう完璧に中毒になってました テレビ番組にあれほど夢中になったことは それまでありませんでした 私は今15歳の女ですが そんなの気になりません あいにく 格闘シーンも山を吹き飛ばすほどのパワーも 私にとってはたまらなく魅力的なんです ドラゴンボールz最高 p s さっきもこの番組は筋肉やビームだけのものじゃないと書きましたが ドラゴンボールzは勇気と友情 そして誠実さを描いた物語なんです 編集されたアメリカ版は日本版ほど良くないのかもしれませんけど 私にとっては十分に素晴らしい物語でした 途中から観始めた人はドラゴンボールzの設定を理解するのにしばらく時間がかかるかもしれませんけど どうかあきらめずに見続けて下さいね 鳥山明が作り上げたこの物語は 明らかな傑作なんですから ああ 超サイヤ人になりたくてたまらなかったあの頃を思い出す 評価 ゴミみたいな番組しかなかった子供時代の日々 ドラゴンボールzだけは観てすぐに傑作だと分かったよ 僕が観始めたのはギニュー特戦隊が登場するあたりで 7歳か8歳のころだったな それ以来 もう他の番組は目に入らなくなり ひたすらドラゴンボールzの次のエピソードが放送されるのを待ちわびたものだ 次回はいったい何が起こるんだろう それだけが僕の関心事だった そして毎回毎回素晴らしかった ドラゴンボールzのアクションシーンは他のアメリカの作品とはまるで違ったものに見えた 格闘シーンは信じられないほど凄かった もちろん この作品を否定する人たちがいることは知っているよ やれ長過ぎるだの 吹き替えの演技の質が低いだの 英語版の音楽がヒドいだのといったことを言われているようだね まったく残念な話だ あの作品を否定することは自分自身の子供時代を否定することと同じだろうと思うんだけどね せっかくだから こうした批評家たちに少しだけ反論しておこう ドラゴンボールzの物語が長いというのは事実だ しかしそれは見事なディテールがたくさん積み上げられたからこその結果でもあるんだ どうかキャラクターたちの物事への反応を注意して観てもらいたい ギリシア悲劇レベルのやり取りが含まれているということに気づき始めるはずだ それでも原作にはない穴埋めエピソードが我慢できないと言うなら ドラゴンボール改を観ればいい そして吹き替えの演技や音楽が気になるなら dvdボックスを購入して日本語音声を聞けば済むだけの話なんだよ つまり なんら本質的な問題じゃないってことだ バカバカしいクレームの件はこのくらいにしておこう 僕にとってのドラゴンボールzは 誇り 誠実さ 勇気 忍耐という多くのテーマが語られた不朽の傑作だ キャラクターたちはシリーズの最初から最後まで常に成長し続けていく 中でも悟飯 ベジータ ピッコロ 未来の トランクスの成長ぶりはめざましいものだった 子どもたちがこの作品から目を離せなくなる理由にはバトルの面白さもあるが 敵の悪人ですら丁寧に描かれているということにもある 退屈な悪人は出てこない 実に多様だ どこかで見たことがあるような悪人はドラゴンボールzの世界に存在しない 冷血で計算高い個性を持つフリーザ 素晴らしいパワーを渇望するセル 狂気に満ちた魔人ブウ そして戦いのシーンはいつだって最高だった 激しく残酷でありながらも どこかユーモアがある こんな戦いを他の誰が描けるというんだろうか 鳥山明が世に送り出したのは 何世代にも渡って受け継がれていくべき傑作だ もはや年代物と言える作品になってしまったけれども アートだって素晴らしいものだ 僕みたいに全話を所有して繰り返し鑑賞すれば水準以下のシーンも少しあることに気づくだろうが ほとんど分からないレベルだ ドラゴンボールzは 頭が空っぽのアクション作品とは別次元の作品だ 観る者をスリリングな冒険の世界に引き込んでくれるが そこはただアドレナリンがあふれる場所であるというだけではなくて 情緒的でもありコミカルな楽しさにも満ちた世界だ 真のファンなら どうか全話購入してもらいたい そしてこの物語をあなたの兄弟姉妹や子どもたちにも伝えていってほしい 僕がすでにそうしてきたようにね 翻訳終わり なお 次回の更新は 7月17日 金曜日 です よかったら また見に来て下さいね 海外の映画ファンは 黒澤明監督の 羅生門 から何を感じたのか 海外の反応 レビュー翻訳 2020 04 10 15 55 日本の映像作品 tb 0 cm 35 今回は 映画 羅生門 黒澤明監督 の海外レビューを翻訳しました 羅生門 は黒澤映画の中でもかなり異色の作品です 侍が殺害されるという事件が発生し 事件に関係した四人がそれぞれ証言します 物語は四人の証言内容を映像で再現するという形で進行していくのですが その四人の証言が見事に食い違っており 真相がどうだったのかは最後まで分からない という作品です 1950年の公開当時 日本ではかなり不人気であったものの 海外では大絶賛され ヴェネツィア映画祭ではグランプリにあたる金獅子賞を受賞 第24回アカデミー賞では名誉賞 現在の外国語映画賞 を受賞するなど極めて高い評価を受けました また ひとつの出来事において 人々がそれぞれに見解を主張すると矛盾してしまう現象 のことを指す rashomon effect 羅生門効果 なる言葉まで生まれました スティーブ ジョブズが自著の中で使ったことにより 有名になったそうですね 国内より海外で評価が高いという黒澤明監督作品の傾向を ある意味で象徴する作品でもあったわけです この記事では映画批評サイト imdb から海外の映画ファンが投稿した 羅生門 のレビューを3本抜粋して翻訳しております imdbにおける 羅生門 の評価平均は10点満点中8 2点 投票数143 343件 2020 04 10現在 です なお ネタバレが含まれていますので 作品未見の方は どうぞご注意を 羅生門 のどういった要素が海外で高く評価されたのか どうかレビューを読んで ご自身の目でお確かめください では レビュー翻訳をどうぞ 翻訳元 imdb 続きを読む ほとんどの場合 我々は自分自身にすら正直ではない 評価 私が 羅生門 を所有している理由は これがアカデミー外国語映画賞を受賞した作品だからでもあるのだが 人間と真実について 全く新しい視点で語っている力強い作品だからでもある 時おり 強力なメッセージを持つのに世間からは注目されない作品がある 映画愛好家たちのグループからは宝物のように扱われるのだが オスカーを受賞することはない作品だ 一方 海外映画の中には人気があってオスカーにノミネートされるところまでいく作品もあるのだが それらは必ずしも良い映画だからではない スタジオに資金力があるおかげで上映できる映画館の数が多く 結果的に人気を獲得したからであるというケースがほとんどだ そんな中で 羅生門 は高い品質と高い評価の両方を実現した稀な作品の一つだ 羅生門 は その中身においても稀な要素がある 日本の映画監督である黒澤明は この作品の中で 大胆なことをいくつも試みているのだ フレームの中に太陽を入れたり 森の奥深くで撮影したり 真実 を冷笑してみせたり 今日のハリウッド映画でも こうした要素を 拝借 した作品はよく見かける 大胆さが発揮されるのはストーリーの語り方も同じで カメラワークは独創的 登場人物たちはパワフルで 誰のフィルムライブラリーにもあってしかるべきと思える 実にユニークな作品だ 俳優たちの演技は力強く 演出も完璧 物語には心を掴まれる一方で 羅生門 には映画愛好家の間で議論されて当然とも言える重要なテーマが描かれている これは殺人と裏切りの物語なのだが 典型的な 法廷もの の映画であれば それまで弱気だった証人が終盤になって事実を語りだすというのがお決まりのパターンだ 最後の最後で真実が明らかになるというわけなのだが 羅生門 ではそうならない 作品を鑑賞する我々が本当に知りたいことを 黒澤はあえて見せないのだ 私がこの映画を観始めた段階では 人間の正直さと心の葛藤を描いた明快な作品だろうと予想していたのだが 結末を迎えても ご褒美らしきものが手渡されることはなかった 期待していたハッピーエンドの代わりに待ち構えていたのは 映画に仕掛けられた罠だった 黒澤は ストーリーの裏に 真実 を知ることなど不可能に近いというメッセージを込めていたのだ 映画の中で4人の登場人物が同じ出来事を見たにもかかわらず その出来事について 4人とも全く異なる証言をした つまり 本当の意味での 真実 というものが明らかになることは無いのかもしれないということだ あるいは こういうことも考えられる 黒澤は物語と登場人物を使い 真実など存在しない と観客に信じ込ませたが 実際には 羅生門 の中に本当の真実も描かれていたのかもしれない まるで ユージュアル サスペクツ のカイザー ソゼのようだ ソゼは最後に姿を現したが 羅生門 の真実は分からないままだ そうやって 観客に色々と考えさせることも黒澤の意図だったのだろう 一度観ただけでこの作品に背を向けるのも結構だが 何度も鑑賞すれば 登場人物ごとのストーリーで新たな事実を発見することもできる また 年齢を重ねるほどに魅力の増す映画でもある テーマ設定の仕方も素晴らしいが それ以外の点に目を向けても 羅生門 は欠点の見当たらない映画だ 演技の出来栄えから演出のシンプルさに至るまで 観る者の心を惹きつける要素が山のようにある まずは映画の歴史の中でも特等クラスにランキングされるであろう 三船敏郎の演技だ 彼は作品ごとにまったく違った演技を見せてくれる そして毎回 その役柄に忠実だ 時には正気と思えないような姿を見せてくれるし 情熱的にもなるし 揺るぎない忠誠心を見せてくれたかと思えば 悪党にもなってくれる 過剰演技 もしくは奇抜な演技だと感じる人もいるかもしれないが 私個人には正確無比な演技に映る さらに その場の状況に応じた演技が実に的確だ 三船が一旦スクリーンに登場すれば 観客の目は三船を追いかける以外の選択肢を無くしてしまう もはや 彼の演技に支配されているようなものだ 三船に次いで素晴らしい演技を見せてくれたのは 襲われた武士の妻だ 作品中で最も複雑な役柄のはずだが 彼女は難なく役柄をコントロールしてみせる 観客が物語の変化を理解できるのは 彼女の演技の変化による部分が大きい そして この妻の抑制がきかなくなったとき この作品の真のドラマが我々に突きつけられることになる 見事な演技力だった 全体としても完璧に近い作品だと思う 黒澤は熱情を込め 巧みにこの独創的な物語を作り上げた 乱 でも感じたような強い熱情だ 私が唯一気になるのは この映画は真剣に集中して鑑賞しなければ 重要なテーマを見落としかねないということだ 私自身は三度観た 最初はうわべの要素に気が散ってしまい 隠されたテーマに気づかなかったからだ 私が特に楽しめたのは 終盤でほのめかされる人間内部の闇だ 恐ろしい殺人の話を聞かされた登場人物が 結局は自分も似たようなことをしてしまう 力強さを感じる物語だった 誰もが楽しむべきだと思う 真実と魂の探求 評価 羅生門 は 黒澤のキャリアの中で初めての傑作と呼べる作品だったと思う 最初にこの作品を観たのは だいたい4 5年ほど前のことだ 今と比べれば 当時は私の映画の鑑賞眼もたいしたものではなかったし 映画内の表現に関しても反応が鈍かった それでも 同じ事件が人によって全く違った事件として語られるというコンセプトには印象付けられたものだ ただ その当時は この作品を傑作にしている別の要素には気づいていなかった 先ほど二度目の鑑賞を終えたところなのだが この作品にはもっと重層的なテーマがあり 隠された意味があることにも気付かされた 物語は 羅生門の下で雨宿りをする木こりと僧侶の二人のカットから始まる そこへ別の男が現れた 彼は押し黙ったままの二人を怪しむ 木こりと僧侶は 自分たちがなぜこれほど沈んだ気持ちになっているのかを話し出した ここからメインの物語の始まりだ ある殺人が発生した そして その事件に関わる三人が尋問を受ける だが その三人は事件に関してまったく異なる証言をするのだ 興味深いことに 観客の我々からは尋問者の姿は見えない 登場人物たちは直接観客に向けて証言しているように見える まるで演劇における見えない壁 第四の壁が存在しているかのように どの証言も証言者の印象を望ましいものにはするが 中立的な立場から見れば 証言者たちの道徳心に疑問符をつけたくなるようなものばかりという状況の中 物語は進行していく この作品を極めて印象的なものにしている大きな要素の一つは 撮影術の素晴らしさだ 森の中を歩いている登場人物を映すときにも 実に静かに被写体を追っている 最上級のさりげなさで とても多くのことを伝えるのに成功しているシーンだ 他にも 三船の顔に映った優しく揺れる木の葉の影のカットなども同様の効果を出している 逆に半壊した羅生門と降り注ぐ豪雨を映すことで容赦ない自然の脅威を表現しているのも印象深い また 生い茂る樹々の間からなかなか顔を出さない太陽を映すことで 登場人物の口から真実が語られないことを象徴させたり と 他にも色々とあるが 様々なことを撮影術で表現しているのだ そして この作品はもう少し視点を変えてみると 重要なことに気付かされる 羅生門 の公開は1950年 つまり悲惨な第二次世界大戦の終結から数年後に公開された作品なのだ あの大戦の破滅的な結果を迎えた後 日本の社会は悲劇と絶望の底にあったはずだ 羅生門は 可能な限り最も人間的な方法を用いて その絶望を表現している 人間が犯し得る恐ろしい犯罪行為や不道徳的な行為を目の当たりにしたあとに それでも希望を持ち人間を信頼し続けるべきか否かを問いかけている作品なのだ 僧侶と木こりは 殺人の後に行われた尋問の内容を聞き もはや人間を信じるべきではないのか 真剣に悩んだ しかし そんな絶望の中 黒澤は日本の人々に対してだけでなく 世界の人々に希望と人間を信じる理由となるシーンを最後の最後に見せてくれた 羅生門 は人間の本質をとらえようと試みる作品であり 映画の歴史の中でも卓越した作品だ 芸術としての映画に興味のある全ての人が鑑賞するべき作品である 一流の作品だ 評価 なぜ黒澤明が世界の映画界で最も素晴らしい監督の一人とみなされているか それを知りたければ この 羅生門 は観ておく必要がある 一般の多くの観客にとってこの 羅生門 は 未解決の犯罪を扱っていて 興味深くはあるものの変わった作品 ということになるだろう 真実はなんだったのかと知恵を絞ってみたくなるかもしれない だが 映画マニアにとっては 決してそれだけで終わるものではない 素晴らしいアート作品でもあり 複雑な物語を通して美しくかつシンプルなメッセージを届けてくれる作品でもあるのだ 映画を鑑賞してすぐに気づくのは 絶対的な真実などこの世には存在しない というテーマが表現されているということだろう 同じ事件を見た4人の登場人物それぞれが その事件について全く異なる証言をするのだ それぞれの視点によって現実がいかに歪曲されるかが ここでは描かれている もしくは もう少し深い意味で 客観的な現実などはそもそも存在せず 真実とはあくまで主観的 相対的なものである と言った方がいいかもしれない ここで思い出されるのは 盲目の男たちと象の物語だ 6人の盲人がそれぞれ象の体を触るのだが 皆が別々の場所を触っている そしてその感触をもとにそれぞれが想像し 解釈した象の全体の姿はまるで異なるものとなり 互いに議論になるという話だった ただし 恐らくこの作品が表現しているのはこれだけではないはずだ そもそも 同じ事件を見たはずの4人の話がこれほどまでに食い違っているのはなぜか その背景について考えてみたい まず 彼らは自分の身を守るために嘘をついているわけではない 盗賊と武士の妻は 自らが武士を殺した あるいは殺したかもしれないと言っているのだ 明らかに 刑罰から身を守る意図があっての嘘ではない 盗賊の話から感じられるのは自己賛美だ 彼は自分が勇敢な強い戦士であり 気軽な気持ちで武士の妻を誘惑したに過ぎないと語っている 武士の妻は自身を気の毒な犠牲者に過ぎないと主張し 自らの尊厳を保とうとしている 霊媒を通して語られた武士の話は 自分には品位があり勇気もある そしてあの状況で最善の選択肢は自らの命を断つことだった というものだ 木こりの話では 残りの三人ともが非難に値することになっている 木こりは事件の当事者ではなく 中立的な立場でもあることから 我々は彼の話を信じてしまいそうになる しかし 彼もあとになって自分が嘘をついていることを認めた 現場から消えた高価な短刀を盗んだのは彼だったのだ したがって 結局は彼の話も信用できないということになってしまう どの登場人物の話にも共通しているのは 誰もが自分自身を美化しているということだ 刑罰を免れるためでも損得のためでもなく 自らの自我を守ろうとしている 自分はこうあるべきだと信じている自我を守るための話を作り上げているのだ 自分自身に嘘をつき 自分が実像より良い人間でいられる世界を自分の中で作り上げなければ 人間は生きていくことができない 羅生門 が描くのは 人間が内部に抱えるこうした不安定さだ だからこそ 本当の意味で自分に正直な人間など存在しない これが 羅生門 に込められたもう一つのシンプルなメッセージなのだと思う このメッセージ以外にも 物語の展開の仕方 登場人物の設定のされかた 演技 女性の官能性など 全ての要素がこの作品を傑作にするうえで重要な役割を果たしてくれている 例えば 序盤で木こりが森の中を歩くシーンがある 映画を観る我々も まるで彼と一緒に森の中を歩いているような気分になってしまう だからこそ 木こりが死体を発見して立ち尽くしてしまった時には 我々も画面の前で固まってしまうのだ 一見 取るに足りないようなシーンであっても 実に美しくかつ知的だ こんなことができるからこそ 彼は最高の映画監督の一人なのだろう 普段なら 盛り上がりに欠ける映画や事件が解決せずに結末を迎える映画などにはフラストレーションを感じてしまう私だが 羅生門 にだけは すっかり魅了されてしまったことを認めざるを得ない 翻訳終わり なお 次回の更新は 6月11日 木曜日 です よかったら また見に来て下さいね 映画 akira 1988年 を観た海外の人々は何を感じたか 海外の反応 レビュー翻訳 2020 03 14 10 25 日本の映像作品 tb 0 cm 33 今回は 映画 akira 大友克洋監督 の海外レビューを翻訳しました akira は1988年に公開されたアニメ映画です サイバーパンクな世界観と緻密な描き込みが非常に印象的な作品で 海外にも大きなインパクトを与えました アニメーションは子供のもの という考えの根強かった当時の欧米の人々にとって 複雑かつダークな内容の本作は衝撃的だったようで この作品をきっかけに日本のアニメを視聴するようになった人も多いそうです 昨年は akira の新アニメプロジェクトが発表されて話題になったりと 公開から30年以上が経過しても まだまだ根強い人気を持つ作品です この記事では映画批評サイト imdb から海外の一般映画ファンが投稿した akira のレビューを数本抜粋して翻訳しております imdbにおける akira のレビュー平均は8 0点 投票数151 744件 2020 03 14現在 です なお ネタバレが含まれていますので 作品未見の方は どうぞご注意を では レビュー翻訳をどうぞ 翻訳元 imdb 続きを読む 30年経っても人々を興奮させ魅了し続けるsf大作 大友克洋の生み出したアニメーションとストーリーテリングの傑作 評価 限定的な層だけにアピールした 単なるカルトヒット作品ではない 最も早い時期に欧米市場に持ち込まれた日本の人気アニメでもあるのが この akira だ 大友克洋によって作られたこの作品は どう考えても傑作としか言いようがない リリースから30年を経ても 今なお鮮烈であり 独特であり続けているというのは驚異的だ 実にうまい年のとり方をした映画だという他はない エンターテイメントの世界においてはいまだに影響力の強い作品であり 結果として似たような要素を持つ作品も多く作られてきたため 私としては 今さらこの作品について語る必要はないだろうと考えていた そこで この何年間かは akira を観返すこともなかったのだが つい最近になって改めて鑑賞したところ ショックを受けた 初めて観た時の驚きと心を奪われたあの感覚を再び味わうことになったからだ 舞台は2019年 第三次世界大戦で破壊され復興を遂げた後の日本だ 夜の街は反政府活動家 ギャング 汚職警官たちに支配され 昼の街は摩天楼にオフィスを構える大物政治家が支配している この作品が焦点を当てているのは 街の不良グループだ 主人公の金田と鉄雄もそうしたグループのメンバーで 彼らは子供時代からの親友ではあったものの 今ではなにかと対立し合う関係だ ある時 事故をきっかけに鉄雄の潜在的な超能力が目覚め始める 裏切りと不信が広がる中 金田は反政府組織と連携して 軍の監視下にある鉄雄を助け出そうとする だが すでに手遅れだった 鉄雄は新たに手に入れた力を使って 自分を裏切った世の中に復讐するつもりでいたのだ 破壊を続けながら 鉄雄は彼の意識に繰り返し現れるアキラという存在を探しはじめた akira の中で魅力的な要素の一つは 本来は頭痛がするほど複雑で重層的な物語を ストリートギャング同士の対立をベースにしたアクションスリラーという 比較的わかりやすい形で語ってくれていることだ とはいえ 私が十代の頃 最初に鑑賞したときは 未解決の疑問が数多く残されたまま物語が終わってしまったような印象を受けたものだ だが 大人になってから再び観た時には 謎の答えは全てこの映画の中にあることに気づいた 情報は極めて巧妙に 少しずつ明らかにされていたのだ この作品にはかなり複雑な意図があり 実存主義や宗教的な狂信などの興味をそそるテーマにも触れている だが 常に微妙かつ巧みに表現されており 観客を甘やかしたりはしないが 過剰に抑制的というわけでもない 次々に少しずつ情報の断片を観客に見せていくやり方は 非常に洗練された手法だ 観客はそれらの断片を頭の中で組み合わせながら 物語の大きな流れをつかめるようになっていく ビジュアル面でも この作品は実に創造性豊かだ 圧倒的なディテールと流れるような動き 画面を見つめながら畏怖の念を抱かざるを得ないほどで 手書きの作品としてこれほど説得力を感じるものは 近年の作品を含めてもなかなか思い当たるものがない akira には 物語を肉付けし 作品内の世界をリアリティあるものにしてくれるディテールの描写も実に豊富だ メインの登場人物以外についても かなり膨大な量の設定がなされていることもよく分かる キャラクターデザインも素晴らしいが 皆がかなり単純な見た目なので 一言も発さなくてもどんなキャラクターなのか 知るべきことは見てすぐに分かる 大友の作品は 美術面において常に人を魅了してきた 別の作品 スチームボーイ の方もぜひチェックしてもらいたいが この点における彼の一番の傑作は やはり akira なのではないだろうか 演出面も そして状況の描写も 物語の構造も全て面白い だが 鑑賞を進めていくうちに 数少ない欠点も浮かび上がってくる どうか誤解しないで頂きたい ストーリーは魅力的だし キャラクターも楽しめる 全体として 実によくできているのだ だが 根本的な問題は 意味を隠されたものが物語の中にあまりに多くありすぎるということ キャラクターの背後にある設定も多すぎるということ そしてそれらを表現するには 映画の長さが足りなさすぎるということだ その結果として 壮大な物語のダイジェスト版を見せられているような感覚になることは否定できない 私が最近鑑賞したときも 極めて重要なシーンが大急ぎで次のシーンに移ったり 多くの重要な要素が一度に登場したりで 少々無計画ではないかと思わされることが何度かあった ただし そうではあっても 全体として見た場合は考え抜かれ うまく組み立てられていることは間違いない もう少しゆっくり時間をかけて見せてくれたなら というだけのことだ akira は傑出した作品だ そのことに疑いの余地はない すでに30年間も 観客を魅了し続けてきたのだ これからも多くの観客を楽しませてくれることだろう 先程に記したわずかな欠点があるため 完璧とは言えないかもしれないが 目を見張らせるアート ストーリーの展開の仕方 興味深いキャラクターなどは 十分に鑑賞する価値のあるものだし 何度も観直す価値もある だから 私としては akira に10点満点中9点を捧げたい 完璧ではないとしても やはりこれは傑作なのだ 画期的な傑作 評価 2時間にわたってこの哲学的とも形而上学的とも言えるsfアクション映画を観た後 僕はただじっと座ってしばらく画面を見つめていた この作品について 何を考えればいいのか分からなかったのだ 今もまだ分からない でも 素晴らしく独創的でクリエイティブな作品であるということは分かる そして とても影響力の強い作品であることも明らかだ 多くのアメリカ人は akira を通じて初めて日本のアニメに触れ そのグラフィックとディストピア的な世界観を堪能した 僕もこの映画を自分の目で観たことで いかに多くの作品に影響を与えてきたのかを実感できた むしろ akira そのものよりも akira の影響を受けた作品のほうが 今の観客にとっては馴染み深いのだろう とは言え 多くのアメリカ人が akira をきちんと理解できたかといえば その点には疑問を感じる 少なくともアメリカ人にとって 本当に理解するのは難しい映画だと思う おそらく アメリカ人以外にとっても同じはずだ 僕としては そもそも理解されることをあまり期待していない映画であるように感じる ただし 体験されるべき映画だとは思う 僕も akira を体験した 楽しんだかどうかは自分でもハッキリしないが 畏敬の念を抱いたことは間違いない アニメーションは実に見事だ 特に80年代に作られたものであることを考えると なおさら凄い仕事だと感じる この作品にありきたりのもの シンプルで見慣れたものは登場しない なめらかで新鮮で ダイナミックで美しく そして何より ここには観る者の心を奪う何かがある タランティーノでさえ 大量の血と内臓をここまで芸術的に描くことはできなかった ネオ東京は その実在を信じられそうな未来の街だ 恐ろしさと美しさが均衡するこの街を描くのは難しかったはずだが 製作者たちは自信を持ってこの仕事をやり遂げたように見える この作品を他の作品に例えて説明しなければならないとすれば 未来世紀ブラジル コンタクト 2001年宇宙の旅 ブレードランナー を組み合わせたものということになってしまうだろう ただ 実はそれだけでも全体をカバーしきれるとは言えない というのも これは日本の映画だからだ 明らかに日本的と思える部分もあれば それほどでもない部分もあるとはいえ 文化的な要素に理解を阻まれる箇所は多い もし日本文化に精通していたり アニメを視聴した経験が豊富にあったりするなら問題ないだろうが そうでないなら 早い段階で理解できなくなる可能性もあると思う アニメといえば akira の後半は いかにも日本のアニメという雰囲気がある 僕が観てきたアニメに近い手触りがあるのだ 僕は特に日本アニメのファンだったわけではないが かなり好きな作品はいくつかある そして そこには共通した感覚がある ロジカルな意味ではなくて テーマの選び方や哲学的な部分で共通したものがあるのだ 同じものは akira からも感じられる akira のストーリーは興味深い ここで紹介するには長すぎるし複雑すぎるので 金田と鉄雄という2人の少年 そしてケイという少女をめぐる物語とだけ言っておこう 個人的にはこの3人の人間的な部分にもう少し光を当ててほしかったとは感じるが 普通に考えれば十分だろう ストーリー自体は もしアニメが好きな人ならストーリーも大好きになるだろうが そうでないなら 好きになれないかもしれない ストーリーが進んでいくにつれ どんどんドラマチックにはなるものの 抽象的にもなっていき リアリティは失われていく まるで前半と後半が別々の作品であるかのようだ 僕にとって akira の一番の問題はここだったが とはいえ 全体を損なうほどでもない あとは どうか自分の目で確かめてほしい この akira は 他の多くの作品に影響を与えてきた いわばお手本のような作品の一つであることは間違いないのだ 観終えたあとは おそらく僕と同じように言葉を失ってしまうことだろうが それと同時に圧倒されてしまうようなあの感覚 それも味わってもらえるなら幸いだ テクノパンク 評価 私は日本のアニメがさほど好きというわけではない アニメーション映画そのものは好きだが 宮﨑を除けば この東洋のアートフォームを特に好んでいるということはない 獣兵衛忍風帖 も 攻殻機動隊 も私にとっては特に意味を持たない作品だった akira は色々な意味で典型的アニメに見える部分もあるが それでも他の作品とは別物だ 見事なアニメーションを誇る魅惑的な作品だった アニメの世界にしばしば見られるソフトな性描写などもない 最後に観てからもう数年が経っているが 黙示録さながらのラストシーンはまだ目に焼き付いている そして体からミルクを噴き出す狂ったテディベアのシーンも この時 バックにはこれまで聞いた中で最も不気味な音楽が流れていた 破滅後の世界が表現された作品には 私の心を強く惹きつけるものがある 例えばマッドマックス ウォッチメン スレッズなどだ どの作品も私に強い衝撃を与えた おそらくそれは 私が核拡散の時代に育ったからだろう 私はずっと第三次世界大戦を恐れていた アフガニスタンの荒野を進むソ連の戦車の映像は 今でも私の心から離れない akira で描かれた終末の映像は 私が子供時代に感じていた恐怖を蘇らせたのだ かなり個人的な話をしていることは自分でも分かるのだが おそらく 私と同じような世代の人なら 多くが同じような印象を受けるのではないだろうか 同様にテディベアのシーンも非常に恐ろしい アニメーション映画の歴史の中でも最も恐ろしいシーンなのではないかと思うが これはまったく目的が不明 意味不明だからこそ怖いという種類の恐ろしさだ 登場人物の一人が病室にいる そこでぬいぐるみの動物たちが巨大化し始めるのだ そして その体中からミルクを噴き出している その異様さ それがなんのためなのか さっぱり分からない そしてそのバックでは これまた異様な音楽が鳴り響く 今挙げた二つのシーンのためだけでも この映画を観るべきだと思う ストーリーの方は 政府が秘密裏に行っている実験などが関わってくるもので こちらもなかなか面白かったと記憶している 陰謀の香りが興味深さをかき立ててくれた トータルでも素晴らしい映画だ 映画好きなら観るべきだし アニメが嫌いな人が観ても ちゃんと鑑賞に耐える映画であることに驚かされるだろう アキラの茎には棘があるが 花はとても美しい 評価 我々はなぜ映画が好きなのだろうか 映画は単なるストーリーテリングの一形態に過ぎないのだろうか もちろん ストーリーを語る上で映画という形態が非常に優れていることは間違いない しかし 映画とはそれだけのものだろうか 映画よりも伝統的なアート形式である絵画や彫刻はストーリーを語っているだろうか 音楽はどうだろう ストーリーが無くても感動できるのではないだろうか オペラはストーリーを伝えるだけのものではないと主張する人がいたとして それがおかしな主張に聞こえるだろうか 私は 映画には単にストーリーを伝える以上のものがあると信じている 映画が単にストーリーを伝えるものだとするならば 音楽は歌詞を伝えるためのものということになってしまう 歌詞がほとんど もしくは全く存在しなくても素晴らしい音楽はいくらでもあるではないか もちろん ストーリーが存在しない映画を作るのは難しいのかもしれない おそらく 抽象的 と言われてしまうことだろう それは 観客がその映画に親密さを感じにくいからだ 人々がストーリー部分は根本的に必要なものであり 映画の基礎であると見なすおかげで 映画の中のアート部分が制限を受けるわけだ しかしながら 制限を受けるのは仕方ないにせよ 映画はアート表現のためのメディアでありプラットフォームであるという側面もしっかり残っている 私が映画を鑑賞するときに 個人的に期待をしたり批判したりするのは主にその要素に関してであり その他の要素はおまけに近いものなのだ akira は1988年に公開された 大人向けのアニメーション映画だ わざわざ 大人向け という言葉を使ったのは 西洋では普通 アニメーションは子供向けのジャンルであり akira は明確に子供向けではないからだ 物語は2 182ページにも及ぶ重い内容のsf漫画をベースにしている これを2時間の映画にするのは困難な作業だったはずだ 実際に 少々内容を詰め込みすぎているような感触もある そのせいか 観客がキャラクターに感情移入する余地もあまり残っていないようだ 私はこの映画を4回鑑賞した 最初に鑑賞したとき 序盤のストーリーには興味をそそられたものの 半ばほどで興味を失ってしまい 終盤ではなにがなんだか分からなくなってしまった 4回目は細心の注意を払いながら鑑賞したが やはりストーリーの方は曖昧で さらに詰め込み過ぎの印象も受けた おかげで 特定のシーンでは理解が追いつかないこともあった 他人が ついていけなかった と語る映画でも 普通 私ならそんなことはない しかし akira に関しては 私も明らかについていけていなかった akira について 大好きだと語る人と大嫌いだと語る人の真っ二つに分かれてしまいがちなのは こうした要素が原因なのだろう ただし 先ほども言ったように 私にとってストーリーはおまけのようなものだ 植物に例えるなら ストーリーは茎であり その先にどんな花が咲いているかが重要なのだ 逆...
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